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すでに道は分かたれた

  目次

 ――そこに、ひとつの黒影があった。

 一行は一斉に身構える。

「……父上……」

 シャイファだけが、悲嘆を込めて呟いた。
 黒影は、ゆっくりと振り返った。瘴気に包まれた青白い美貌。
 総十郎とはまた異なる秀麗さ。見る者に安堵ではなく緊張を強いるたぐいの。

「……百年前、よくここでかくれんぼをしたな。お前も、シャーリィも、ずいぶん容赦がなかった」
「父上だけ、体が大きかったからね」

 会話とは裏腹に、両者の間には寒々とした断絶が横たわっていた。

「ねえ、父上。父上にとって、あたしたちって、重荷だった? たくさん遊んでくれたけど、その最中も、苦しい気持ちを押し殺してたの?」
「そんなわけがない。重荷などと……お前も、シャーリィも、かけがえのない私の宝だ」
「でも、重かったんだよね? 大事でも、抱えていられないほど重かったんだよね? だから、あたしたちの前からいなくなった……」
「それ、は……」

 苦々しい沈黙。
 やがて、絞り出すようにギデオンは言った。

「……お前たちが宝であるように、シャロンもまた、私にとっては宝だった。分け隔てなどできようはずもない。三人とも、幸福を掴んでほしかった。だが、シャロンだけが、何の救いもなく死んだ……」
「それは父上のせいじゃない!!」
「そうだ……私のせいでは、ないんだ……シャイファ……」

 そのことが逆にギデオンにとっての絶望に繋がっていた。

「ではなぜシャロンは死ななければならなかった? 私はどうすればあの子を救えた? 気が付けばそればかりを考えるようになっていた」
「あたしは、シャロン姉さまに会ったことはないし、最近まで自分に姉がいたことも知らなかったわ。だけど……それでも言うわ」

 シャイファが涙を振り乱す。

「あたしたちを見てよ! 姉さまはもう死んじゃったんだよ! 死んだ人にはもうなんにもしてあげられないんだよ! 生きてるあたしたちを見てよ! こんなに父上のことが大好きだったのに!」
「お前たちは魔力に不足はなかった。私などいなくとも、いずれ幸福は掴めただろう。だが、シャロンの魂の無念は、いったい誰が汲んでやれるというのだ……このまま、あの子の存在を忘却の淵に沈めろと言うのか」
「忘れたりしない! 母上だって、絶対姉さまのこと忘れたりしないよ!」
「そうではない。そういうことではないんだ。思い出は風化してゆく。どんな悲しみも、時は残虐に洗い流してゆく。私はそのことに耐えられなかった。まるで、シャロンが生まれ、この国に生き、死んだことが、無意味だったかのようではないか。何も、何一つ残せぬまま、時の彼方に消えてゆくのを、手をこまねいて見ていることだけはできなかった。弱い父となじりたくばなじれ。私はシャロンの死を受け止めることも、乗り越えることもできなかった。私の胸の中で、彼女は今でも死につづけている。何も終わっていない。終わりようがないのだ」

 ギデオンが、手を掲げた。そこに濡れ羽色の粒子が集い、闇を湛えた魔剣が形を成す。

「シャイファ。下がっていなさい。言葉で私は止まらない。この愚かな父のことは忘れ、お前はお前の幸せを追い求めるのだ」
「父上……!」
「殿下、こゝまでだ。口惜しいが、説得は不可能。刃をもって語るより他にない。」
「待ってよ! そんな、そんなの……!」
「煉獄滅理が溢れだすまでもうあまり時間がないのだ。この機を逃せば、王国は滅び去る。非情は重々承知。小生を恨んでくれて構わぬ――!」

 抜刀。刀身が震え、神韻が鳴り響く。

「はッ、貴様もシャーリィに寄生する虫の一匹だったな。まとめて葬ってやりたいのは山々だが、さすがに戦力差があり過ぎる。せいぜい時間稼ぎをさせてもらうとしようか――!」
「御身、最初からそれが狙いか。娘御との会話もすべて……!」

 戦いが、始まった。

【続く】

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