記録は、眠っている──Wayback Machineと、亡霊たちのこと
今日、仕事でふと、あるサイトを開きました。

Internet Archiveが運営する、いわゆる「Wayback Machine」です。
ウェブページの過去のスナップショットを保存し続けている、巨大なアーカイブサービスです。
開いた瞬間、思いがけず懐かしくなりました。
まだあるんだ、と思いました。
インターネットの世界では、昨日まで存在していたサービスが今日には消えている、ということが珍しくありません。
プラットフォームが突然閉鎖されたり、長年使っていたクラウドサービスが「事業終了のお知らせ」一枚で消滅したり。
そういう経験を何度もしてきた世代には、Wayback Machineが30年近く動き続けているという事実は、少しだけ奇妙に映ります。
そして同時に、懐かしかった。
昔、これを仕事で使っていたことがありました。2001年頃のことです。
あの頃のこと
その頃、私はある子会社に出向していました。
出版社のデジタル化構想を受けて新設された会社で、私は本社から送り込まれた出向者のひとりでした。売上は、まだ1円もありませんでした。
会社のウェブサイトを誰が管理するのか、最初は誰も決めていませんでした。気づけばそれが私の仕事になっていました。専門家でも何でもありませんでしたが、他に誰もいなかった。組織というのは時々そういう力学で動きます。「誰もやっていないことは、気づいた人間がやる」。それが暗黙のルールでした。
ただ、困ったことがありました。
バックアップの仕組みも、予算も、時間もなかったのです。
ウェブサイトを更新するたびに、前の状態が消えていきました。当時は今とは比べものにならないほど原始的な運用で、バージョン管理すら個人任せでした。「昨日までの状態に戻したい」と思っても、戻す先がありません。そんな環境でした。
そこで使い始めたのがWayback Machineでした。
「Googleのクローラーと同じ原理で、ウェブページを定期的に保存してくれる」と聞いて、藁にも縋る思いで登録した記憶があります。本来、Wayback Machineはアーカイブ側が能動的にクローリングして保存するサービスであり、個人や企業が「バックアップのために使う」ものではありませんでした。でも当時の私には、そんな細かいことはどうでもよかった。記録が残るなら、それでいい。そう思っていました。
でも今日、Wayback Machineを開きながら思いました。
あの頃のページは、まだ眠っているだろうか。
誰も見ていない。更新もされていない。しかし、URLさえ分かれば、あの頃の状態がそのまま画面に現れるかもしれない。2001年の、売上ゼロのベンチャー企業のウェブサイトが、静かに息をしているかもしれない。
そう思うと、妙な感覚になりました。
偶然、見つけた名前
かつて「ボトルメール」という、見知らぬ誰かへメッセージを流し、偶然の出会いを待つフリーソフトウェアサービスがありました。

1997年頃のことです。Wayback Machineと同じ時代に生まれ、今はもう存在しません。みる相手も、みる時も、みるかどうかも分からないまま、記録だけが静かに漂い続ける——
Wayback Machineも、本質は似ています。
Wayback Machineを思い出していたら、ふと、先日noteに書いたことが頭に浮かびました。
人物月旦シリーズの第23回、「知らなかった顔のはなし」という一本です。
子会社の中心にいた結城という人物について書いたエッセイでした。
名前は仮名にしました。私が長い間、心底嫌っていた男が、50代で亡くなっていたことを、仕事の調べ物をしている途中に知ったというnoteでした。
結城氏との複雑な記憶を、私は二十数年たった今も、持ち続けていました。
だから、私はその問いを、今も解決できていません。
エッセイにはそう書きました。答えを出さないまま終わらせました。
それが正直なところだったから。
また別な物語のこと
結城氏のエッセイを書く数ヶ月前に、私は別のnoteを書いていたことも、その流れのなかで、なぜか思い浮かびました。
「note大陸漂流記」という連作の、第六章「記録の島」がそれです。
このシリーズは、ジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』を着想の原点にしたメタフィクションで、Bell noteと寅子(私の創作上のキャラクタ)の二人が「note大陸」を航海する物語です。序章を書いたきっかけは、ある夜に見た夢でした。
書斎でnoteを書いていたら、部屋のドアが開かなくなった、という夢からはじまる話です。
非日常の側に閉じ込められた、という感覚。そこから「日常へ戻る方法を探す旅」という設定が生まれました。
このシリーズの第六章では、霧深い南東の海に迷い込んだ二人が、灰色の島に辿り着きます。
島の名はGlubbdubdrib(グラブダブドリブ)。
スウィフトの原典に登場する「亡霊の島」です。
その島には巨大な図書館があり、「過去二百年の記録」がすべて保管されています。案内係のパンダの司書長の言葉は真剣でした。
読む者が現れたとき、記録は再び語りはじめるのです。

記録とは、常に未来の亡霊です。
あなたがここを離れたあとも、どこかで誰かが、あなたの言葉を再生するでしょう。
それが"生きつづける"ということです。
これを書いたとき、Wayback Machineのことは当然頭にはありませんでした。
あくまでもスウィフトへのオマージュとして、「記録と記憶」というテーマを物語の形で考えようとしていました。それだけでした。
しかし今日、仕事でWayback Machineのトップページを開いた瞬間に、何かが繋がりました。
あの島は、これだった。
気づいた瞬間のこと
Wayback Machineという仕組みを、改めて考えてみます。
誰かがウェブページのURLを入力する。
すると、そのページの過去のスナップショットが画面に現れる。
1998年の企業サイト。2003年の個人ブログ。2011年の、もう存在しないニュースサイト。それらは普段、どこにあるのか。
眠っている、というのが一番近い表現だと思います。
特定のURLにアクセスされるまで、記録はただ静かに存在しています。
誰にも見られず、語りかけることもなく、ただそこにある。
しかし誰かが検索した瞬間だけ、記録は「語り出す」。
あの頃の言葉で、あの頃の色で、あの頃の体裁で。
「記録の島」で私が書いた設定と、構造がまったく同じです。
スウィフトの「Glubbdubdrib(グラブダブドリブ)」では、魔術師が死者を呼び戻すことで記録が語り出します。
Wayback Machineでは、URLという呪文がその役を担います。
そしてガリバーが歴史の英雄たちから「記録されてきた歴史の誤り」を直接聞き出したように、Wayback Machineを開いた者は、消えたはずの過去のページと直接向き合うことができます。
私が2001年に関わったあの会社のウェブサイトも、もし保存されていれば、今日でもURLを入力すれば現れるはずです。
あの頃の言葉で。あの頃の、売上ゼロのベンチャー企業の体裁で。
記録の島は、インターネットの中にすでにありました。
私はそれを物語として書いた後に、現実の中で「再発見」しました。
記録と、記憶と、亡霊
私の書いた「記録の島」の中で、図書館の書架には「未来の書棚」というコーナーがあります。
過去の記録が未来の読み手によってどう読まれるか、それを演算的に再構成した「予測された書棚」です。
Bell noteは自分の名を冠した本がいくつも並んでいるのを見つけ、戸惑います。
英雄のように描かれたものもあれば、怠惰で臆病な旅人として書かれたものもある。
司書長は言います。
記録というのは、本当の意味では、作者のものではありません。読み手がいる限り、それは生き続け、時代の形を借りて姿を変える
これは物語の台詞ですが、今日の私には別の重みで響きます。
人物月旦#23で書いた結城氏のことを思うと、とくにそう感じます。
私が二十数年間、頭の中に保存していた結城氏の「記録」は、私だけのイメージでした。
長年の友人たちが持っていた記録とは、かなり違う。
どちらが正しいかという話ではありません。
同じ人物の、それぞれ異なる切り取られたイメージが、それぞれの記憶の中に眠っていた、ということです。
そして彼の死後、検索という行為を通じて、私はその複数の記録と突然向き合うことになりました。
Wayback Machineと、まったく同じ構造だと思いました。
人間の記憶も、ある意味でアーカイブです。
何かをきっかけに検索が走るまで、多くの記録は眠ったままです。
二十数年間、私は彼の名前を意識的に検索しませんでした。
だから記録は眠り続けました。ある日、仕事の調べ物の途中で偶然URLが一致した。
そのとき初めて、記録は語り出しました。
眠っていた記録が、何十年もの時間を飛び越えて、画面に現れました。
Internet Archiveのこと
Wayback Machineを運営するInternet Archiveは、1996年にブリュースター・ケールによって設立された非営利団体です。
設立の動機は、シンプルでした。
インターネット上のコンテンツは消える。
企業が倒産すれば消える。
サービスが終了すれば消える。
サーバーの障害で消える。
管理者が飽きれば消える。
ウェブという空間は、私たちが思っているよりずっと脆く、儚い。
その現実に対して、Archiveは「記録し続ける」という一点で応えてきました。
現在、Wayback Machineには1兆ページを超えるウェブページが保存されています。
誰に頼まれたわけでもなく。商業的な利益があるわけでもなく。ただ、記録する。
これは奇妙な行為だと思います。
図書館が本を保存するのは、誰かが読むためです。
博物館が展示物を保管するのは、誰かが見るためです。
しかしWayback Machineが保存するページの大半は、おそらく二度と誰にも見られません。
2001年の、今はもう存在しない小さな企業のウェブサイトを、わざわざ検索する人間がどれだけいるか。
それでも、記録する。
なぜかといえば、「もしかしたら誰かが見るかもしれない」からでしょう。
その「もしかしたら」に、組織が存在し続けています。
書くことの動機と、どこか似ていると思います。
誰かに読まれるかどうかは分からない。
届くかどうかも分からない。
でも「あるかもしれない」と信じられるうちは、記録は眠りながら、読まれる日を待ち続けます。
「記録の島」の中で、司書長が「読む者がいなくても、記録は存在します」と言っていました。
私がそれを書いたとき、Internet Archiveのことを意識していたわけではありませんでした。
でも今は、あの台詞がそのままInternet Archiveの設立理念に見えます。
序章の、最後の一文
「note大陸漂流記」の序章の最後に、私はこんな一文を書いていました。
そもそも、こんな発想をしている時点で、日常を取り戻すのがますます遠のいている気もします。企画そのものが、すでに漂流の証なのかもしれませんね…
書いたとき、これは自虐的な笑いとして書きました。
でも今日、Wayback Machineを開いて一連のことを思い返していたら、この一文の意味が少し変わって見えました。
「漂流している」というのは、目的地が見えないまま流されている状態です。
しかし漂流だからこそ、計画では辿り着けない場所に着く。
出向先の記憶と、嫌いだった人間の死後に読んだ追悼文と、物語の中の図書館と、今日のWayback Machine。
これらが一本の線で繋がったのは、漂流していたからだと思います。
目的を持って書いたものは、書いた時点で完成する。漂流しながら書いたものは、後から繋がってくる。
「時間が経ってから、立ち上がってくるものがある」というのは、私がBell noteを始めてから繰り返し気づいてきたことです。
しかし今日のように、自分が書いた物語と現実の出来事が、時間差で接触する経験は、初めてに近かった。
記録の島を書いたのは、昨秋のことです。
人物月旦#23を書いたのは、先月のことです。
Wayback Machineを開いたのは、今日のことです。
三つは、動機も、目的も繋がっていませんでした。
記録は、眠っている
最後に、もう一度Wayback Machineのことを書きます。
このサービスのトップページには、シンプルな検索窓があります。
URLを入力すると、そのページが過去のある日付にどんな状態だったかが画面に現れます。
試しに、自分の関わった古いサイトのURLを入力してみてください。
もしかしたら、もう存在しないはずのページが現れるかもしれません。
かつて誰かが更新して、誰かが読んで、誰かの記憶のどこかに残っているかもしれないページが、静かに画面に浮かび上がります。
それは亡霊ではありません。
記録です。
眠っていた記録が、URLという呪文によって、静かに語り出す瞬間です。
書くことも、たぶんそういうことです。
誰かに届くかどうかは分からない。いつ届くかも分からない。それでも書いた事実は消えません。
記録は眠り続けます。
そしてある日、誰かのURLが一致した瞬間に、静かに語り出します。
「記録の島」の中で、司書長は最後にこう言いました。
ようこそ、亡霊の図書館へ。ここでは、記録が語ります
インターネットの中に、その図書館はすでにあります。
今日、仕事でWayback Machineを開きました。
たったそれだけのことが、二十数年前の出向先と、先日書いたエッセイと、昨秋書いた物語の島を、一本の線で繋ぎました。
書いた時には、繋がっていませんでした。
時間が経ってから、立ち上がってくるものがあります。
記録とはたぶん、そういうものです。
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