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【フェラーリがある日常 Vol.1】「憧れ」から「夢」へ、そして夢は現実へと向かう

スーパーカーブーム

あれは、小学校3、4年生ぐらいの頃だっただろうか。
日本に「スーパーカーブーム」が到来した。

確か『サーキットの狼』という漫画と映画が、そのきっかけだったように思う。かくいう私も、映画を観てすっかりスーパーカーの虜になり、「スーパーカー大図鑑」のような雑誌を何冊も買っては、毎日のように眺めていた。

そんなある日、家の近所で「スーパーカーショー」なるイベントが開催された。

「ショー」とは名ばかりで、雑草が生えた空き地にスーパーカーを何台か並べて駐車しただけの、なんともお粗末な催しだった。
それでも、フェラーリ・ディーノ、ポルシェ911、ランボルギーニ・カウンタック、ミウラといった車を間近で見ることができ、友達と一緒に感激したことを、今でもよく覚えている。

フェラーリ・ディーノは「サーキットの狼」にも登場した憧れの車だった。

私も含め、多くの少年たちにとって、スーパーカーはまぎれもない「憧れ」の存在だった。そしてその中に、フェラーリがいた。

F1ブーム

大学生になった頃、日本にF1ブームが到来した。

時は、バブルの真っ只中。 アイルトン・セナ、アラン・プロスト、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケの4人のドライバーが「F1四天王」と呼ばれ、まだF1の主役が「人間」だった時代だ。

私は、ナイジェル・マンセルが大好きだった。

時に感情を爆発させて、とんでもない速さを見せる。
かと思えば、肝心な場面で凡ミスをしてしまう。
そんな、なんとも人間味のあるところに惹かれたのだと思う。
そのマンセルが当時乗っていたのが、フェラーリ640というマシンだった。

「コークボトル」と呼ばれた流麗なデザインは、本当に美しかった。
しかし、それだけではない。フェラーリV12エンジンが奏でる、あの悲鳴にも似た甲高いエキゾーストノートが、たまらなく好きだった。

モナコGPでFerrari 640を駆るナイジェル・マンセル。サイドポンツーンの流れるようなラインが美しい。

そして、そんなF1の素晴らしさを私に教えてくれたのが、Dという親友だった。

二人とも、F1の話題になると、いつも話が止まらなかった。
「いつか、フェラーリに乗りたいよな」
そんな話をするようになったのも、この頃だ。

いつの間にかフェラーリは、私にとって単なる憧れではなく、「夢」になっていた。

「夢」が現実に向かって動き始めた日

夢や目標は、言語化して、できるだけ人に話した方がいい。
その方が実現する可能性は高まるし、実現するまでの時間も早くなる。
これまで生きてきた経験から、そう確信している。

そういう意味では、いまになって思えば、大学時代に付き合っていた女性と一緒に飲んでいるときに、

「俺、将来絶対フェラーリに乗るよ」

と話したあの瞬間から、「フェラーリに乗る」という夢は、現実に向かって動き始めていたのだと思う。

もちろん、当時の私にとっては、どう逆立ちしても実現不可能な、夢のまた夢の話だった。

それでも、あのとき確かに、夢は言葉となって解き放たれた。
そしてその言葉は、長い時間をかけて、少しずつ現実へと近づいていくことになる。

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