どうか離さないで
「なぜだ……」
呆然と、彼は言う。
「私はすでに汚らわしいアンデッドに堕ちたのだぞ……なぜ触れる! なぜ微笑む! 無理をするな! 嫌悪を押し殺して慈悲などかけられて、私が感涙を流して改心するとでも思ったのか! 離れろ! すでに道は分かたれたのだ!」
「そう思うなら」
シャイファが青くなった顔で言う。
「力ずくで振り払えばいいじゃない。あたしたちは好きにしてるの。父上も、そろそろ好きにしたら……?」
シャーリィが、それに同意するように、さらに腕に力を込めたのがわかった。
彼の背中の緊張から、困り果てていることが伝わる。自然と察せられた。
こういうときどうすればいいのか、シャラウはちゃんとわかっていた。
今自分は、女王としてではなく、女として行動している。
そしてそれは、二人の娘たちも同様であった。王女ではなく、シャラウ・ジュード・オブスキュアとギデオン・ダーバーヴィルズの娘として、行動していた。その結果として自らの生命を危機にさらすことを厭わなかった。
「あ……」
ゆえにこれは必然。
シャラウは、自らの魂と繋がっていた神統器との絆が、たった今断たれたことを悟った。
娘たちもそれを感じ取ったのか、たがいに目を合わせている。
シャラウは〈永遠の森に安らう大輪〉を、シャイファは〈天道駆ける濫觴星〉を、それぞれ失っていた。
一国の貴顕たる自らの身を危険にさらす行いは、度が過ぎれば無責任の謗りを免れない。民草を導く義務を投げ出し、己が愛を貫こうとしたそのありようを、神統器は「己が担い手たる資格なし」と判断した。
だが、それが何だと言うのか。
今、彼を抱きしめる以上に重要なことなどあるのか。
三人の母娘は、粛々と、ごく冷静に、自分の成すべきと信じたことを成しつづけた。
何よりもそれだけが彼の救いだと信じて。
何よりも自らがそれを信じ抜いていることを証明せんがために。
そう――この身を蝕む死霊の瘴気など、彼と触れ合えなかった百年に比べれば何ほどのこともないのだと。
今この瞬間こそ、わたしたちは幸せなのだと。
「……っ」
彼が身を離す。冷たさと、温もりが、離れてゆく。
だが、すぐに彼がこちらを振り返ってくれた時、シャラウは自分が賭けに勝ったことを悟った。
「……いったい、どんな理屈があれば、そのような愚かな行いができるのだ……」
その声が、震えていた。
「……わからない……なぜ国を裏切り、森を滅ぼさんとした私を受け入れようとする……っ」
救いを求めるように、ふらふらと寄ってくる。
「……私が……どれほどの思いで君たちの元を去ったのか、わかっているのか……っ」
目の前で崩れ落ちる。
長く逞しい両腕が、シャラウ、と、シャイファと、シャーリィを、そっと抱き寄せた。
壊れ物を扱うように。だけど精一杯の愛おしさを込めて。
――やっと。
シャラウの頬を、熱い雫が伝っていった。
彼の冷たい頬に、自らの頬を合わせる。
「シャラウ。シャイファ。シャーリィ……どれほど、君たちをこうして抱きしめたかったろう……」
――やっと、抱きしめてもらえた。
うれしくて。うれしくて。声を詰まらせ、咽ぶことしかできない。
もう、このまま死んでもいいと思った。
だけど、そんなことをしたら、彼が今度こそ立ち直れなくなることもわかっていた。だからいずれは、身を離さなければならない。
それでも、もう少し。あとほんの少しだけでも、彼の腕の中にいたかった。
だが――そこで奇妙なことが起こった。
シャーリィの頭に輝点がぽつぽつと灯り始めたのだ。
「シャーリィ……?」
黄昏の大河のような髪をぐるりと一周する位置に光の粒子が集まり――次の瞬間、銀白色の花冠が出現した。石とも金属ともつかぬ材質の蔓が複雑に絡み合い、神秘的な文字の刻まれたハート型の葉が茂っている。そして頭の左側に、こんもりとした球体がわずかに綻んだような形の花が咲いていた。森に満ちる光の粒子を吸い込み、また吐き出している。幾層にも折り重なる花弁を透かして、蒼い光が漏れ出ていた。
シャーリィを見初めたる神統器――〈哀しみよりも藍きもの〉。
その可憐な輝きは、いまだにシャーリィを見限っていないことを示していた。
それは、つまり?
彼女だけは、貴種の責務を投げ出していないということなのか?
己が命を顧みずに、ギデオンに抱きついたにも関わらず?
つまり――抱きつくことが、この少女の目論見に不可欠なプロセスだったと?
――ちちうえ。
稚い口が、音もなくそう囁き、
その両手が銀白色の花冠を頭から持ち上げ――
「ッ!?」
――そっと慈しむように、ギデオンの頭にかぶせた。
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