母と子
「……ごめんなさいね。お見苦しいところを見せてしまいました」
「気にされることはない。善良であるということが間違ってゐるなどと、小生はまったく考えてはおらぬよ。それで、オブスキュア王国としては、〈道化師〉くんの処遇はどのようにされるおつもりか?」
「そうですね。我が夫のことに何らかの決着がついたら、帝国の方へと解放するつもりです」
「処罰などはされぬと。」
「……甘いでしょうか?」
「いや、彼自身は特に王国をどうこうしようという意志は感じられぬ。とはいえ、彼は〈枢密竜眼機関〉なる組織の一員であるらしい。察するに帝国の公的機関であろう。その構成員が王国に対して敵対行動をとったという事実は、帝国から何らかの譲歩を引き出す外交手段になりえると考えるが。」
「やはり、そうでしたか……帝国内部におけるオブスキュア王国併合推進派の手の者なのでしょう。しかしそれでも、無条件で帝国へ帰すべきだとわたしは考えます。エルフがそのような権謀術数を発揮することは、イメージを損ないます」
「ヰメヱジ?」
「神聖にして不可侵なる神秘の民――そのような超然としたイメージを、帝国の人々は我々に対して抱いています。それはまったくの嘘と言うわけではありませんが、かなりの程度、わたしが意図して作り上げたものです。このおかげで、王国を我が物にしようと言う人族の企ての多くを予防してきました」
「迷信的な畏怖をもって王国を守る不可視の壁としたわけであるか。なるほど。では小生からは特に言うことはないな。」
そこで総十郎はフィンに目を向けた。
「フィンくん。やはりまだ/\帰るわけにはいかぬようだ。君もそれでいゝかね?」
「も、もちろんでありますっ!」
そして二人はそろって烈火のほうを見る。
「くかー……くかー……」
「で、あろうなあ。」
「あはは、キレイな鼻提灯であります」
「ま、そこの阿呆も恐らく残るであろう。シャラウ陛下。我ら三名、オブスキュア王国の国難を祓うため、今しばらくこの森へ逗留することをお許しいたゞきたい。」
女王はふんわりと微笑み、両手を合わせた。
「願ってもないことですわ。本当に、なんとお礼を申し上げたら良いものでしょう。王城に部屋を用意させますわね」
「かたじけない。過分なご厚意、痛み入る。」
「ちょ、ちょっと待って母上」
「あら、なあに?」
「三人はエルフじゃないから、幽骨を操作できないわよ? 王城に居てもらうのは不便すぎると思うんだけど」
「あ……」
さきほど〈道化師〉を移送していった手並みから察するに、王城内部には常設の扉というものがなく、移動のたびに幽骨を操作して出入り口や通路を形成していたのだろう。
幽骨を操るすべを持たないフィンたちには、確かに住み良い環境とは言えない。
「あらあらまあまあ、人族のお客様を王城に迎えることなんて初めてだったから、お母さんうっかりしてたわ」
「もー、抜けてるんだから。それから、人前で「お母さん」は駄目でしょ。ちゃんとしてよもう」
「ふふ、シャイファがしっかり者だから、わたしも安心ね」
気の抜けたやりとりを、フィンは不思議な感慨を持って見つめていた。
シャラウ陛下は、どこかフィンの母親に似た雰囲気の女性だった。
だけど、いつも微笑みの底に哀しみを押し隠した母とは違い、シャラウ陛下はごく自然体に笑顔を浮かべている。
――辛い思いを抱えているのは、シャラウ陛下だって同じはずなのに。
夫を早くに亡くし、しかもそれが不死化して敵に回っているなんて、ある意味フィンの母親よりもきつい状況のはずだ。
なのに、この違いは何なのだろう。
――だからね、フィンくんのおかあさんも、寂しかったんじゃないかなって、ちょっと思ったの。
一緒に寝た夜の、シャーリィ殿下の言葉が思い出される。
思えば。
ははうえの言うことは何でも聞いたし、物心ついて以来わがままなんか一度も言わなかった。それが模範的な子供の在り方だと思っていた。疑うことなどなかった。それこそが一番ははうえを喜ばせるのだと信じていた。
だけど――自分は、あんな風に、気張らず気負わず、ははうえとおしゃべりしたことがあっただろうか。
ははうえの気持ちを、ちゃんと考えたことがあっただろうか。
――ははうえは、寂しかったのでありますか……?
なにやら言い募っているシャイファを、にこにこと笑顔で受け止めているシャラウ。
――あんな風に、もっと小官やちちうえと、砕けたやりとりがしたかったのでありますか……?
知らず、目頭に熱が宿った。
「……小官は……知らぬ間に……あなたを悲しませてたでありますか……?」
口の中で、そう呟く。
震える唇を噛みしめ、俯いた。
「……おい」
隣から聞こえてきた重々しい声に、フィンは肩をびくりと震わせる。
見ると、烈火が目を覚ましていた。
腕を組み、足を組み、ふんぞり返っている。目元がキリッと引き締まり、いつになく真面目な顔だ。こうしていると実にかっこいい。フィンの中ではちちうえと並んで男の理想像のツートップだった。
その場の全員の注目が集まったのを確認したのち、烈火は厳かに口を開いた。
「おなかぺこぺこだおうッッ!!!!」
そういうことになった。
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