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白石は、戻ってきた。――『ソシオパスフレーム』予告編📢

こんにちは、Bell noteです。

『久兵衛、最期の事件』を読んでくださった皆さん、覚えていますか。

逮捕される瞬間、白石輝道という男は言いました。

「嫌疑不十分で戻ってくるのが関の山だ」

あの言葉通りに、白石は戻ってきました。

白石は昔から、人の弱さを見抜き、それを利用することに長けていました。けれど当時は、その力を及ぼせる場所が限られていた。操れる人間の数にも、限りがありました。

時代は変わりました。

人と人がつながる場所は広がり、見知らぬ誰かの言葉が瞬く間に届くようになりました。傷ついた人が声を上げやすくなり、正義の言葉は、ときに人を救い、ときに人を追い詰める力にもなりました。

白石は何も変わっていません。

ただ、時代の方が、白石に追いついてきた。

今回お届けする『ソシオパスフレーム』は、寅子が白石と対決する物語ではありません。

その対決へと至る前に、一人の新聞記者が命を懸けて残した記録。そして、白石という男が、出所後に何をしていたのかを追った物語です。

少しだけ、お付き合いいただければと思います。


📖『ソシオパスフレーム』あらすじ

これは殺人の記録だ。
そして、私が最後まで名前を書けなかった男の話でもある。

宮武正は、地方紙の記者だった。

ある取材の途中、複数の被害者が同じ名前を口にする。

白石輝道。

かつて町内会長を務め、三件の死に関わったとして逮捕されながらも、起訴には至らなかった男。別件で服役し、出所した男。

正は、その足取りを追い始める。

白石は、何をしているのか。

なぜ、正が接触した人々は次々と沈黙していくのか。

誰も命じていない。

誰の手も汚れていない。

それなのに、人が死んでいく。

やがて正は、自分の見聞きしたすべてを、一つの手記として書き残し始める。

その記録は、ある夜を最後に途切れた。

残されたのは、一人娘と、ぬいぐるみの中に隠された一本のUSBメモリだけだった。


📖エピソードゼロ「フレームの行方」

久兵衛が逝った日から、寅子の八年間をここで少し読んでいただけたら、と思います。


 久兵衛が死んだ日のことを、寅子はよく覚えている。

 真新しい制服の胸のリボン。体育館に差し込んでいた春の光。倒れていく祖父の背中。そして最後に、震える指で作られた四角い枠が、自分の顔を切り取った瞬間のこと。

 泣くな、と祖父は言った。

 寅子は泣かなかった。

 泣いている暇なんてない、と思ったからだ。


 中学の三年間、寅子はよく走った。

 朝のランニングコースを少し変えて、塚原住職の寺に寄るようになったのは、中学一年の夏だった。住職は「また来たか」と言うだけで、お茶を出してくれた。久兵衛の幼馴染だった住職は、余計なことを何も言わなかった。それが寅子には、ありがたかった。

 ある秋の朝、住職が言った。

「久兵衛はな、いつも見たいものだけを真ん中に置いていた。フレームというのは、そういうものだ」

 寅子は黙ってお茶を飲んだ。

 帰り道、走りながら、指で四角をつくった。朝の空が、枠の中に収まった。雲の端が少しだけ金色だった。

 白石輝道のことは、ずっと考えていた。あの男は法で裁けなかった。
久兵衛が死んでも、誰も罰せられなかった。それが、寅子にはどうしても腑に落ちなかった。怒りというより、もっと根本的な何かだった。こんなことが、あっていいはずがない。

 ただ、自分に何ができるかが、わからなかった。


 高校に入ってからは、事件に巻き込まれることが増えた。

 万引きの濡れ衣を着せられた同級生。

万引きの濡れ衣を着せられた同級生を、寅子が機転と“フレーム”の仕草で救う。 真実を暴き、後の探偵役を象徴する一篇。『フレームが、ゆっくりと焦点を結ぶ…』より

賽銭箱の謎と住職の困り顔。

寅子は手振りでカラスの動きを真似しながら大げさに笑ってみせる。

寺の賽銭が消える謎。住職が怪しい男を疑うも証拠なし。
駆けつけた寅子が“フレーム”で観察し、カラスの動きから男のかつらに隠した小銭を見抜く。
真相は暴かれ、寅子の探偵的資質が光る一篇。『賽銭箱とカラス』より

押し買い詐欺にあったミツさんの結婚指輪。

寅子が訪問買取詐欺に遭ったミツさんを救う物語。奪われた結婚指輪を、
アリの習性を利用した機転と巧妙な芝居で男の鞄から引き出し、商店街の協力で犯人逮捕に導く。
信頼と記憶、守るべきものの尊さを描く一篇。『蟻の證明』より

どれも、気づいたら動いていた。泣いている人を見たら、放っておけなかった。それだけのことだった。

 住職がある日、言った。

「三度も人を助ければ、もう立派な名探偵だな」

 寅子は苦笑した。名探偵、という言葉が、久兵衛と重なった。

 久兵衛は、白石を追いながら死んだ。証拠を積み上げながら、最後まで法の内側にいようとして、死んだ。

 その背中を、寅子はずっと見ていた。


 高校三年の秋に、電話が来た。

 茂木、と名乗った。久兵衛の元同僚だったという男の声は、低くて少し掠れていた。

「久兵衛さんのことは、覚えてるか」

「覚えてます」

 当たり前だ、と思いながら、答えた。

「白石が出た。服役を終えて、出所した。知らせておいた方がいいと思って。それだけだ」

 電話は切れた。

 寅子はしばらく、携帯を手に持ったまま立っていた。部屋の窓の外では、夕方の空が色を変えていた。

 怒りは、ちゃんと来た。

 ずっとそこにあった怒りが、また形を持った。白石はまた外にいる。
久兵衛が死んでも、法は届かなかった。そしてあの男は今、また何かをしているかもしれない。

 だが、自分にできることが、まだわからなかった。

 寅子は窓の外を見た。それから指で四角をつくった。

 枠の中に、夕方の空を入れた。答えは、まだそこになかった。


 大学に入ってからも、フレームのポーズは続いた。

 何かに気づきたい時、考えがまとまらない時。指を上げて、四角を作る。見たいものだけが、真ん中に来る。

 久兵衛が死んで、七年が経っていた。

 白石が今どこで何をしているか、寅子は知らなかった。
だが忘れていたわけではない。あの男がまだ法で裁かれていない事実は、七年経っても変わっていなかった。それだけは、ずっとそこにあった。

 ただ、どうすれば動けるのかが、まだわからないままだった。


 三年生になった春の昼休み、中庭を歩いていた時だった。

 見知らぬ女性が、待ち構えるように立っていた。

 長い髪を一つに束ね、まっすぐこちらを見ている。知らない顔だった。同じ学年らしいが、学部が違う。女が寅子の名前を口にした瞬間、寅子は足を止めた。

「源寅子さん、ですよね」

「そうですけど……」

「宮武真理といいます。大学は違う学部ですが、同じ三年です」

 その名前に聞き覚えはなかった。だが、女の次の言葉が、寅子の胸に真っすぐ届いた。

「久兵衛さんの事件のことで、伺いたいことがあるんです」

 笑みが、すっと引いた。

「白石という人物に、心当たりはありますか」

 寅子の喉が、小さく動いた。

「父が、その人物について調べていました。何年も。そして、亡くなりました」

 中庭の人波が、二人の周りだけ遠く聞こえた。

「父の遺品の中から、手記が見つかったんです。あなたのお祖父様のことも、書かれていました」

 寅子はしばらく、何も言わなかった。

 七年間、動けないでいた理由が、今この瞬間に変わろうとしていた。

 自分一人では届かなかったものが、別の場所から積み上げられていた。

「読ませてもらえますか」

 迷いは、なかった。

本編へつづく


👤『ソシオパスフレーム』登場人物

白石 輝道(しらいし・てるみち)
久兵衛を死に追いやった、かつての町内会長。服役を終え、出所した。 人当たりがよく、誰からも慕われる。傷ついた人間の、最も聞きたい言葉を知っている。 時代が変わっても、白石は何も変わっていなかった。

宮武 正(みやたけ・ただし)
地方紙の記者。白石を何年も追い、記録し、死んだ。 遺したのは、手記だけ。

宮武 真理(みやたけ・まり)
正の娘。大学三年生。 父の書斎を片付けた日、娘時代のぬいぐるみの中から、USBメモリを見つけた。 父が最後に記録を託せたのは、娘の部屋に置かれた、子どもの頃のぬいぐるみだけだった。 手記を読み終えた時、悲しみは怒りに変わり、怒りは決意になった。

源 寅子(みなもと・とらこ)
久兵衛の孫娘。大学三年生。 白石のことを、忘れたことがない。 ただ、どうすれば動けるのかが、わからなかった。 その答えが、今、届いた。


🐯寅子から

白石のことは、忘れたことがない。

おじいちゃんが死んでから、ずっとそこにある。

法で裁けなかったという事実が。

あの男が今もどこかで生きているという事実が。

でも、自分一人で何ができるのかは、ずっとわからなかった。

証拠もない。

手がかりもない。

怒っているだけでは、おじいちゃんが最後まで守ろうとしたものは守れない気がしていた。

宮武真理さんのお父さんが残した手記を読んだ。

何度も悔しかった。

おじいちゃんと同じ男を追い、同じように命を落とし、それでも最後まで名前を書かなかったことが。

……ううん。

書かなかったんじゃない。

書けなかったんだ。

記者として、その一線だけは越えなかった。

だからこそ、この手記には重みがあった。

でも、記録は残った。

おじいちゃんが遺した"フレーム"と、

宮武正さんが遺した"記録"。

その二つが、ようやく私のところで繋がった。

まだ終わっていない。

ここから始まるんだと思う。

法の内側で。

おじいちゃんが最後まで守ろうとしたやり方で。

📖 本編公開まで、もうしばらくお待ちください。


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