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宇宙人は100%存在する、だが200%会えない。野口聡一が突きつけた「孤独な銀河」

2023年2月。あるテレビ番組の賑やかな酒席で、その言葉は放たれた。

「宇宙人は100%いるけれど、200%会わない」

発言の主は、日本人として初めて3種類の宇宙船で宇宙へ飛び、ISS国際宇宙ステーションに計344日間滞在した男、野口聡一だ。

野口聡一氏、初の宇宙遊泳

かつて、NASAやJAXAの科学者として、また宇宙飛行士として、彼は慎重な言葉を選んでいた。若い頃の彼は「証拠がない以上、宇宙人がいるとは言えない」というスタンスを崩さなかった。

しかし、還暦を前にした今、野口氏は迷いなく「100%いる」と断言する。

そしてそれと同じ熱量で、私たちが彼らと手を取り合う日は「200%来ない」と、絶望的な数字を突きつけたのだ。

この「100%」と「200%」という極端な数字の乖離にこそ、現代の宇宙物理学がたどり着いた、身も蓋もない真理が隠されている。



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ヘッダー:NASA/JPL-Caltech


【1】「100%存在する」という数理的必然

フランク・ドレイク

 なぜ「100%」と言い切れるのか。それは、この数十年の観測技術の飛躍的向上が、宇宙に散らばる「可能性」の数を、もはや否定できないレベルまで積み上げたからに他ならない。

1961年、天文学者フランク・ドレイクは、銀河系内にどれだけの知的文明が存在するかを推定する「ドレイク方程式」を提唱した。

当時のそれは、多分に推測を含む思考実験に近いものだった。

ジェイムズ・ウェッブ望遠鏡によって撮影された画像。

しかし、ハッブル宇宙望遠鏡や最新のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の登場により、その「変数」の精度は劇的に高まった。

私たちの住む銀河系天の川銀河だけでも、恒星の数は約2,000億個。そして、そのほぼ全ての恒星が、少なくとも1つ以上の惑星を従えていることがわかってきた。

さらに、中心の恒星から適切な距離にあり、液体の水が存在しうる「ハビタブルゾーン」に位置する岩石惑星も、銀河系内に数十億個は存在すると見積もられている。

2026年現在、発見された系外惑星は6,000個を超え、中には「地球のいとこ」と呼ばれるような、環境が酷似した惑星も次々と報告されている。

生命の材料となる有機分子は、彗星や宇宙の塵の中に普遍的に存在しており、地球という「生命のゆりかご」で起きた奇跡が、他の星で一度も起きていないと考える方が、統計学的にはるかに困難なのである。

野口氏が「いないと思う方がおかしい」と語る背景には、こうした数理的な圧倒的物量がある。


【2】「200%会えない」という絶望の物差し

「観測可能な宇宙全体のシミュレーション画像」直径は約930億光年。このスケールでは、細かい粒子が多数の超銀河団の集まりを表している。天の川銀河があるおとめ座超銀河団は中央に示されているが、小さすぎて画像には写っていない。

 それほどの確率で存在するはずの隣人と、なぜ会うことができないのか。野口氏はその理由を「宇宙の広さ」という言葉で片付けるのではなく、我々の想像力を絶する具体的な例えで説明する。

「関東平野に、シャープペンシルの芯が1本埋まっているとする。それをわざわざ探しに来る人がいるだろうか」

これが「関東平野のシャープ芯」理論だ。

関東平野を宇宙の広さに例えれば、地球という星は、その土壌の中に紛れ込んだたった1本のシャープペンの芯、あるいは砂粒1粒にすら満たない。

知的文明がどれほど高度に発達したとしても、その広大な空白の中から「地球」という針の穴を見つけ出すことは、宝くじを1万回連続で当てるよりも難しい。

宇宙における私達の位置の図(上から地球、太陽系、太陽の隣人たち、銀河系、局所銀河群、おとめ座超銀河団、近隣の超銀河団、観測可能な宇宙

さらに、彼らが地球を見つけたとしても、そこに来る「理由」がないという。地球の位置は「銀河系の僻地へきち」と呼ぶ。

天の川銀河は、直径約10万光年。その中で太陽系は、銀河の中心から約2万6,000光年も離れた、端の方に位置している。

「もし自分が銀河系の大統領だったら、こんな僻地まで調査に来る予算は出さないメリットがない」と、彼はユーモアを交えて語る。

中心部の豊かな星々に比べ、地球はあまりにも遠く、寄るべき価値のない田舎のバス停のような存在なのかもしれない。


【3】光速という絶対的な「檻」

図中の光線は地球表面から月表面までの距離を実際の光と同じ時間(1.255秒)で移動している。地球や月の大きさと間隔は実際の比率で描かれている。

 もし、隣の文明が「予算外」の好奇心で地球を目指したとしても、そこには物理学の絶対的な壁が立ちはだかる。

それは「光の速さ」だ。

アインシュタインの相対性理論によれば、質量を持つ物体は、宇宙の最高速度である「光速秒速約30万km」を超えることができない。

これは、この宇宙が定める絶対的なルールである。

ハッブル宇宙望遠鏡で撮影されたプロキシマ・ケンタウリ

地球から最も近い恒星、プロキシマ・ケンタウリまでの距離は約4.2光年。光の速さで移動しても4年以上かかる。現在人類が持っている最速の探査機を使っても、到着には3万年以上という気が遠くなるような時間が必要だ。

たとえ、光速の10%という夢のような速度秒速3万kmを出せるエンジンが開発されたとしても、片道40年。通信を1往復させるだけで8年以上。これが「お隣さん」の距離感だ。

しかし、ドレイク方程式が導き出す平均的な文明間の距離は、数千光年から数万光年と言われている。

文明が誕生し、科学を発達させ、電波を使い始めてから、その寿命が尽きるまでの時間はどれほどだろうか。もし、ある文明が1万光年先の星へ向けて信号を送ったとして、その信号が届く頃には、送り主の文明はすでに滅びているかもしれない。

「100%いる」というのは空間的な広がりを指し、「200%会えない」というのは、時間と距離が織りなす「すれ違い」を指している。

私たちは、同じ宇宙という劇場にいながら、数万年という時間差のステージに立っているのである。


【4】近隣に潜む「生命の兆し」と、予期せぬ交信の可能性

エンケラドゥス

 「200%会えない」という絶望的な予測の対極で、科学者たちは今、かつてないほど「生命の痕跡」に肉薄している。物理的に肉体がまみえることは困難であっても、彼らの「息吹」を感知できる可能性は、私たちのすぐそばに潜んでいる。

探査の最前線は、まず太陽系内に向けられている。

土星の衛星エンケラドゥスや木星の衛星エウロパの氷の下には、巨大な内部海が存在することが確認された。そこには熱水噴出孔があり、地球の深海と同じように化学反応による生命誕生の条件が整っている可能性がある。

もし、これらの衛星で微生物一匹でも見つかれば、それは宇宙における生命の普遍性を証明する「100%」への決定打となる。

しかし、知的文明となると話は別だ。

地球から100光年圏内。これは、人類が電波を放出し始めてからようやく信号が届きうる「ご近所」の範囲である。この狭い球体の中に、地球と同等の技術文明を持つ星が存在する確率は極めて低い。だが、もし存在したならば。

「その日」は、ある日突然、天文学者のモニターに映し出される一連の不自然な数字の羅列としてやってくる。

狭い周波数に集中した強い信号で、太陽系外の地球外生命によって送信された可能性が指摘されている。プリントアウトされた信号とエーマンのメモ。赤い丸で囲んだ文字列が強い信号を表す。

1977年に観測された「Wow! シグナル」のような、一過性の謎ではない。明らかな知的意図を持った、数学的な規則性を持つ信号だ。

野口氏は、肉体的な接触を「200%ない」と断じながらも、こうした情報の断片が宇宙を飛び交っている可能性までは否定していない。物理的な肉体を運ぶには宇宙はあまりに広く、エネルギー効率が悪すぎる。

しかし、電磁波やレーザーを用いた情報伝達であれば、文明の「亡霊」として宇宙を駆け巡ることができる。


【5】フェルミのパラドックス

エンリコ・フェルミ

 ここで一つの疑問が浮上する。それほどまでに宇宙が生命に満ちているなら、なぜ彼らは沈黙しているのか。

物理学者エンリコ・フェルミが問いかけた「彼らはどこにいるのか?」というパラドックスだ。

これに対する有力な説の一つに「グレート・フィルター巨大な壁」がある。

生命が誕生し、文明を築き、宇宙へ進出する過程には、必ず乗り越えられない破滅の壁が存在するという考え方だ。核戦争、気候変動、あるいはAIの暴走。野口氏が「会えない」と語る裏側には、文明という存在の「寿命」の短さへの洞察が含まれている。

広大な関東平野に埋まったシャープ芯同士が、同じわずかな瞬間にだけ光を放ち、互いを見つける。そのタイミングが合致する確率は、物理的な距離の壁以上に絶望的だ。

たとえ1,000光年先に高度な文明が栄えていたとしても、彼らが今この瞬間に滅び去っていれば、彼らの発した光が地球に届く頃、そこには静寂しか残っていない。

STS-114で野口飛行士の船外活動。

野口氏はISSから地球を眺めながら、その「薄さ」を実感した。宇宙の漆黒を背景に、わずか数ミリのフィルムのようにへばりついた大気。この極めて不安定な均衡の上に、人類の歴史は成り立っている。

文明とは、宇宙という広大なキャンバスに一瞬だけ現れては消える、刹那の火花に過ぎない。その火花同士が宇宙の闇で交差することは、計算上、やはり「200%」あり得ないのだ。


【6】物理学の極限と、人類が抱く最後のリセット

ブレイクスルー・スターショット Breakthrough Initiatives

 では、私たちは永遠に、この青い牢獄の中で孤独に耐え続けるしかないのだろうか。野口氏の言葉を紐解く上で欠かせないのが、人類が物理法則に挑もうとする「あがき」である。

現在、イーロン・マスクが進める火星移住計画や、レーザー推進によって光速の20%まで加速する超小型探査機「ブレイクスルー・スターショット」計画などが動き出している。

火星コロニーのイメージパース Credit:Mars One / Bryan Versteeg

もし、光速の数割を出せる技術が確立されれば、隣の恒星系への旅は、数万年から数十年に短縮される。これは、一人の人間が存命中に結果を知ることができる「現実的な時間」だ。

しかし、野口氏の視点はさらにその先、宇宙飛行士として極限の環境に身を置いた者特有の冷徹さがある。

仮に技術が解決したとしても、宇宙の広さは人間の精神が耐えうる限界を容易に超えてしまう。何世代にもわたって暗黒の宇宙を漂う「世代間宇宙船」は、もはや一つの独立した閉鎖生態系であり、地球とのつながりは絶たれる。

それは「出会い」ではなく、新たな「孤独」の始まりに過ぎない。

それでも人類が宇宙人を、あるいは自分たち以外の「誰か」を探し続けるのはなぜか。それは、この広大すぎる宇宙の中で、自分たちの存在が単なるバグではないことを確認したいという、根源的な渇望があるからだろう。

野口氏が語る「100%いるが200%会えない」という言葉は、突き詰めれば「私たちは誰にも頼ることなく、この地球という場所で自結しなければならない」という、究極の自立を促すメッセージとも受け取れる。


【7】孤独を受け入れた先に輝く、一粒の光

ボイジャーのゴールデンレコード

 1977年に打ち上げられた探査機ボイジャーには、宇宙人へのメッセージを託した「ゴールデンレコード」が搭載されている。そこには、地球の音、音楽、そして55の言語による挨拶が刻まれている。

現在、ボイジャーは太陽系を離れ、星間空間を漂っている。このレコードが誰かの手に渡る確率は、まさに「200%ない」と言っていいほど低い。

しかし、その無謀な試みこそが、人類の誇りである。会えないと分かっていても、声を上げ続けること。届かないと知っていても、手を伸ばし続けること。

パラドックスの本質は、宇宙の物理的な絶望を説くことにあるのではない。その絶望を前提とした上で、私たちがこの孤独な地球をいかに愛し、隣にいる同じ人類という「唯一会える宇宙人」をいかに大切にするべきかという問いかけにある。

宇宙は100%生命に満ちている。

それは、この宇宙が生命という現象を肯定している証拠だ。

そして、200%会えないという事実は、今ここに私たちが存在し、互いの目を見て語り合えることが、宇宙始まって以来の、そして今後も二度と起こり得ない最大の「事件」であることを教えてくれている。

漆黒の宇宙から地球を見つめた男は、その孤独の果てに、最も温かい結論を見出した。

私たちは一人ではない。だが、私たちはこの星で、独り立ちしなければならないのだ。


参考文献

  • 野口聡一『宇宙飛行士、野口聡一の全仕事』

  • 野口聡一・矢野顕子『宇宙に行くことは地球を知ること』

  • カール・セーガン『コスモス』

  • 日本経済新聞「野口聡一氏、三度の宇宙を経て見えたもの」

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