真夏のパワハラ事件簿
僕と天使先輩には、週末の楽しみがあった。
金曜日の定時前になると、翌日の作戦会議が始まる。
「明日は朝からガストで乾杯っすね。」
「商店街ぶらぶらして、気になった店があったら入るか。」
「仕事の話は禁止ですよ。」
それが僕たちのルールだった。
昼間から商店街を歩き、気になった店があれば迷わず入る。
テレビの街ブラ番組みたいな一日。
酒が飲める店を見つければ、とりあえず乾杯。
昼前にはしっかり出来上がって、日頃のうっぷんを晴らす。
そんな遊びを本気で楽しんでいた。
天使先輩の財布の紐が緩んできた頃、僕は決まってある場所へ連れて行く。
ナンバーナインが置いてあるセレクトショップだ。
そこで僕は、決まって悪ふざけをする。
「これ絶対似合いますよ。」
「限定なんで、買わないとなくなりますよ。」
店員さんまで巻き込んで、天使先輩を囲い込む。
僕にマージンなんて一円も入らない。
それでもこのルーティンが何故か心地よい。
意味の分からないゲームだったけど、それも最高に楽しかった。
この日も、そんな最高の週末を計画していた。
「じゃあ明日も朝からですね。」
完璧だった。
……そこへ部長が現れた。
「お前ら。」
嫌な予感しかしない。
「俺に何か隠してただろ。」
一瞬、何のことか分からなかった。
「野球のことだよ。」
僕たちは固まった。
「……野球?」

というのも、部長は大の野球好き。
自分で草野球チームまで作り、人が足りなくなると会社の人間を補充する。
僕と天使先輩は、それまで何とか逃げ続けてきた。
「球技苦手なんですよ。」
「野球なんて全然やってません。」
そう言ってかわしてきた。
ところが。
悪魔先輩が全部ぶち壊した。
興味本位で一度だけ参加した悪魔先輩。
すると参加した者は、毎週来るか、代わりの人間を連れてくるかという鉄の掟があるらしい。
そして彼は、自分が助かるために僕たちを差し出した。
「あいつら、小中まで野球やってましたよ。」
……言うな。
ていうか最初から行くなよ。
その情報は墓場まで持っていけ。
僕は心の中でそう叫んだ。
部長はここでニヤリと笑う。
「俺にウソついてたんだ。」
「上等なウソかましてくれたな。」
僕と天使先輩は顔を見合わせた。
「どうします?」
「……断れないな。」
「わかりました。今回だけは参加します。」
「よーし、よし。」
「野球は楽しいからなぁ。」
「ガーッハッハッ!」
「日曜日9時集合な。」
「土曜日に飲みすぎるなよ。」
土曜日の予定は急遽変更になった。
朝からガストで乾杯。
昼から飲み歩き。
夜は後輩の店。
そんなことをしたら、翌日の野球で確実に死ぬ。
「夜だけ後輩の店にしましょう。」
「そうだな。」
完全に妥協案だった。
でも、酒が入ればそんな決意は一瞬で消える。
後輩の店で飲み。
店が終われば、いつもの居酒屋へ。
店主が家族みたいに接してくれる、僕たちの第二の家だ。
モニターまで自由に使わせてくれる。
気付けば隣には、いい感じの若い男女。
「付き合ってないんだ?」
片方がトイレへ行けば、
「ぶっちゃけ好きなの?」
と聞き出そうとする。
ドリンクをプレゼントして、本音を引き出そうとする。
完全に酔っ払いのおじさんだった。
二人でゲラゲラ笑っていたら、時計は夜中の二時を過ぎていた。
「やべぇ。」
「明日起きられます?」
「寝坊したらワンチャン行かなくて済むんじゃない?」
「それはそれでアリっすね。」
二人で笑った。
この時の僕たちは、部長を完全に舐めていた。
翌朝。
案の定、寝坊した。
待ち合わせの時間は、とっくに過ぎている。
その時、部長から電話が鳴った。
「もしもし。」
「おい。」
この二文字が鼓膜に突き刺さる。
それだけで、仕事で怒られる時とは比べものにならない怒りが伝わってきた。
それでも僕は、いつもの軽口で乗り切れると思っていた。
「すみません。今起きたんで今日は無理っすね。」
寝坊したし、さすがに今日は諦めてくれるだろう。
そう思っていた。
電話の向こうの空気が一気に変わる。
「……お前ら。」
「え?」
「今どこにいる。」
「天使先輩の家ですけど……。」
「俺を舐めんじゃねぇぞ!」
「天使の家で待ってろ!!」
ガチャ。
電話は切れた。
「めちゃくちゃ怒ってましたね。」
「なんか、ここ来るって言ってますよ。」
「えー、あいつやべえな。」
僕たちはヘラヘラ笑っていた。
僕は帰る準備を始める。
天使先輩も呑気に支度をしている。
まさか本当に来るなんて思っていなかった。
十分後――。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
インターホンが鳴り止まない。
モニターを見る。
部長だった。
玄関の前で待ち構えている。

「早く出てこい!」
僕たちは観念した。
外へ出ると、黒塗りのファミリーカー。
部長は勝ち誇ったように笑っていた。
……いや。
あの時の記憶は少し曖昧だ。
金属バットまで持っていて、
威嚇されてた気がする。
「お前ら、どうせ来ねぇと思ったからな。」
「集合時間、一時間早く伝えといたんだよ。」
全部読まれていた。
僕たちは無言で車に乗り込む。
もはや誘いではない。
連行だった。

八月、とある日曜日の朝。
朝から容赦ない日差し。
耳をつんざくような蝉の声。
あの日の蝉は、やけにうるさかった。
こんなことが許されていいのだろうか。
そして僕たちは、この炎天下から無事に生還できるのだろうか。
――つづく。
天使先輩と悪魔先輩が主役の記事もあります。
良ければ覗いて見て下さい。
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