【GW】常春の東京・八丈島滞在記:絶海の孤島で見つけた「大人の素朴旅」
こんにちは、Bell noteです。
前回の今帰仁村(沖縄北部)への旅で、私たちはあることに気がつきました。洗練されたリゾートよりも、素朴で人がまばらな場所をふたりで歩く方が、今の自分たちにはずっと心地よい、と。
そんな折、我が家の全録ディーガが設定したキーワードから拾い集めてきた一つの旅番組がありました。前川清さんがパーソナリティを務める地方局の『タビ好キ』という番組です。
たまたま行き先が私たちも訪れた今帰仁村だったのですが、そこで前川清さんたちが、砂浜で漫画を読んでいた寡黙な少年と、その妹(都会にいてもおかしくないような大人びた12歳くらいの女の子)に話しかける場面がありました。
あきらかにその女の子の世代ではないはずの前川清さんに対し、その女の子は「芸能人に声をかけられた」というただそれだけのことで有頂天になり、全身で喜びを表現していました。都会の子供なら斜にかまえるような場面でも、彼女の反応は驚くほどピュアで、初々しいものでした。そのあまりに純粋で素直な姿を見ているうちに、私は深く癒されると同時に、「次ももっとこういう、素朴な空気がそのまま残っている場所へ行きたい」と強く思うようになっていたのです。
その思いに背中を押されるように、私たちは具体的な行き先探しに取り掛かりました。求める条件は明確でした。観光地化されすぎていない、良い意味で寂れていて心が癒される「素朴な風景」が残っていること。これまでふたりで訪れたことがない場所であること。そして、航空券や宿の価格が跳ね上がるゴールデンウィークにおいて、納得のいくコストパフォーマンスが得られること。地図を眺めながらこれらの条件を掛け合わせていった結果、ふと最適解として浮上したのが、東京でありながら絶海の孤島と呼ばれる「八丈島」だったのです。

行き先の目星がつけば行動は早いです。早速ANAのサイトで航空券を検索してみると、運良く「スーパーバリュープレミアム28」という運賃で、普通席とさほど変わらない価格でプレミアムクラスのシートが残っていました。往復2名で79,720円。この高いコスパで連休の喧騒を遠ざけ、大人旅の質を担保できるとなれば、迷う理由はありません。その日のうちに私たちのゴールデンウィークは静かに確定しました。
素朴な情景に出会うための旅が、こうして始まりました。
📢ちょっとだけトラベルノートについて
今回のトラベルノートはシリーズ29回目。もともとnoteを始めるはるか前の2016年から始めたこの活動は、忘れっぽい私が妻との旅行を後で見返すことができるように書き始めたものです。 当然誰かに読んでもらうことを想定していなかったので、文体や文調を整えることもなく、ただ後で読み返したときに「ああ、あの時そうだった」と思い出せればそれで良いだけでした。 本編部分は、そのもともとのスタイルをそのまま大切にしながら書いています。
初日|洗礼と、おつかれさまで~す。
航空券を押さえた後、私たちはホテルの吟味に入った。
土地勘が全くないため、頼りになるのはYouTubeの宿泊レビュー動画だ。「朝食が美味しそう」というシンプルな理由で、三根地区の高台にある「リードパークリゾート八丈島」に決めた。
妻が発見したじゃらんの5000円割引クーポンを駆使して予約を入れ、併せて空港からの送迎も手配しておく。
しかし、ここで私たちに致命的な油断があった。 出発まで1ヶ月を切った頃、「そういえばレンタカーはどうするんだ」と気づいたのだ。
慌てて島内のレンタカー会社に片っ端から電話をかけたが、すべて「満車」と断られた。
電話口での「当日キャンセルが出るかもしれないから、また連絡してみて」という言葉に微かな期待を抱いたものの、現実的な防衛策として、路線バスの時刻表と温泉の営業時間を睨み合わせ、分刻みで綿密なバス移動の計画を立てることとなった。
さらに出発1週間前、「夕食の予約」というもう一つの壁にぶつかった。 どこに行けばいいか見当もつかないため、まずは宿泊先のホテルにお勧めを聞いてみることにした。そこで紹介されたのは、島料理の「梁山泊(りょうざんぱく)」、寿司処「銀八」、「粋や」、そして「寿し波平」という、島でおススメの4軒とのことだった。
早速、到着日である5月2日の予約を取ろうと片っ端から電話をかけたのだが、さすがはゴールデンウィーク、見事にどこも満席で断られてしまった。 最後に電話をかけた「寿し波平」で満席だと告げられた際、ふと思いついて「ちなみに、明日(3日)の夕食なら空いていますか?」とダメ元で尋ねてみた。すると、幸運なことに席が取れるという。
到着日の夕食は白紙のままだが、せめて3日の夜の「確実な美味しい食事」だけはおさえてしまおうと、私は急いでその予約を確定させた。
「初日の夜は最悪、地元のスーパーで島寿司でも買って食べよう」。
そんなふうに楽観的に話し合いながら、私たちは当日を迎えることになったのである。(この『スーパーで島寿司』という甘い見通しが、初日の夜に洗礼の引き金になるとも知らずに……)
羽田空港のラウンジで寛いでいると、不穏な館内アナウンスが耳に飛び込んできた。 私たちが乗るANA1895便が、天候不良により「条件付き運航」になるという。八丈島空港は地形のせいか、日本で最も着陸が難しい空港の一つだそうだ。アナウンスはしつこいほど何度も繰り返されていた。それでも選択肢はない。不安を抱えながら機内に乗り込んだ。
見事に確保したボーイング737-800のプレミアムクラスのシートでは、すぐに気の利いた機内サービスが始まった。 私はフランス産の白ワイン(ファミーユ・ペラン)の小瓶を、妻はボルドーの赤ワイン(シャトー・ロラン・ド・ビ)を開け、ANAオリジナルのレモンクッキーやおかきをつまむ。


窓の外のどんよりとした雲行きとは裏腹に、穏やかな時間が流れていた。

やがて高度が下がり、窓にへばりつくようにして外を見つめる妻の背中越しに、深い緑に覆われた八丈島の無骨なシルエットが近づいてきた。機体は少しの揺れを伴いながらも、無事に「絶海の孤島」へと着陸した。
手荷物受取所のターンテーブルで私たちを出迎えてくれたのは、ハイビスカスなどの鮮やかな造花で首飾りをされた、手作り感あふれる巨大な海亀のオブジェだった。

ターミナルの外に出ると、羽田での不穏なアナウンスが嘘のように、頭上には爽やかな青空が広がり、一本のヤシの木と八丈富士が私たちを見下ろしていた。

ホテルのマイクロバスに乗り込むと、フロントガラスの先には南国特有の真っ直ぐな道が続いている。

夕方、リードパークリゾートへ到着。

チェックインを済ませた後、周辺マップを頼りに少しだけ周囲を歩いた。
「ゆーゆー牧場」の可愛らしい看板を見つけた。

さらに進むと、鬱蒼とした木々に飲み込まれつつある白いゲートとレンガ造りのアーチが現れた。


かつてのリゾートホテルの廃墟だ。自然の力と島の過ぎ去った歴史の重みを感じながら、牛舎でのんびりと草を食むジャージー牛を眺める。


私たちは部屋へと戻った。
ここまでは、完璧で穏やかなリゾートの夕暮れだった。問題はここからだ。
夕食の予約がない私たちは、ホテルでレンタサイクル(電動アシスト自転車)を借り、最寄りのスーパーまで買い出しに行くことにした。

「もう暗くなるし、疲れているからやめよう」と止める妻の忠告を、「地図で見ればたいした距離じゃないし、電動アシストなら多少の坂も平気だよ」と私は自信満々に押し切り、断行した。その間、妻はホテルの大浴場へと向かった。
ホテルを出発してすぐ、私は自分の浅はかさを激しく呪うことになる。 確認をせずに出発した自転車のバッテリー残量を示すメーターが「18%」しかなかったのだ。
しかも、想定以上の急な下り坂と上り坂の連続。頼みの綱の電動アシストはなぜかパワーが弱く、ほとんどアシストしてくれない。 夜のとばりが増していく。さらに、車は一台も通らず、街灯も少ない。深い緑に囲まれた道は、いつなにかが出てもおかしくないような底知れぬ暗闇に包まれていた。
まともに歩けないほど足がガクガクになりながら、30分ほどかけてようやくスーパーに辿り着いた。
お目当ての「島寿司」を探して惣菜コーナーへ向かうが、棚はほぼ空っぽ。残っていたのは、ハンバーグ弁当と野菜炒め弁当、そしてきんぴらごぼうのみ。すべてに半額シールが貼られていた。
「せっかくの旅行先で、どこにでもある普通の弁当を食べる羽目になるとは……」という情けなさをそっと飲み込み、もはや選択の余地はない。
私はそれらとペットボトルのお茶を買い、再びホテルへの復路へとペダルを漕ぎ出した。
スーパーの周辺は学校などもあるため、街灯も比較的多く、人もまばらではあるがちらほらと歩いているようなエリアだった。 不意に心を揺さぶられる瞬間があった。
ジャージ姿の女子中学生の二人組の横を自転車で通り過ぎようとした時、彼女たちが私に向かって元気な声で「おつかれさまでーす!」と声をかけてきたのだ。さらに少し進んだ別の場所でも、中学生の集団の脇を通った際に「こんにちはー!」と屈託のない声が飛んできた。
夜の暗さも手伝って、学校の先生か地元の誰かと間違えられたのかもしれない。それでも、見ず知らずの他人に、こんなにも自然に、明るく声をかけてくれる素朴さに、疲労困憊の身体がふっと解けていくのを感じた。
今どきの都会では、知らない人と会話すらしなくなってしまった。あの『タビ好キ』の番組で見たような「素朴さ」が、まさにこの島には息づいていたのだ。
ただ、私はいつもの都会の悪いくせが先立ち、とっさに挨拶を返すことができなかった。せっかく彼女たちがピュアな言葉を投げかけてくれたのに、無言で通り過ぎてしまった自分を、深く反省した。
そして、その反省の念も束の間、街灯のあるエリアを抜けた私は、再びあの恐ろしい「底知れぬ暗闇」へと突入していくことになる。
帰りはスマホのナビを頼りに、ショートカットできそうな道を発見した。これがさらなる致命傷となった。
車一台がギリギリ通れるほどの幅しかない、街灯ゼロの獣道。周囲は鬱蒼とした原生林に完全に覆われていた。
もしここが北海道などであれば、間違いなくヒグマに遭遇して終わるシチュエーションだ。 得体の知れない恐怖と焦りで、乳酸が溜まり切ったはずの足がいつもの何倍も速くペダルを回す。ようやく公道に合流したが、暗さと不気味さはさほど変わらなかった。
ついにホテルの看板が見えた時、体力は完全に底をついていた。 公道からホテルまでの少し急な上り坂で、私はついに自転車を降りて手で押して上がる羽目になった。手元のバッテリーは、「2%」の表示を点滅させていた。
往復で1時間ちょっとの、恐怖のミッション。 ようやくロビーに辿り着いたものの、部屋の鍵は1つしかなく、大浴場にいる妻が持っている。
私はフロント前のソファに倒れ込み、死んだように目を閉じて妻の帰りを待った。
しばらくして戻ってきた妻と一緒に部屋へ入り、事の顛末を説明しながら、二人で買ってきた弁当をテーブルに広げた。 ハンバーグ弁当、肉入りの野菜炒め弁当、きんぴらごぼう。
このホテルには、館内に少し特異なコーナーがあった。 洗濯機と乾燥機が4台ほど並ぶランドリースペースがあり、そこには靴を乾かすためのシューズドライヤーまで完備されていた。(おそらく、欠航が日常であるこの島で、急な延泊を余儀なくされた客が着替えに困らないよう、こうした設備を充実させているのだろう。) そしてありがたいことに、そのランドリースペースには電子レンジが置かれていた。
おかげで冷え切った半額弁当を温め直すことができ、私たちはペットボトルのお茶で乾杯をして、ようやく遅い夕食にありついた。


「おいしいね」
気を遣ってそう言ってくれる妻の言葉が、少し申し訳なく情けなかった。しかし、暗闇の原生林を抜け、体力の限界を超えて手に入れた弁当の味はいつもと違い、妙に身体の奥底へと染み渡っていった。
その後、私も大浴場へと向かった。酷使した身体に熱い湯をじっくりと染み渡らせながら、暗闇の中で聞いた中学生たちの声を思い返す。
部屋へ戻る途中、館内のDVDコーナーに目が留まった。出発前、妻が八丈島の予習にとNetflixを探し回ったものの、なくて見られずじまいだった篠原涼子主演の『今日もいやがらせ弁当』が、そこにあった。
迷わずフロントで借りて部屋へ持ち帰ると、戻ってきた妻が小さく声を上げた。
こうして、リゾートのつもりが洗礼の連続となった八丈島の初日は、少しの反省と温かな余韻を残して静かに幕を閉じた。
二日目|島を一周して、「おいしいね」
翌朝、私たちは奇跡的に「足」を手に入れることができた。 昨日の電話で「当日キャンセルが出るかもしれない」と言っていたCOCO’Sレンタカーにダメ元で連絡を入れると、なんと本当に空きが出たというのだ。
しかもホテルまで車を配車してくれ、返却もホテルの駐車場で乗り捨て可能という神対応。車種はトヨタのアクア。2日間で19,200円。昨夜の暗闇の洗礼を思えば、安いものだ。
だが、ホテルに車を届けに来てくれたレンタカー会社の人は、鍵を渡しながら少し不穏なことを言った。
「明日(4日)の朝の1便は、たぶん欠航すると思うんですよね。だから通しで貸せました」
公式の欠航発表などまだどこにも出ていない。
しかし、島の天候を知り尽くした地元民のその言葉には、妙な自信と説得力があった。レンタカーを借りられた喜びに水を差すような、欠航の予感が、また一つ静かにその影を落とした瞬間だった。
不穏な予言は一旦脇に置き、私たちは朝食会場へ向かった。 このリードパークリゾートは、映画『名探偵コナン 黒鉄の魚影』の舞台モデルらしく、売店の前にはファン向けの展示が並んでいる。
普段はコナンの映画は観たことがないのだが、事前にその縁を知り、旅行の予習としてしっかり鑑賞してきていたおかげで、この空間をより楽しむことができた。

そして、私たちがこの宿を選んだ最大の理由である朝食。 たっぷりの卵液が染み込んだ特製のフレンチトーストに、昨日牧場で見たジャージー牛のミルク。それらに加えて、島特産の八丈フルーツレモンを添えた自家製ヨーグルト、明日葉のタマゴかけご飯など、思いのほか地元の味が充実していたのが嬉しかった。私たちは少しずつ様々な島の味覚を取り分け、じっくりと腹ごしらえをした。


アクアに乗り込み出発する。ハイブリッドカーは、アップダウンの激しい島の道を滑るように走っていく。
最初に向かったのは、八丈富士の中腹をぐるりと走る「鉢巻道路」。 途中で車を停めて眼下を見下ろすと、ひょうたん型をした島のくびれ部分に真っ直ぐ伸びる空港の滑走路と、その向こうにそびえる三原山、そして広大な太平洋が一望できた。

まるで精密なジオラマのような絶景だ。 「明日の夕方、本当にあそこから飛行機は飛ぶのだろうか」。美しい景色を前にしても、先ほどの予言がふと頭をよぎる。

鉢巻道路をさらに進み、「ふれあい牧場」に到着した。
山の斜面を利用した広大な牧場だ。入口付近にはやたらと消毒液が置かれ、「手を消毒してください」「消毒マットを踏んでから入ってください」と厳重な注意書きがあった。私たちはその通りにしてから、中にある歴史展示の建物(名物のジェラードは売り切れていた)を見学し、牧場内へと続く一本道へ向かおうとした。
その時だった。遠くから、「お客さん! 看板ちゃんと読んでー! 牛のためにルール守ってー!」とスタッフの方の大きな声が響いた。
驚いて振り返ると、どうやら私たちが消毒をせずに牧場へ入ろうとしていると勘違いさせてしまったらしい。 一瞬「あっ、さっきちゃんと消毒したのにな」と戸惑ったが、すぐに合点がいった。
島の財産である牛たちを感染症から守るためには、あれくらい神経を尖らせて当然なのだ。むしろ、それだけ真剣に牛たちを大切に育てている証拠だろう。彼らの切実な思いを察した私たちは、安心してもらうためにもう一度念入りに消毒マットを踏み直し、牧場の中へと進んだ。
柵のすぐ近くまで黒牛が顔を出してくるが、先ほどのこともあり、私たちは一定の距離を保ちながら歩いた。


両脇に緑の牧草地が広がる一本道は、空へと真っ直ぐ続いているようで、歩いているだけで心が晴れやかになる。一番奥の展望スペースに辿り着くと、そこには言葉を失うような絶景が待っていた。見渡す限りの海と空。遠くには八丈小島のシルエットがくっきりと見えた。


牧場を下り、私たちは島の西側にある「南原千畳岩海岸」へと向かった。



八丈富士が噴火した際に流れ出た溶岩が、海に流れ込んでそのまま固まったという景勝地だ。車を降りた瞬間、目の前に広がる光景に息を呑んだ。

見渡す限り、真っ黒でゴツゴツとした玄武岩の台地が続いている。先ほどまで見ていた牧場の穏やかな緑とは対極にある、荒々しく、どこか別の惑星に迷い込んだかのような圧倒的なスケール感。ふと足元を見ると、漆黒の岩の隙間から、鮮やかな緑色の葉を広げる小さな植物を見つけた。土も水も乏しいであろう過酷な環境で、力強く根を張る生命の逞しさにハッとさせられる。

少し離れた岩場で、妻が海風に吹かれながら八丈小島をみていた。

八丈小島のシルエットと、果てしなく広がる青い海。彼女の姿がこの壮大な黒い大地と見事に調和していて、なんとも言えない良い写真になった。
そんな自然の造形美に圧倒されていると、少し離れた岩場の先に、違和感のあるコントラストを見つけた。プロのカメラマンを引き連れた一組のカップルが、この真っ黒でゴツゴツとした岩肌には不釣り合いな、純白のウェディングドレス姿で写真を撮っていたのだ。日常から遠く離れた荒涼とした大地と純白のドレス。プロのレンズを通せば、さぞかし鮮烈でドラマチックな一枚になることだろう。
海岸のすぐ近くには、海を見つめるように並んで座る男女の石像があった。 関ヶ原の戦いで敗れてこの島の「流人第一号」となった宇喜多秀家と、その妻・豪姫の像だ。

離れ離れになっても生涯秀家を思い続け、実家の加賀藩を通じて島へ仕送りをし続けたという純愛の物語。二人の像は、遠く離れた本州(岡山と金沢)の方角をじっと見つめている。ホテルにも「宇喜多直家・秀家を大河ドラマに!」という熱心な誘致ポスターが貼られていた。

荒涼とした黒い溶岩の台地も、この島に流された人々の歴史を知ると、また違った色に見えてくる。
歴史の余韻に浸りながら、私たちは大里地区にある「ふるさと村」へと車を走らせた。
ここはかつての陣屋跡であり、八丈島の歴史的な景観が最も残っているエリアの一つだ。大里のバス停近くに車を停めようとしたが、明らかに私有地っぽかったため、少し分かりにくい場所にある正規の駐車場を探してウロウロした。
その道中、「八丈島初の無電柱化」と書かれた道路工事の看板が目に入った。

美しい景観の保全が目的かと思ったが、よくよく考えればこの島は強烈な台風の通り道だ。数年前の台風でも、電柱の倒壊によって島全体が長期の停電に見舞われている。観光客が喜ぶノスタルジックな風景の裏には、過酷な自然災害と戦い続ける島民のリアルな事情があった。
ようやく車を停め、大里地区の迷路のような路地を歩き出す。 両脇に続くのは、丸い石が整然と積み上げられた見事な「玉石垣」。
苔生した石垣と、古い木造の建物のコントラストが美しい。



「この石垣ね、一つの石の周りを必ず六つの石で囲んでるんだよ。それで強度を保つ『六方積み』っていうんだって」 妻が事前に調べてきた知識を披露する。近づいてよく見ると、確かに丸い石が、規則正しい六角形を描くように噛み合わさって積まれていた。

強風から家を守る、島ならではの知恵だ。 「それにね、昔ここに流された人たちは、海岸からこの重い玉石を一つ運ぶと、おにぎり一個と交換してもらえたらしいよ」 妻のウンチクは止まらない。
真偽のほどは定かではないが、過酷な労働と引き換えにようやく食べ物にありつく——その切実さが、昨夜バッテリーを切らした自転車を押しながら暗闇の中で手に入れた半額弁当の味と、妙にリアルに重なって聞こえた。


路地を抜けると、古びた「大里商店」の看板の前に、レトロな赤い丸型ポストが立っていた。 背後には玉石垣と青空。まさに一枚のポストカードのような完璧な構図だった。

大里地区を後にした私たちは、さらに南下し「裏見ヶ滝」へと向かった。 その名の通り、流れ落ちる滝の裏側を通ることができるという人気のスポットだ。駐車場から滝までは、亜熱帯の深い森の中を縫うように歩く、ちょっとしたトレッキングルートになっている。


丸太と石で組まれた階段を登り、巨大なヘゴシダや南国の植物が鬱蒼と茂る道を歩く。昨日、暗闇の中で恐怖した「原生林」も、昼間の明るい光の中で歩けば、ただただマイナスイオンに満ちた癒やしの空間だった。
しかし、10分ほど歩いて滝の前に辿り着くと、裏側へと続くはずの小道は「立入禁止」になっていた。


よく見ると、奥の散策路が巨大な倒木によって完全に押し潰されている。


根こそぎなぎ倒された何本もの大木が複雑に絡み合い、無惨な姿で道を塞いでいた。先ほど大里地区で見た「無電柱化」の看板が頭をよぎる。観光客である私たちは「美しい自然」だけを切り取って楽しんでいるが、そこに住む人々は、私たちの想像を絶するような「自然の暴力」と常に隣り合わせで生きているのだ。癒やしと破壊が同居するそのリアルな森の姿に、私たちは言葉を失った。
滝の散策を終えた私たちは、そのまま歩いてすぐの場所にある「裏見ヶ滝温泉」へと向かった。


ちなみにここは、映画『トリック 劇場版2』で、生瀬勝久さん演じる矢部刑事と部下の秋葉が浸かっていた温泉シーンのロケ地として使われた場所でもある。 島内でも珍しい無料の混浴露天風呂で、入浴には水着の着用が義務付けられている。駐車場近くにあるトイレ兼更衣室で着替え、そこから谷底の湯船を目指して階段を下っていく構造だ。巨大なヘゴシダなど鬱蒼とした亜熱帯の植物に囲まれた深い山道を、水着姿で歩いて下っていくのは、なんだか不思議な非日常感があった。

シダ植物のジャングルに囲まれた野趣あふれる湯船は、思いのほか賑わっていた。 私たちが入っていくと、毎日通っているのだろう地元のおじいちゃんが「ここはこうやって入るんだよ」と気さくに作法を教えてくれた。
湯船を見渡すと、はしゃぐ子供連れのファミリー、日本人の男性と西洋人の女性のカップル、そして一人旅らしい若い女性も、躊躇することなくのんびりと湯に浸かっている。 地元のおじいちゃんから外国の女性までが、このジャングルの中の小さなお湯を共有して笑い合っている空間は、とても平和で心地よかった。
この島には、見知らぬ他人との垣根をふっと下げてくれるような独特の「おおらかさ」がある。
山の中で水着になるという気恥ずかしさは、お湯の温かさと共にすっかり溶けて消えていた。
その後、私たちは島の南東端にある「みはらしの湯」へとハシゴをした。


ここは島内で最も人気のある温泉施設らしく、駐車場には車がたくさん停まっていた。入浴料は500円だが、島民はなんと100円で入れるらしい。館内には掲示板があり、ここが地元の人々が日常的に集う「憩いの場」であることがよく分かる。

観光大使を務める俳優・原田龍二さんの等身大パネルに出迎えられ、男女別の露天風呂へと足を踏み入れた。

眼下に広がるのは、見渡す限りの太平洋。まさに「みはらしの湯」という名にふさわしい、素晴らしい眺めだった。

心地よい海風を感じながら少し熱めの湯に浸かっていると、旅の疲れがじんわりと解けていくのを感じる。広い空と海をただぼんやりと眺めながらの入浴は、格別の時間だった。 結局、妻がほくほくとした顔で暖簾をくぐって出てきたのは、私が上がってからずいぶん時間が経った後、たっぷり2時間を満喫してからのことだった。
すっかり暗くなった道をレンタカーで戻り、私たちは旅行前に唯一予約が取れていた寿司屋「波平」へと向かった。
ナビに従って進むと、車一台がやっと通れるような込み入った路地へ案内された。店の前に駐車場はなく、妻が降りて店の人に聞いてくれる。大通りから入ってすぐの場所に駐車スペースがあるらしく、そこに車を停めて再び店へと歩いた。

暗い路地に、ぽつんと灯りが漏れている。黒っぽいトタン壁に白い暖簾がかかったその店は、小さいながらも凛とした風格を感じさせた。入口の右手、外側にトイレが設置されているという造りも、なんだか島らしくて味がある。
暖簾をくぐり、席に着く。

昨晩は慌ただしい夕食だった分、今夜はゆっくりと島の味覚を堪能する時間だ。
まずは美しい青の器に盛られた、ツヤツヤのお刺身の盛り合わせ。

続いて、黒い石のプレートに乗って運ばれてきた「明日葉の天ぷら」。特有のほろ苦さとサクサクの衣を粗塩でいただく。

そして、念願の「島寿司」だ。通常の島寿司と炙りの島寿司を4貫ずつにアレンジしてもらった。

わさびのツンとした香りと漬けの旨味が口いっぱいに広がる。さらに、妻が気を利かせて私の好物である「ウニの軍艦」を頼んでくれており、金箔が乗った豪勢な「とろ沢(ネギトロ沢庵)の軍艦」も平らげた。


次々と平らげていく私の様子を見て、妻がふっと笑い、「おいしいね」とぽつりと言った。
昨晩、疲労困憊の私を気遣いながら弁当をつついていた時の「おいしいね」には、どこか労わりと申し訳なさが混ざっていた気がする。でも、今夜の言葉の響きは違う。目の前の料理を純粋に味わい、この時間を気兼ねなく楽しんでいるような、屈託のない明るさがあった。 そんな彼女の様子を見て、私も自然と満ち足りた気持ちになった。
大満足でホテルに戻った私たちを待っていたのは、フロント前に掲示された一枚の冷酷なお知らせだった。 『明日の朝のANA便、欠航のお知らせ』 レンタカー会社の男性が自信満々に語っていた予言は、見事に的中していたのだ。

島の人間が読む天候のサインは、公式発表よりも遥かに正確だった。 「さすがだな……」と感心している場合ではない。私たちが乗るのは夕方便だが、明日の帰路に暗雲が立ち込めてきたのは事実だ。
さらに追い打ちをかけるように、妻が楽しみにしていた「そらへとつづくみち」という星空鑑賞会も、曇天のため中止になってしまった。

初日も2日目も天候に恵まれず、星空鑑賞会は中止に。少し残念そうな妻を「とりあえず行くだけ行ってみよう」と誘い出し、だだっ広い屋上展望テラスへと出てみた。 しかし、扉を開けた瞬間に強い海風が吹きつけ、空を見上げても分厚い雲に覆われて星はまったく見えなかった。私たちの感想はただ一つ、「寒い」。 ロマンチックな雰囲気には程遠く、私たちは苦笑いしながら早々に退散して、温かい館内へと戻ることにした。
冷たい風に吹かれた身体を温めるため、私は本日3回目となる入浴に向かった。ホテルの大浴場は温泉ではないものの、手足を伸ばせる広い湯船は、すっかり冷えた身体をじんわりと心地よくほぐしてくれた。 絶品の島寿司に舌鼓を打ち、屋上では身も蓋もない寒さに苦笑いする。そして最後には「明日の朝便欠航」という少しの気がかりを突きつけられる。起伏に富んだ八丈島の2日目は、そんな離島ならではのコントラストを残したまま静かに更けていった。
最終日|名残惜しさを、島に置いてきた。
八丈島、最終日の朝。私は妻が目を覚ますよりも早くベッドを抜け出し、ホテルの大浴場へと向かった。普段の旅行なら一度風呂に入れば満足してしまうタイプの私が、自ら朝風呂に向かうなど滅多にないことだ。
部屋に戻ると妻が起きていて、「めずらしいね」と不思議そうな顔をした。自分でもそう思う。初日のバタバタや予定通りにいかない離島ならではのペースに巻き込まれるうち、もう少しだけこの島の空気を味わっていたいという、名残惜しさのようなものが芽生えていたのかもしれない。
私たちは、朝食会場へと向かった。今日の目当ては、昨日食べそびれていた「ミルクカレー」だ。スパイスの奥に牛乳のまろやかなコクが感じられてとても美味しい。向かいに座る妻は、昨日も味わったジャージー牛乳とヨーグルトを前に「今まで食べた中で一番美味しいかも」と嬉しそうだ。昨日牧場で見た黒牛たちの姿を思い出すと、その美味しさもひとしおだった。

ただ、食後のコーヒーを飲んでいても、心のどこかに引っかかっていることがあった。フロント前に掲示されていた、今朝の便の「欠航」のお知らせだ。朝の便が羽田から来ていないということは、私たちが乗るはずの夕方便の機材が現在島にないことを意味している。
10時のチェックアウトの際、思い切ってフロントのスタッフに尋ねてみた。 「夕方の便、飛びそうですかね?」 「たぶん、大丈夫だと思いますよ」 スタッフはあっさりと、笑顔でそう答えた。
日々この島の天候と付き合っている人がそう言うのなら、妙な説得力がある。
「きっと飛ぶと信じて、まずは今日一日を楽しもう」。
妻とそう話し合い、私たちはうまく気持ちを切り替えることができた。
ホテルを出発する前に、売店でお土産を買うことにした。
最近、妻の実家のおじさんから立派なデコポンをいただいていたのだ。
東京に持ち帰ってから渡すよりも、旅先から直接送ったほうが、少し気の利いたお返しになるだろう。
選んだのは、八丈フルーツレモンジャムやジャージー牛のカレー、明日葉茶など、この二日間で実際に味わった島の恵みばかりだ。
物色していると、昨日私たちが大里地区で写真を撮った「丸型ポストと玉石垣」と同じ構図で描かれたイラストの絵葉書が目に留まった。
記念に自宅宛てのものと、おじさん用の八丈小島の絵葉書を購入する。
おじさん用の絵葉書は妻が短いメッセージを書き、お土産の段ボール箱に同梱して配送の手配を済ませた。
ロビーのベンチで妻の写真を撮っていると、ふと壁に飾られたNTT東日本からの「感謝状」に気がついた。

昨年の台風の際、このホテルが通信設備の復旧や安全確保の拠点として貢献したという内容だ。大里地区の無電柱化や裏見ヶ滝の倒木もそうだが、観光客に見えるリゾートの顔とは別に、自然の脅威と向き合う島民のインフラとしての役割も担っているのだろう。その背景を知り、このホテルへの好感が少し深まった。
エントランスの外に出ると、初日の夜に私を散々手こずらせた電動自転車が、朝の光を浴びておとなしく並んでいた。あの夜の疲労感を思い出して思わず苦笑しつつ、私たちはレンタカーのアクアに乗り込み、最終日の観光へと出発した。
最初に向かったのは、昨日走らなかった八丈富士の北側ルートにある「大越園地(アロエ園)」だった。
廃校の跡地を利用した公園らしく、駐車場に他の車は見当たらない。

崖の上にはポツンと白い灯台が立ち、静かでどこか物寂しい海辺の風景が広がっていた。

誰もいない広々とした駐車場で、ふと子供じみたイタズラ心が湧いてくる。妻が乗る前に、エンジンをかけ、車をゆっくりと少しだけ前進させてみた。妻が、じわじわと移動する車に小走りで追いかけてくる。 「わざとでしょ!」 助手席に乗り込んできた妻が、呆れたように笑う。帰りの飛行機への気がかりはあるものの、こんなくだらない悪ふざけをして笑い合えるくらいには、私たちの心にはまだ十分なゆとりがあった。
そのまま島の周回道路を南下し、昨日も足を運んだ大里地区へと向かった。 目的は、今朝ホテルで買った「玉石垣と赤いポスト」の絵葉書を、絵のモデルになった本物のポストから自宅宛てに投函することだ。
昨日と同じ穏やかな風景の中、私たちは順番に絵葉書を持ってポストの横に立ち、記念撮影をした。そして、妻と一緒に赤いポストの口へ葉書を滑り込ませる。

コトリ、と底に落ちる小さな音を聞きながら、楽しかった八丈島での時間がいよいよ終わりに近づいていることを感じていた。
次に向かったのは「ふれあいの湯」。駐車場に到着して驚いた。



昨日の「みはらしの湯」の混み具合が嘘のように空いているのだ。 実はこの温泉、基本は月曜定休である。最初AIに聞いた時もそう返ってきたので、そのまま鵜呑みにしていたら確実に候補から外れていただろう。しかし、妻がGW期間中の「臨時営業」という情報を事前にしっかりと掴んでくれていた。 妻のきめ細やかな下調べのおかげで、私たちはほぼ貸切状態の温泉に浸かることができた。たっぷり2時間、塩分が強く保温効果抜群のお湯を堪能した妻は、「今回の中で一番お湯が良かった」と絶賛していた。
ポカポカになった身体で次に向かったのは、路線バスでは行けない「登龍峠(のぼりょうとうげ)」だ。
かなりの急カーブが連続する上り坂で、助手席の妻が少し車酔いをしてしまった。途中の安全な場所に車を停め、持参していた酔い止め薬を飲ませて少し休ませる。
薬が効いて無事に展望台へ辿り着くと、そこには底土港から空港、そして八丈富士までを見渡す素晴らしいパノラマが待っていた。



天に昇る龍のようにうねる坂道だから「登龍峠」。妻を酔わせたあの曲がりくねった道も、龍の背中だったと思えば妙に納得がいく。
ふと、同じように景色を眺めている観光客に目をやると、昨日、鉢巻道路の展望スペースで見かけた男性と同じであることに気がついた。どうやら皆、巡るルートは似たり寄ったりになるらしい。限られたスポットを回りながら、同じように島の天候に一喜一憂している「同志」を見つけたような気がして、なんだか少し可笑しかった。
旅の最後に向かったのは、八丈島の海の玄関口である「底土港」だ。インターネットで調べてみると、東京の竹芝桟橋から出航する東海汽船の大型客船「橘丸」は、およそ11時間の航海を経て、通常はこの港に到着するという(風向きによっては反対側の八重根港に変更されることもあるらしい)。
すぐ隣には島内唯一の人工砂浜が広がり、船で島を訪れる人々が最初に降り立つ場所でもある。
実は個人的に、この港の周辺で一つ見ておきたい場所があった。
映画『トリック 劇場版2』の舞台として使われた、旧「八丈オリエンタルリゾート」である。

正確な場所が分からなかったため、事前にAI(Gemini)に尋ねてみると、「底土港から八丈富士の裾野あたりに見えます」と、もっともらしい回答が返ってきていた。
しかし防波堤に立って遠くの裾野へ目を凝らしても、それらしき建物は見当たらない。どうやらまた、AI特有の「知ったかぶり」に引っかかってしまったようだ。
仕方なく黒い火山灰の砂浜を少し散策した。




レンタカーの返却時間が迫っていたため、指定のガソリンスタンドへ向かった。支払いの際、ダメ元で店員さんにホテルの場所を尋ねてみると、快く正確な場所を教えてくれた。
やはり、ネット上の曖昧なデータより、この島で暮らす人の「生きた知識」には敵わない。
教えられた通りに進むと、妻が「あれじゃない?」と指を差した。

AIが言っていた「裾野」ではなく、海岸線に沿ったすぐ近くにその建物はあった。

特徴的なドーム型の屋根を持ち、南国の草木に飲み込まれつつある巨大な洋館。私有地のため外観を道路から眺めるだけだったが、過ぎ去ったバブルの余韻を感じさせる、静かで存在感のある佇まいだった。
エピローグ|羽田から50分の絶海
空港行きのシャトルバスの時間が迫っていたため、私たちはホテルへと急いだ。駐車場からレンタカー会社へ「乗り捨て完了」の連絡を入れたところで、ちょうどバスが到着。フロントのスタッフが「無事に飛びそうですね」と笑顔で見送ってくれた。運行状況を見ると、私たちが乗る便は羽田を少し遅れて出発し、こちらへ向かっているところだった。
無事に空港へ着き、東京からの飛行機が滑走路に着陸する姿を見たとき、私たちはようやく心底ホッと胸を撫で下ろした。安心して保安検査場を抜け、結局10分ほどの遅れで、私たちは八丈島を飛び立った。
初日の強風や夜道の自転車トラブル、冷えた半額弁当、そして連日つきまとった「欠航」への不安。いろいろと予定外の出来事に振り回されたが、蓋を開けてみれば、レンタカーで島を一周し、絶景やグルメ、さらにはお目当ての旧ホテル跡まで、見たいものはすべて網羅することができた。想像以上に濃密で充実した二日間だった。
今回、帰宅後に「2日間の休み」を残すような余裕のある日程を組んでいたのも正解だった。天候に左右されやすい離島の旅には、これくらいの心のゆとりを持たせておくのが丁度いいのだろう。
離陸してしばらくすると、眼下に見覚えのある形が現れた。ひょうたん型の島。あの鉢巻道路から見下ろした滑走路が、今度は上から見えている。島はゆっくりと、しかし確実に小さくなっていった。
眼下の緑が青に溶けていくのを眺めながら、ふと『タビ好キ』の女の子のことを思い出した。前川清さんに声をかけられただけで、全身で喜びを表現していたあの子。あの純粋さに触れて「こういう素朴さに会いに行きたい」と思ったのが、この旅の始まりだった。
結局、私たちが一番求めていたものは、観光スポットでも島グルメでもなかったのかもしれない。夜道で見知らぬ旅人に「おつかれさまでーす」と声をかけてくれた中学生。ジャングルの露天風呂で「こうやって入るんだよ」と教えてくれた地元のおじいちゃん。島の天候を誰より正確に読んでいたレンタカー屋の男性。あの素朴さは、たしかにこの島に息づいていた。都会に戻れば、また知らない人に挨拶もせず通り過ぎるのだろう。それでも、あの夜道のことは、しばらく忘れられそうにない。
羽田空港から、わずか50分。そこには、素朴な空気の中で、大人がふっと息をつける豊かな島が、確かに存在していた。
🖋追稿

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