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いつかのつづきをしようか

  目次

 帝国においても、貴族とはすなわち神統器レガリアに選ばれたる者のことであり、無論のこと民に負担をかけるような無意味な戦など起こすはずもない。だが、「守るべき民」の定義は貴族によりけりだ。帝国全体の安寧を考える者もいれば、自らの領民のみを護ろうとする者もいる。ゆえに利害は衝突しうるし、時には帝国から独立しようなどと考える貴族までいる。そうした不穏分子を事前に懐柔、もしくは恐喝を行い、帝国の秩序を揺るがさぬよう仄暗い活動を続けているのだ。
 そうした任務に触れるうちに、ギデオンの中にはある危機感が芽生えかけていった――

「……む」

 ふと、現実に立ち返る。
 眷属どもとの繋がりを強め、戦況把握。違和感を覚える。
 エルフ騎士たちの動きが不可解だ。

 ――なぜ散発的な攻撃に終始している?

 ギデオンの居ない間に大幅な軍拡政策が布かれたわけでもない限り、騎士の総勢は五百名程度。現在眷属どもに攻撃を仕掛けている人数もほぼこれに等しい。オブスキュア王国の全戦力をかけて行われているのが、さして効果的とも思えない突撃行為である。
 樹精鹿に騎乗した数十騎が殺到し、アンデッドを蹴散らし、そのまま走り去ってゆく。そのようなことが、眷属を分布させた各所で繰り返されていた。
 言うまでもなく、樹精鹿の蹄に蹴り飛ばされた程度でアンデッドが戦闘不能になることなどほぼありえない。
 つまりこれらの突撃は何ら戦果を挙げていないのだ。
 せっかく広く分散して各個撃破させてやろうというのに、いったい何を考えているのか。こんなことを繰り返して、不死軍団を殲滅するのに何百年かけるつもりだ。しかも、もうすぐ眷属の全軍が王国内に入り込む。彼らにとって僅かな勝機は、今まさに消え失せようとしていた。
 さすがにそれがわかっていないとは思えない。
 では、何なのか。
 ギデオンが沈思黙考していると、再び懐の宝石細工が震え始めた。

〈あー、友よ、聞こえるかな?〉
「……今度は何だ」

 〈道化師〉が苦笑交じりに語りかけてくる。

〈いやぁ、ひとつ悪い知らせだ。邪魔が入った。これは手こずるかも知れない〉
「邪魔?」
ヤビソー氏が今僕の目の前にいる

 ●

 そもそも、この動乱の初期、オークたちを煽動して王国を制圧した際、なぜギデオンはいきなり王城内部に転移して女王シャラウを確保しなかったのか。
 総十郎はずっとこのことを考えていた。
 どういう目的で王国に攻めかかっているのかは不明だが、国家元首を捕えて悪いことはあるまい。幽鬼王レイスロードたるギデオンならば、容易くそれはできたはずだ。

 ――できなかったのではないか?

 シャラウ陛下は幽骨の城の中にいた。聞くところによると、幽骨内部にはこの森で永遠の眠りについたエルフたちの御魂が安らいでいると言われている。死したるのちも森とともに在り、同族たちを見守っているのだ。それがエルフの正常な死後救済の概念であり、アンデッドに身をやつしたギデオンにとっては鬼門なのではあるまいか。
 空間そのものを繋げている〈聖樹の門ウェイポイント〉の転移網とは異なり、幽鬼王レイスロードの瞬間移動は自身を霊体化させて一般相対性理論のくびきより逃れることで瞬時の移動をなしている。
 つまりギデオンは、幽骨に触れると、その瞬間内部に取り込まれて消滅の憂き目に遭うのではないか。
 ……総十郎としては、念のために、という程度の気持ちであった。
 ギデオンがなぜ王城の真上で滞空しているのか?
 その理由に以上の仮説を当てはめた場合、ひとつの危惧が発生した。
 ギデオンには、「待っていればいずれ状況が好転する見込み」があるのではないのか。
 では、その状況好転をもたらす要素とは、何か。

「小生は、君ではないかと睨んでゐた。」
「……やれやれ、幽骨牢から出られないふりをしていたのに、全然通用しなかったみたいだね。まいったなぁ、もう」

 苦笑して肩をすくめる〈道化師〉に対し、神韻軍刀の切っ先を突き付ける。

「では、いつぞやの続きを始めるとしようか、〈道化師〉くん?」
「嫌だなぁ、僕は戦いなんて大嫌いなんだけど――なぁ!」

 困ったように溜息をつく――かと思った瞬間、不意討ちのように手がかざされた。
 拘束術式。

「小生は、君ではないかと睨んでゐた。」

 しかしそれには無反応のまま、レコードのようにまったく同じ言葉を発する総十郎に、〈道化師〉は即座にその場に倒れ伏した。
 しん、と真冬のごとく冴え冴えとした刃鳴りが通過し、白いフードが一部斬り飛ばされる。

「では、いつぞやの続きを始めるとしようか、〈道化師〉くん?」

 繰り返される何の意味もない文言を無視して、少年は床をごろごろと転がり、とにかく死地を脱しようとした。
 追撃は、ない。
 跳ね起きた〈道化師〉は、突っ立ったまま刀を突き付けて喋りつづけている総十郎と、刀を振り抜いた姿勢で停止している総十郎の二体を見やる。
 ぽん、と音を立てて二体の青年は札に戻り、その場にひらひらと落下した。

「例の分身か。あらかじめ攻撃動作を登録しておくことで、罠のような使い方もできるわけだ」
「そういうことだ。さて、本物の小生はどこに隠れてゐると思うかね?」

【続く】

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