『ヰタ・セクスアリス』が暴く明治の深淵
1909年(明治42年)、日本文学界に激震が走った。雑誌『昴』に発表された一編の小説が、発売からわずか一ヶ月で内務省による発売禁止処分を受けたのである。

作者の名は森林太郎。筆名を森鴎外という。
彼は当時、陸軍軍医総監にして医務局長という、軍医として最高位の座にある国家の重鎮であった。その男が自らの幼少期から青年期に至る「性体験」を、極めて淡々と、かつ詳細に綴ったのが『ヰタ・セクスアリス』である。
なぜ、体制側の頂点に立つ者が、あえてスキャンダラスな「性の独白」を世に問うたのか。そこには、単なる官能への耽溺ではない、一人の科学者としての冷徹な意志と、歪みゆく時代への痛烈な批評が込められていた。
▼ヰタ・セクスアリス (カドカワデジタルコミックス)

▽おすすめマガジン
・おすすめアイテム・レビュー特集
・人物と出来事が織りなす壮大な物語
Amazon広告を含みます。
ヘッダー:https://comic-walker.com/detail/KC_008351_S?episodeType=first
自然主義への宣戦布告。明治末期の文学闘争
当時の日本文壇は、田山花袋の『蒲団』に象徴される「自然主義」の奔流の中にあった。それは人間の醜い欲望や赤裸々な現実を隠さずさらけ出すことを美徳とする風潮であったが、鴎外の目には、それが単なる「露悪趣味」や「無秩序な本能の垂れ流し」に映っていた。
鴎外はこの無知な情熱に対し、徹底した「知性」による観察をもって対抗しようと試みたのである。
明治政府が国民の道徳を厳格に管理しようとする一方で、文壇は本能の解放を叫ぶ。この奇妙な捻じれの中で、鴎外は「性欲」という制御困難な衝動を、解剖学的な精密さで記述することで、人間がいかにして知的な存在であり得るかを証明しようとした。
本作の発禁は、国家による検閲の結果であると同時に、鴎外の知性が既存の道徳や安易な文学的流行を根底から揺るがした証左でもあった。
解剖される性欲。哲学する肉体

物語は、主人公・金井湛が六歳から二十一歳までの「性の履歴」を振り返る形式をとる。湛は、幼少期に目にした艶本や、思春期の寄宿舎生活で耳にする性的な噂話に対し、常にどこか冷めた視線を保ち続ける。同級生たちが情欲に突き動かされ、あるいは過ちを犯す中で、彼は自らの内側に芽生える衝動を一つの「現象」として観察する。
そこにあるのは、淫らな興奮ではなく、自己という不可解な存在を解明しようとする哲学的な営みだ。
鴎外が描いたのは、肉体の快楽そのものではなく、肉体の反応を脳がどう処理し、いかにして「人格」へと統合していくかという過程であった。この極めてドライで分析的な温度感こそが、本作を単なる好色本から、普遍的な人間研究の書へと昇華させているのである。
國安ユウキが描く、時空を超えた耽美

文字によって構築されたこの「冷徹な観察記録」に、圧倒的な視覚的生命力を吹き込んだのが、漫画家・國安ユウキである。
カドカワデジタルコミックスとして蘇った本作は、明治という時代の持つ特有の「湿度」を見事に再現している。
國安の筆致は、金井湛の持つ知的な美しさを耽美に描き出す一方で、彼を取り巻く明治の街並みや寄宿舎の陰影を、逃げ場のないリアリティをもって描写する。読者は湛の視線を借りて、文字だけでは捉えきれなかった「性への困惑」や「肉体の発見」を追体験することになる。
コミカライズ版は、鴎外の冷徹な分析をあえて美麗な作画で包み込むことで、知性と官能が高度に融合した、現代にしか成し得ない「性の叙事詩」を作り上げた。それは、100年前の文豪が遺した思考の種火を、現代の感性で大火へと変える作業であった。
知性の勝利と鴎外の矜持
『ヰタ・セクスアリス』は、最終的に「性欲は私の生活において、さほど大きな位置を占めなかった」という独白に近い境地で幕を閉じる。これは、欲望に支配されることを拒絶した鴎外の、知性に対する絶対的な信頼の表れであった。
彼は、人間が動物であることを認めつつも、それを観察し記述できるという一点において、人間は動物を超越できると信じていたのである。
ちなみに鴎外は、多忙な公務の合間に、千駄木の別荘「観潮楼」で多くの文士と交流し、好んで焼き饅頭を茶漬けにして食べるという独特の食習慣を持っていたという。
このような人間臭い一面を持ち合わせながら、常に冷徹な観察者であり続けた森鴎外。彼が命懸けで守ろうとしたのは、どんな欲望の前でも屈しない、人間の「考える力」であった。
本作は現代の我々に対し、氾濫する情報や欲望に流されず、自分自身の輪郭を自らの知性で描き直すことの重要性を、静かに説き続けている。
参考文献
森鴎外『ヰタ・セクスアリス』(岩波文庫・新潮文庫)
國安ユウキ『ヰタ・セクスアリス』(KADOKAWA)
千葉一幹『森鴎外―解剖する文学』(中公新書)
長谷川泉『森鴎外論考』(明治書院)
いいなと思ったら応援しよう!
Beyond Timesの執筆活動は、すべて自主運営によって行っています。執筆の継続には、多くの時間と労力を要します。もし本記事に価値を感じていただけましたら、ご支援を賜れますと幸いです。いただいた応援は、今後の制作活動の糧として大切に活用させていただきます。