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何も得られなかった男

  目次

 自分はきっと、彼女らの安住の地たる聖樹の森を燃やし尽くすこと以外何も考えられぬ存在になってしまった。
 さもなくば、シャロンの死は、本当に何の意味もなくなってしまう。その無念を汲める者は、もう自分しかいないのだ。
 この世で最も愛しかったはずの妻と娘たちの愛。ギデオンは、その至上の宝を、受け取る資格を喪った。
 もはや共にはいられぬのだ。ギデオンの魂は結局、シャロンの死の瞬間に呪縛され、一歩たりとも前に進めなかったのだから。
 だが。

 ――ギデオン・ダーバーヴィルズ。残りの生涯のすべてを、あなたが心から愛する女の伴侶として生き続けなさい。

 魂に刻まれた、その絶対命令。
 永劫に逃れられぬ呪い。
 これさえなければ、ギデオンには別の選択肢もあった。王国を出奔し、心に蓋をし、森への憎しみから目を背け、ただの流浪エルフとして帝国で生きていくこともできたのだ。森を焼き滅ぼすなどと、そのような恐ろしいことを、よもや実行になど移すはずがなかったのだ。
 だが――もはや運命は決した。自ら命を絶つことすらできなくなっていたギデオンは、ひたすらに事故死を待ち続けた。
 獰猛な獣が出たと聞けばいのいちばんに駆けつけて狩った。オークの襲撃があれば誰よりも果敢に斬り込んでいった。
 これほど勇猛な王夫はおるまい、と大いにうなずくケリオスの賛辞も、ギデオンには虚しいばかりであった。

 ――とうたま、だっこ。

 あどけないシャーリィがよちよちと近づいてきて、両腕をこちらに伸ばしてくるたびに、ギデオンは絶望した。
 抱き上げたその柔らかく暖かな感触も、キャッキャと鈴の音のような歓声も、こちらを信頼し躊躇いのない好意を寄せてくるその笑顔も、ギデオンにとっては拷問と変わらなかった。
 幸福であることが苦痛だった。運命を呪った。なぜ自分はこんなにも幸福になってしまったのか。この幸福の万分の一でも、なぜシャロンにはもたらされなかったのか。これを本当に求めていたのは、シャロンの方だったのに。どうして。どうして。

 ……やがて、ひとつの契機が訪れた。

 心を殺し、死を願い、森への憎悪を抑え込みつづける魂の慟哭。
 その嘆きを、怨嗟を、聞き届けるもの・・があった。
 同じことを狂おしく願い続けてきたもの・・
 それ・・が何であるのか、ギデオンには今でもわからない。恐らくろくでもない代物なのだろう。
 だが――何でもよかった。この呪わしき生を終わらせてくれるのならば。
 それ・・は声なき声、感情の波のようなものを飛ばして、ギデオンを誘った。ここで「殺してやるから来てくれ」などという具体的なメッセージであったならば、絶対命令によってギデオンは行くことができなかったであろう。その意味で、非常に知的かつ狡猾な存在であった。
 漂ってくる声なき声に導かれ、ギデオンは王都シュペールヴァルクの真下に広がる湖に小舟を出した。
 王都と琥珀の膜に阻まれ、昼なお暗い静謐の暗渠。
 湖の中央に到達したとき、突如として大渦が発生。小舟を飲み込み始める。
 魂に刻まれた絶対命令に従って、全力で脱出しようと舟をこぐギデオンだったが、その顔には歓喜と法悦があった。

 ――あぁ、やっと。
 ――やっと終われる。
 ――やっとシャロンのもとに逝ける。

 艀が転覆し、昏き水底に飲み込まれゆくとき、涙すら流していた。
 だが――ギデオンにとって予想外だったことに、死は終わりではなかったのだ

 システムメッセージ:シャラウ・ジュード・オブスキュアの情報が一部開示されました。
◆銀◆サブキャラ名鑑#4【シャラウ・ジュード・オブスキュア】◆戦◆
 五百九十三歳 女 戦闘能力評価:F
 エルフの女王。おっとり翠色ロングヘアー未亡人。見た目は若いが三児の母。
 オブスキュア王国の国家元首にして最高祭祀巫女。近年急速に勢力を増してきたロギュネソス帝国に対し、強かな事大主義と巧みなイメージ戦略をもって独立を維持し続けてきた女傑。しかしエルフの御多分に漏れず結構な人間萌え勢なので、気苦労は絶えない。感情を抑制して広範かつ冷静な決断を下せるが、その本質は愛深き一人の女である。第一王女シャロンが夭折し、王夫ギデオンとも死別したため、残された二人の娘が最後の心の支えとなっている。わずか数百年の間に目まぐるしく変化する人族の社会に、漠然とした危機感を覚えるが、森の加護がある限りは対等に渡り合って行けると考えている。Bカップ。
 所持補正
・『カリスマ』 自己完結系 影響度:A
 理屈では説明しがたい威厳。シャラウと相対した者は、言葉にできない荘厳な感銘を受け、彼女に従いたくなる。広い視野と高い志と深い寛容さを併せ持った者のみが到達しうる境地。数百年を国に捧げてきた王聖の権威は、常人には抗いがたい域にある。
・『無謬の天秤』 自己完結系 影響度:B
 重い葛藤を強いられるさだめ。双方の皿に重いものを乗せた天秤の、わずかな傾きすら見逃さず、適切な決断を下せる。下せてしまう。
・『愛はさだめ、さだめは死』 因果干渉系 影響度:なし
 一人の女として、生涯ただ一度の恋をし、結ばれ、しかし恋人を図らずも死に追いやってしまうさだめ。この補正はすでに効果を発揮し終えており、現在は特に何の影響力もない。

【続く】

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