【小説】さらば、愛しきポンコツ勇者たちよ 第1話 営業部の勇者
「──また“勇者”って呼ばれてるらしいですよ」
営業部の若手がSlackでそんなことをつぶやいていた。 投稿には、笑ってる顔のスタンプがいくつも並んでいた。
懐かしいな、と思った。 その呼び名が社内でささやかれはじめたのは、もう7年前のことだ。
配属初日、彼はスーツの袖をまくり上げて、会議室のドアを勢いよく開けた。 第一声が「俺、けっこうガッツはあるんで!」だったのを今でも覚えている。 部長はペンを落としたし、課長は目をそらした。 でも彼は止まらなかった。その日だけで3回は「やったりますよ!」と言っていた。
その日以降、彼は“営業部の勇者”と呼ばれるようになった。 決して、褒め言葉ではなかったけれど──誰も彼を嫌ってはいなかった。
彼の営業スタイルは、率直に言って“独り舞台”だった。 とにかく喋る。商談の冒頭からクロージングまで、ほぼ彼が話していた。 相手がメモを取ろうとすれば、そこにかぶせて言葉をかぶせた。 「ちょっとだけいいですか?」と遮られても、「あ、それあとで説明するんで!」と押し切った。
「……いや、だから“いま”聞きたいんだけどな」 後から聞いたところによれば、ある顧客はそう呟いたらしい。
それでも彼は、自信たっぷりだった。 「営業は、熱量ですから」 「“空気”を作れれば、勝ちです」
毎回の商談後、部内では小さなレビュー会が開かれた。 「あそこ、相手が話したそうにしてたよね」 「もう少し、間を取ろう」 そんなアドバイスが飛ぶたび、彼は「っすね!」と笑っていた。
でも、あまり直らなかった。 いや、直さなかったのかもしれない。
プレゼン資料の作り方も、どこか独特だった。 やたらと色を使いたがったし、文字は大きく太く、余白は最小限。 「これ、情熱が伝わりますよね」と本人は言っていた。 レビューを担当していた僕は、3ページ目あたりで目がチカチカした。
提出直前の夜、部の先輩は彼からのSlackが飛んでくることもよくあったそうだ。 「ちょっとだけチェックお願いできませんか」 「30分で仕上げます!」 ……そして気づけば、午前1時を回っているのだった。
印象的だったのは、あのプレゼン崩壊事件だ。 ある大型案件の最終提案。先方は5名。うち2名は執行役員クラスだった。 こちらの会議室に招いて、彼がプレゼンを務めた。
開始5分で、先方の表情が固まった。 10分後には、資料を閉じた人もいた。 15分後、「今日は聞くだけのつもりだったんですけど」とひとりが言った。
プレゼンの“目的”が、食い違っていたのだ。 先方は、質疑を通じて条件をすり合わせたかった。 彼は、“熱”で押し切れると思っていた。
プレゼン終了後、彼はこう言った。 「いやー、手応えありました!」
……部長は、会議室の外で壁を殴っていた。
その日のうちに、部内レビューが開かれた。 「これは“事故”だったのか、それとも“仕様”なのか」 という部長の言葉に、全員が沈黙した。
「でもまあ……彼らしいっちゃ、彼らしいよね」 誰かがつぶやいたその一言で、場が少しだけ和んだ。
でも不思議なことに、その後、案件は進展した。
翌週、先方の担当者がふとこう漏らしたらしい。 「資料は分かりにくかったけど、なんか、元気出たよね」 「あと、めちゃくちゃ喋るから逆に印象残ってる」
契約が取れたのは、2ヶ月後だった。 それが彼の功績だったかは、今もわからない。 でも、誰も“台無しにした”とは言わなかった。
むしろその後、彼のプレゼンスタイルは、若手の“反面教師”になった。 そしていつしか、“勇者”というあだ名は、ちょっとした愛称になった。
彼のやり方を完全に真似する人はいなかった。 でも、「熱量って、やっぱ大事かもな」と言う若手は、確かに増えた。
異動の知らせは、唐突だった。 「来期から、〇〇支社に行きます」 朝会でそう告げた彼は、終始笑顔だった。
Slackには、後輩たちが送別のスタンプを送りまくっていた。 彼は、こうDMを返したそうだ。
「“勇者”ってあだ名、ちょっと気に入ってました笑」
彼らしいと思った。
送別会の帰り道、若手のひとりがポツリと言ったそうだ。 「……勇者さん、いなくなると静かになりますね」
それは、きっと褒め言葉だったに違いない。
供養録: 「でも、あなたの笑顔で救われた人、結構いたよ」
(第2話へ続く)
