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森閑たる時空

  目次

 それから、三人の英雄に対する歓迎と感謝の宴が設けられた。
 王国中のエルフたちが〈転移の門ウェイポイント〉から王都シュペールヴァルクに押しかけ、救国の勇者たちを一目見ようと宴席に詰め寄った。
 その全員が、何らかの森の幸を手土産に持ってきたので、宴会は王都の広場では収まりきらないほどの規模となった。
 誰もが〈虫〉とオークの脅威から解放されたことを喜び合い、大いに飲み、大いに歌い踊った。
 しかしそれらにはどんちゃん騒ぎめいた印象はなく、どこか華やかな舞台を見ているような優雅さがあった。示し合わせたわけでもないだろうに、切なくなるほど透明な男女の歌声が、重層的な多声楽となって周囲の幽骨に反響している。
 野にして粗なれど卑ならず。エルフという種族の原初的な気品が、色濃く現れていた。
 各所で調理のために焚き火が熾されているのを除けば、人工の明かりはない。しかし会場は不思議な光に満たされていた。大勢のエルフたちの高揚に反応して、森の精霊力が燐光を放ちながら乱舞しているのだ。
 それらの中心で、主役たる三人は思い思いに過ごしていた。
 総十郎は、数千を超える聴衆に対して森での戦いの顛末を朗々と語り、喝采を受けている。万事そつのない男だが、語り部としても非凡な資質を示していた。深く澄んだ声色が、圧倒的な抑揚と情感を伴ってエルフたちの魂に染み入ってゆく。
 烈火は目隠しをしたままエルフの娘たちに囲まれて、大酒かっくらってガハガハ笑っていた。その手が手探りで緑に染められた衣服の中に潜り込む。青い髪の娘はくすぐったそうに身をよじっている。
 そしてフィンは、少し困っていた。
 困っていたというか、戸惑っていた。
 大勢の人に囲まれて、握手をされ、肩を叩かれ、抱きしめられ、頭を撫でられた。
 あとなぜかやたらと耳を触られる。なんなんだろう。
 こんなにたくさんの人々と、入れ代わり立ち代わり触れ合ったことなどなかったフィンは、目が回るような感覚に陥った。

「こ、こらこら、フィンどのは少しお疲れのようだ。ちょっと休ませてあげなさい」

 リーネがそう言ってガードしてくれなかったら、本当に目を回していたかもしれない。
 崩れ落ちるように、敷織物の上に腰をおろした。幼児に振り回されたぬいぐるみのようにくたびれている。

「申し訳ないですフィンどの。皆、悪気はないのですが……」
「あ、あはは、大丈夫でありますよ」

 笑って料理に手を伸ばす。大きな葉っぱの上に盛られた骨付き肋肉を両手でつかみ、噛り付く。
 錬成タンパク質にアミノ酸を染み込ませた「肉っぽいレーション」とは根本から異なる、野性的な風味と独特の歯ごたえが口の中に広がり、一瞬後に濃厚な脂の旨味が溢れてきた。
 この世界に来てから、フィンの味覚は急速に発達しつづけていた。同じ肉でも、数日前に食した霊熊や、角猪とは全く異なる味わいだった。

「でも、不思議であります。小官は他のお二方のように強くもかっこよくもないのに、どうして皆さん小官を構ってくれるのでありますかね」
「いや、それはその……ええとですね、気を悪くしないでいただきたいのですが……」

 言いよどむリーネに、フィンは小首を傾げた。

「その、フィンどのは、わたしたちの基準からすると、たいそう愛くるしい容姿ですので……」
「……むぅー……」

 思わず頬が膨らむ。
 リーネはあわあわと両手を動かし、言い訳のように早口で言った。

「い、以前お話しした通り、王国は森の意志によって出産制限を布いています。世代交代は人族とは比較にならないほどのんびりとした速度である上、エルフが子供である期間はその生涯から比較すればまさしく一瞬です。だからそのう、我々は常に子供との触れ合いに餓えていると言いますか……決してその、フィンどのを侮辱するようなつもりはないのですっ!」
「それは、わかってるでありますが……」
「フィンどのは、子供であるというのは、お嫌ですか?」

 少し目じりを下げて、リーネは聞いてくる。
 以前であれば、「小官は子供である前に軍人であります!」とはねつけていたところであったが――

「よく、わからないであります」

 もそもそと肋肉をかじりながら、視線を下に落とす。

「リーネどのも、やっぱり小官を可愛がったりしたいのでありますか?」
「よろしいのですかっ!?」

 瞳をキラキラさせて身を乗り出すリーネ。巨大な胸乳がゆさりと揺れた。
 フィンは反射的に身を引いた。

「ま、まだいいとは言ってないでありますよっ!」
「そ、そうですか……」

 しょんぼりと長い耳が垂れ下がる。そのさまを、フィンは透明な視線で眺める。
 あぁ、本当に、エルフたちは自分のことを構いたくてしょうがないし、世話を焼きたくてしょうがないのだな、と、それだけは理解した。
 肋肉を平らげ、指に着いた脂を舐めとると、手近な布巾で拭った。

「耳」
「へっ?」
「みなさん、小官の耳に、しきりに触れたがってたでありますね」
「ああ、人族のまんまるなお耳は、たいへん可愛らしいと感じますね」
「……耳なら、いいでありますよ」
「えっ」

 栗色の髪を掻き上げ、右耳をリーネに見せる。

「その、どうぞ」

【続く】

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