何が彼にとっての幸いか
――〈虫〉!
それも一体ではない。
恐らくは六体程度。
〈道化師〉は総十郎の前に回り込み、底意地の悪い笑みを向けてきた。
「言っとくけど、僕の術にかかっている間は無敵状態になる――なぁんて都合のいいことは考えてないよね? いまあなたはただ単に動けなくなっているだけさ。殴れるし刺せるし撃てるんだよ」
さらに襲いくる光弾の数々を、腕のひと薙ぎで打ち払う。
「じゃ、抵抗もできないまま死のうか」
〈虫〉は黒紫の炎を噴出しながら降下。地響きが鳴り響く。
装甲が展開し、サブアームが伸長。その先端にある肉腫が粘液を引きながら花開き、黒き薔薇のような形となる。
そこからヴン、と音を立て、光の剣が伸びた。
切っ先を真っ直ぐこちらに向けている。
「あゝ、〈道化師〉くん。君は何もわかってゐないのだな。」
首を傾げる少年に対し、総十郎は暖かく微笑む。
「この場に先に潜んでいたのはどちらで、この状況は一体誰の描いた絵画だと思ってゐるのかね? まさか君は小生が何の対策もしないまゝ、のこ/\と現れたとでも?」
「へえ、じゃあ見せてもらおうか。その対策ってやつをさ」
〈虫〉の光剣が振り下ろされ、総十郎は正中線から真っ二つになった。
瞬間、その姿が身代わり札に戻る。
偽物だったのだ。
「またそれかい」
〈道化師〉は、背後から襲いくる黒影を、振り向きもせずに肩越しに手をかざして停止・無力化した。
「口の動きと声が微妙に一致してなかったからね、たぶん偽物だろうなとは思っていたよ」
「おや/\、ではこの小生が本物であるなどと、どうしてわかるのかね?」
即座に別方向から二人の総十郎が同時に襲いくる。
植木や岩に変化していたのだ。
〈道化師〉は、今度は停止を試みなかった。即座にその場から飛び退り、難を逃れる。
その動きは、総十郎ほどではないにせよ、常人を明らかに上回る反応速度だ。
「ふむ、三人同時には対処できない、と。」
妙に迫力のある眼で、〈道化師〉はねめつけてくる。
「実際のところ、もっと大人数で同時攻撃もできたのだが、君のその力の対応限界数を見ておきたかったのでね。意外に少なくて安心したよ。これならいくらでもやりようはありそうである。」
「やれやれ、フィンくんの狙撃にも対応しなければならないと考えると、この場は不利そうだね。退かせてもらうとしようか」
「逃すとでも?」
「逃げるさ。頼りになるボディガードもいることだしね」
少年を庇うように、〈虫〉の集団が降下してきた。次々と地響きを立てて着陸する。
眩暈のするような光景だ。グロテスクで、どこか美しい。
肉腫の薔薇から光の刃がいくつも伸び、網目のごとく総十郎と〈道化師〉を隔てた。
「じゃあね、ヤビソー氏。しばらく彼らと遊んでいるといい。くれぐれもフィンくんを危険な目に遭わせたりしないように」
「できればそうありたいと思ってはいるが、それは彼自身が決めるべきことである。」
「やれやれ、尊重するのも結構だけど、彼に必要なのはもっと別のことだと思うんだよね――」
体の周囲に譜面のごとき魔法紋様が出現し、ふわりと浮かび上がる〈道化師〉。
「――あなたならわかるだろう? 突き放すか抱きしめるか、そろそろ決めるべきなんだよ」
一瞬、その発言の意味を受け取り損ねた。そして気づいた瞬間、総十郎は全身からさっと血の気が引くのを感じた。
ふらりと一歩下がる。愕然と目を見開き、〈道化師〉を成すすべもなく見送った。
それは総十郎とてわかっていたはずのことだったから。
自己嫌悪が全身を毒してゆく。本当に、まったく、なんて迂闊。腹を切って詫びた所で許されぬ。
だが――生来の克己心でその感情を抑え込むと、どうにか平静を取り繕って答えた。
「……きついことを言ってくれる。だが――胸に刻んでおこう。」
総十郎の応えに、かすかに微笑んだ〈道化師〉は、空中を滑るように去っていった。
〈そ、ソーチャンどの……?〉
「あゝ、なんでもないとも。さぁ、正念場だ。〈虫〉が六体。相手にとって不足なし。」
〈援護するであります!〉
〈特異点存在を確認――〉
六体の〈虫〉が、音声を発し、交響させる。
老人と、子供と、男と女が同時に喋っているような声だった。
だが、空恐ろしいまでに感情の欠落した口調であった。
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