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世界を喰らうもの

  目次

「馬鹿な、悪鬼の王は死んだはずでは」

 リーネが、気を失ったシャーリィを抱えて警戒している。

「……ギデオンどの、ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスに何をされた?」
「脳髄を取り出して、ダークエルフの〈死の巫姫〉に預け、奴の歪律領域ヌミノースを展開・制御できる魔導具へと鍛え直してもらった」
「それで、彼奴の意識が復活するなどということはありうるのであるか?」
「まさか。そんなはずがあるまい」

『――そウだ、悪かねエんだ――』

 精霊力の波濤が、空間を揺るがした。

『――価値ある命を殺すこと――てメぇらがいて、オレがいて、オレがテメェら全員ブチ殺して――』

 地鳴りのように、何かの内圧が膨らんでゆくのをフィンは感じた。

『――だかラこそ尊く、だカらこソ遠い――永遠の羨望を抱きナがら――オレは空漠たル荒野を夢想し――届かぬト知ってイながら――ユえに手を伸ばす――歩み続ける――その在リようコそが意味だと――オレはもウ知っているカら――』

 途端、何かがひび割れる音が、四方から響き渡った。
 それはごく小さな音だったが、何か一つの世界が終焉を迎えるかのような、取り返しのつかない重大な意味を含む音だった。
 トウマは自分でも意味の分からない焦燥のまま、視線を巡らし――やがてそれを見つけた。
 地面に突き立った、骨色の短剣。それに、罅が入っている。増え続けている。伸び続けている。

『――ダからオレは、この世界を肯定すル――』

 砕け散る。その音が、連続する。
 王都の基礎骨格に刃を埋め、架空浸蝕の領域を現出させていた魔導具が、次々と。

「っ!」

 目を見開く。そんなことがありうるのか。かの短剣に宿る〈盟主〉の歪律領域ヌミノースは、別種の歪律領域ヌミノースを一方的に塗り潰す性質を持っている。単純な出力勝負ではない。架空浸蝕の性質として、他の歪律領域ヌミノースでは勝てないのだ。
 そのはずなのだ。

 ――いや……

 〈盟主〉本人がこの場にいるならいざ知らず、あの短剣は彼の力の一部を注ぎ込まれたものにすぎない。架空浸蝕を展開する時間と範囲には、おのずと限界がある。
 それにしても、ここまで早く破壊されるなど――ヴォルダガッダという存在の絶滅意志を甘く見過ぎていたか。
 刹那、トウマは架空浸蝕が消滅したことの致命的な意味を悟る。

「フィンくん! 皆! 幽骨が押し寄せてくる!」
「え?」

 いちはやくすべてを察した総十郎が、昏睡中のシャイファを抱き上げた。

「黒神! 陛下を頼む!」
「え? あ?」
「――来るぞ!」

 それは、押し寄せる波濤に似ていた。架空浸蝕の消失に伴い、王都シュペールヴァルクを構成していた幽骨が急速に復元されはじめたのだ。
 木の根で編まれた定礎に染み込みながら幽骨が満ち、溢れ、一同がいる街の広場に殺到した。王都を元の姿に復元せんと、あたかもしゃれこうべに肉がまとわりついて元の肉体を再生しようとしているかのように。
 しかもそれらは煉獄滅理に汚染されている。
 接触して愉快な結果になるとは思えなかった。

「――白銀錬成アルギュロペイア斬伐霊光ロギゾマイ!」

 フィンの指先から銀糸が迸り、一瞬にして皆の頭上に網の足場を形作った。

「ひとまずあそこに!」

 シャラウを抱えた烈火と、シャーリィを抱えたリーネは、持ち前の身体能力で一気に跳躍。シャイファを抱えた総十郎は札を階段状に張り付けて駆け上がる。ギデオンは一瞬にして網の上に実体化し、トウマはゆらりと浮上した。

「ケリオスどのっ!」
「む、これはかたじけない」

 フィンとケリオスは、銀縄に掴まって引っ張り上げられた。
 安全高度に至った一同は、眼下に繰り広げられる終末的情景に息を呑む。
 刃があった。牙があった。棘があった。鉤があった。鋸があった。爪があった。鉈があった。
 ありとあらゆる「傷つけるための手段」があった。密集し、蠢いていた。
 紅き幽骨の海より、それらが高く高く突出し、峩々たる剣山を形作る。
 否、それは森であった。加害の意志に統御された、分け入るものすべてを切り裂き噛み砕き鏖殺する森。
 オブスキュアの悪意に満ちたカリカチュア。

「王都を……ッ!」

 リーネは怒りに柳眉を逆立てる。
 それに応えるように、汚染幽骨は蠕動し始める。

【続く】

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