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あと、一度だけ

  目次

 鏖殺の森が密集し、噛み合い、絡まり合い、殺し合いながらひとつの途方もなく巨大な塊を形作る。
 ぶよぶよと震えながら、半透明の幽骨の内部で、骨格や内臓が形成されてゆくのが見て取れた。

「な……あれは、まさか!?」

 それは、かつてはトウマ自身が創造したものだった・・・・・・・・・・・・・・・
 「彼」の要請を受けて、己が感性の赴くままに紡ぎ上げた、最も新しい作品。

「あぁ――」

 万感の込もった嘆息が、ひとりでに出てきた。

「ヴォルダガッダ。口ではなんのかんのと言ってたけど、内心では気に入ってくれていたんだね。ありがとう。とてもうれしいよ」

 目の前で銀網を突き破り、見る見る膨れ上がりながら形をなしてゆくそれ・・を、トウマは歓喜の笑みで出迎えた。
 実物よりも遥かに彫りが深く、凶悪な面持ちの、オークの巨影。長大な牙が幾本もでたらめな方向に伸びている。
 腕は三対六本。左右に拡げればオブスキュアの巨樹にも遜色ない大きさだ。

 ――血の神アゴス。

 ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスが蒙昧なるオークどもを統御するために創作した、暴虐の巨神。
 その姿を、今この場で彼は選んだ。それこそが最大の賛辞だった。仲間としてでも、敵としてでも、利用する相手としてでもなく、他ならぬ芸術家として認められていたこと。自らの作品は、猛悪なるオークにすらなにがしかの感銘を与えうること。
 その事実を、トウマは噛みしめた。

『――ヤビソー――〈道化師〉――〈鉄仮面〉――あァ――全員いルんだなァ――』

 精霊力の音が、歓喜の唸りとともに押し寄せる。

『――もう感謝しかネえ――ありガとう――オレと出会っテくれてアりがとう――殺さレてクれてありがトう――血反吐ブち撒けテくれてあリがとウ――恐怖に慄きナがら命乞イをシてくれてアりがとウ――臓物をコぼしテ苦痛と絶望に喘イでくれテありがトう――』

 瞬間、全身に裂け目が生じ、大量の赤黒い眼球が露出した。
 すべて瞳孔が縦に裂け、底知れぬ殺意を湛えて収縮した。

『――これカら死ぬテメェら全員に、ありガとう――』

 その面相に、ふと穏やかな、親愛に満ちた微笑みが浮かび上がった。
 空を覆い尽くさんばかりに大きな六つの掌に、光の粒子が集まって、やがて天地を斬断しかねぬサイズの〈終末の咆哮ワールドイーター〉が出現する。

「――方々、気を引き締められよ。こゝが最後の正念場である。」

 総十郎の凛とした激に、トウマは居住まいを正す。

「あぁ、その通りだね。ヴォルダガッダ……いや、血の神アゴス。心苦しいけれど、僕が心血注いでデザインしたその姿、破壊させてもらうよ――!」

 大気の電場にEL粒子を媒介として脳波を伝え、目の前に無数の魔法陣を描き出す。それぞれの中心で元素変換ソーサリーが引き起こされ、雷撃の槍が生成された。

「ぼくも、がんばるでありますっ! もう誰にも、死んで欲しくないから――!」

 隣でフィン少年も、輝くライフルを錬成して構えた。

「仮にも盟を結んだ相手として――そしてなによりも友として、奴には納得のいく最期を与えてやらねばなるまい。あれをあんなザマにしたのは私だ。責任は取る」

 闇黒の魔剣を抜き放ち、優雅に構えるギデオン。

「リーネどのとケリオスどのは陛下と殿下らを安全な場所までお頼み申す。」
「心得た!」
「ご、ご武運を!」
「王国の興廃この一戦にあり――〈神韻探偵〉鵺火総十郎、一手奏楽たてまつる――!」

 トウマの総身を、快い昂ぶりが包み込んだ。これまで気の乗らない仕事と割り切ってことに臨んでいたが、フィンや総十郎、ギデオンと肩を並べて戦えるのは愉快だった。この森に来てはじめて、トウマは自ら望んで戦いの場に立っていた。

 ――そうだ。

 かつてはそうだった。自分もまた、何の迷いもなく戦っていたのだ。
 守りたいという、透明な気持ちを胸に。

「もう一度、あのときのように――」

 トウマ・クジミヤはこの世界に召喚され、〈盟主〉と出会うことで、自らに課せられた宿命を知ってしまった。もはや二度と主人公として生きることはあるまいと思っていた。
 だが、その結果はどうだ。あのときの気持ちは腐敗し、呪わしい過去に変わり、宿命を破壊するために望まぬ行いに手を染めざるを得ない日々を送るようになった。何の罪もないエルフたちに攻撃を仕掛けるなどという、恐ろしいことを。
 後悔はしていない。
 胸に秘めた想いがあった。誰よりも幸福になってほしいと心から願う少女がいた。この身に宿れる補正が彼女を殺すと知った以上、宿命を乗り越えるためにいかなる非道にも手を染める覚悟だった。
 だが、それでも。
 たとえ後悔はなくとも。
 召喚されなければ。〈盟主〉と出会わなければ。宿命を知りさえしなければ――自分はきっと、今よりマシな気持ちで、幽玄電飾を紡いでいたはずだったのだ。あのときの気持ちに、未練がないと言ったらウソになる。
 主人公として。
 あと、一度だけ。

「戦おう――この命を懸けて」

「あー、おっほん!! うぉっほん!! ごほっごほっ!! あー、おっはん!!!!!」

【続く】

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