Ms. Hayashiのことをまだ覚えている。
あの頃、先生に抱いていた感情に
名前をつけるために。
「好き」にも色々あるから。
●唯一好きな先生
中学2〜3年の担任だった。
30代半ばの英語の先生。
なぜ先生が好きかって
当時「学年一の大秀才」みたいなキャラでやっていた私の恥ずかしいミスを2回も見逃して、責められないように助けてくれたからだ。
彼女に対して
「特別な気持ち」がある。
今も、ある。
●青いハチマキによる救済
1度目の救済は、体育祭の練習日に起きた。
私たちのクラスは青組で、練習日には必ずハチマキを巻かなければならなかった。
忘れた者は衆人環視のなか立たされて、青組の減点要因になるのだ。
いま思えば「すみません」で済む話だが、14〜15歳のわたしにはなかなか恐ろしいことだった。
ある日の練習開始前、先生と話している時それに気づいた。
頭に手を当てて「どうしよう」と焦っていたと思う。
先生は白いキャップの上に巻いていたハチマキをするりと解いて、「いいよ」と手渡してくれた。
「え、いいんですか。ありがとうございます」
わたしは戦犯にならずに済んだ。
練習が終わったあと、誰にも見られない場所でハチマキを返した。
先生は何も言わず、ただうなずいていた。
●携帯電話は禁止です
秋に行われる英語スピーチコンテストに向け、夏休み中も数回、登校していた。
「練習が終わったら、車で迎えに来るから連絡しなさい」と父が携帯電話を持たせてくれていた。
私は持ち込み禁止のケータイをスクールバッグに入れて、先生と練習を始める。
案の定、鳴りましたよ。
これ以上の「ヤベェ!」は無いというくらい焦った。慌てて音を切り、正直に事情を話した。
「うん、わかった」
先生は不問にしてくれた。
携帯電話を取り上げないし、反省文も書かせない。
そのまま帰してくれた。
これが2度目の救済である。
●許すこと、愛着
私の両親は厳しかった。
間違いを見逃されたり、許されたりしたことはなかった。
そのせいで先生に「特別な気持ち」を持っているのだと思う。
この気持ちと記憶に近づく時、いつも少し視界がぼやけてしまう。
この気持ちに名前をつけるなら
「愛着」というものではないかと思う。
愛着とは、その人といて大丈夫で、安全だと思える感覚のことだ。
暖かく、懐かしい感覚だ。
●お元気ですか、ごめんなさい
卒業する時、わたしは先生への寄せ書きに、面白いと思って失礼なことを書いた。
「姐さん、幸せになってください」
今も後悔している。
当時35〜6歳で、独身だった先生。
いまの私と、ちょうど同じ年齢だ。
ごめんなさい、先生。
先生なら、どこでだって普通に幸せにしていると思います。
わたしは今、「専業主婦」という言葉で人を引っかけて文章を読ませようとする、少しずるいことをしています。
「いいね」って、言ってくれますか。
前回は「ラーメン」の話
