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⑧【拡散希望】19年前の中国旅行日記が面白すぎる!(カシュガル)マイミクさんよ、集まれ!

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【カシュガル。2006年6月19日】


ここは、新疆ウイグル自治区の中でも、ウイグル族が一番多い町ですね。(俺が行った町の中で。)

他の町は、結構漢民族も多かったけど、ここは本当に少ないです。

もはや中国ではありませんよ。
こんなに遠いとこでも、(すぐそこはパキスタンです。)北京時間を使っている中国の偉大さに驚きます。
夜の10時過ぎてもまだ明るいですからね…

昨日は、ちょうどサンデーバザールでござーる。
ちょっとのぞきに行ってきました。

凄い人でした。
なんかお土産でもあるかなーといろいろ見てたのですが、基本的に買い物は、嫌いなのですぐに飽きてしまいました。

一番、興味を引かれたのが靴の修理屋さん。
通りにならんで、たくさんあります。

しばらく見てると、とてもボロボロの靴を修理しています。
お客さんもたくさんで、結構繁盛してる。

俺の靴は、上海の路上で買った7元のコンバースもどきのスニーカーなんですが、すでにボロボロです。

早速、おっちゃんに直してもらいました。
7元で買ったのに修理代が10元。
でも、きれいに直りました。
靴の中に当て布したりしたせいか、サイズが少し小さくなったのが難点ですが、満足満足!

中国の中で、外国気分を味わうなら断然カシュガルですね。

というわけで明日、叶城という町に移動します。

その後は、チベット行くか、それともタクラマカン砂漠の南側を通るか。
基本的には、チベットに行くつもりですが、何かと面倒なことが多いので、駄目なら砂漠コースって感じです。

いやーまじめな話、仕事が忙しくなってきてさー
今日は、ネットカフェで一日、待機です。

旅行してる場合じゃなくなってきつつあります。
がはは。

靴直し職人のおやじ
普通語が話せなかった…
靴直し職人の子供
ちぃっちゃな通訳さんです
私の言うことを訳してくれます
やくしもせーず!
ちびっこイケメン
カシュガル滞在中、
毎日通ったレストランのおねーさんたち

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●マイミクさんコメント

≫しばらく見ない間に、えらい遠くまで行かれましたね。
なんだか、壮絶?ないや、楽しい旅を送ってますね。

カシュガルの次は叶城ですか。いいですね~♪
もうそのままチベットまで行っちゃってください♪
7月からは入域許可証が撤廃されるようですし、以前より行くのが楽になるでしょうね。

≫なんだか、もう、中国じゃなくて異国の地ですね~
中国ホントにひろいな~
それでも中国語(普通語)通じるんですか?

●便太郎の回答

≫チベット。行きます。

≫一応通じます。
でも、話せない人もたくさんいますよ。
広いです。中国。

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そういえば、カシュガルで1元玉で支払おう思ったら、「ここでは札しか使えないよ!」って突っ返されたっけ。この頃、上海では逆に1元札の方が珍しかったんですよ。

カシュガルからツアーでいろいろ行こうかとも思ったのですが、なんせ予想以上に仕事が忙しくて、ほとんどネットカフェにいました…。

それなのにチベット行こうとしてるし。てか、当時の便太郎ってノマドワーカーの走り見たいなことしてるねー!時代を先どっちゃってた?

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【叶城。2006年6月20日】

ちょっと当時の記憶を蘇らせながら、
ここは2025年の便太郎が補足して行きます。

行けたらチベット。無理なら砂漠横断。
叶城のバスターミナルに着くと、
「阿里~阿里~」とチベットへ行きの客引きがいた。

「阿里に行きたいんだけど。」
「じゃー乗りな!チケット売り場まで行くから。」

え?何?楽勝じゃん。

タクシーで幹線道路沿いの、
めちゃくちゃ埃っぽい場所ポツンと3軒屋?
に連れてこられた。

1軒は食堂。1軒はバスチケット売り場。1軒は便利店。

「阿里まで大人1枚片道で~。」
「パスポート見せて。日本人か?」
「じゃぁ800元ね。」
「なんだよ?じゃあって!」
これは日本人価格なのです。

中国人      400元
ドイツ人     600元
日本人      800元
韓国人      1,000元
アメリカ人    1,200元

価格表は無く、口頭での言い値なんです。
値切りにも一切、応じない…
600元にしてって言ったら阿里に行くな!
かなり強い口調で言い返されたので、
そのまま800元を支払った。

ちなみにその他の外国人はいくらか聞くと…
「ん~900元かな?」
だいぶ適当な価格設定である。

「出発はいつ?」
「今夜。」
「何時?」
「出発するとき呼ぶからホテルで待機してろ。」

このポツンと3軒屋の2階はホテルになっていて、
バスが出発するまで滞在することが出来るんです。
いくらか覚えてないが2~30元くらいだったと思う。
3人ドミトリーで客は自分ひとりだった。

暗くなっても出発の連絡は来ない。
ホテルのフロントで聞いたら

「明日じゃね?」
「明日の何時?」
「朝だろ?出発するとき呼ぶから待機してろ。」

なんじゃそりゃ?
もしかして、客が一杯にならないとバスが出発しないスタイルか?
そういう事だったのである。

翌朝。
全く出発する気配が無い。

「今日、何時に出発するの?」
「夜じゃね?出発するとき呼ぶから待機してろ。」

バスは、この埃っぽいポツンと3軒屋の前に停車してある。
おなじみ足臭寝台バスである。
いつ出発するか分からないので本当に待機するしかないのだ。

3日目の朝、いつもと様子が違う。
ホテルのフロントに人だかりができて、
ガヤガヤしていた。

おおお!!
ようやく人が集まったようだな。
外国人は便太郎と、もうひとり韓国人がいた。
その他、全員四川人だった。

当時チベットへ四川省から出稼ぎに行く人が、
めちゃくちゃ多いのだと、このバスの運転手が言っていた。

実は毎日毎日、「何時に出発するの?」
って聞いていたあの人こそが、
このバスの運転手だった。

こうして3日目の夕方、
チベットの阿里へ向けて出発した。

3列2段の寝台バス。
予想通りの足臭さ。

前から2番目の窓側の上段ベッド。
トイレは無い。
タバコが吸いたくなったら運手席の横に座って、
吸うのが暗黙の了解らしい。

最初の3時間は平たんな道を進む。
景色が、徐々に丘陵地帯に変わる。
徐々に勾配がきつくなる。
左右の曲がりもどんどんきつくなる。
景色は、森林地帯へと変わる。
辺りは徐々に暗くなる。

そして足臭バスは夜道をくねくねと、
のたうちまわるようにどんどん進む。

辺りは漆黒の闇。
お食事休憩だった。
ああ、星が奇麗だなぁ。
と夜空を眺めたときにめまいがした。

空を見上げた勢いで、
そのまま後ろにひっくり返りそうになるのを、
必死でこらえた。

これが高山病ってやつか?


食堂は、木造で出来た高床式住居みたいな建物だった。
壺が専用のかまどに沢山ならんでいて、薪でグラグラ煮込んでいる。

壺の中身は料理なのか?
スープなのか?
はたまたご飯なのか?
全く見当がつかない。
どんな料理か食べてみたかったのだが、
めまいと頭痛が激しくなり、
横になろうと足臭バスへ戻ると、
韓国人もしんどそうに寝ていた。

四川人の皆さんは元気もりもり!
楽しそうにトランプしたり、食事したりしていた。

高山病は一度かかると半年間は免疫が持続するので、
四川とチベットを何度も往復している彼らは、
高山病にならないんだよと運転手が教えてくれた。

更に高山病の便太郎を乗せ足臭バスは山道を登る。

真夜中に検問所へ到着。


乗客は全員降ろされて身分証の確認を行うのだ。
このチベット行きのバスの最も緊張する瞬間…

上海に、実際にチベットへ行ったことがある友人がいたので、行き方とか、検問所での対処法は、一通り教えて貰っていたが緊張する。
なんせ外国人の立ち入り禁止されているルートを通っているのだ。
(2025年今のご時世絶対やらないだろうな…)

しかも、聞いている話は当時の、最新情報ではない。
実際になにかトラブルが発生した場合は、自己責任である。

四川人達が、どんどん検問で身分証となんか紙を見せて通過していく。

「お前とお前は、一番後だ!ここで待て。」
運転手の指示に従う、便太郎と韓国人。
緊張し、身構える二人。
最後の四川人の検査が終わるころ。

「おーい!二人ともこっちに来い!」
検査員となにやらこそこそ話す運転手。
すると検査員が何処かへ居なくなった。

「今だ!早くいけ!」
検問所を早足で抜ける便太郎と韓国人。
一瞬、緊張で高山病の頭痛を忘れていた。
無事に検問所を突破したとたん、
また激しい痛みに襲われた…

ここで韓国人が話しかけてきた。
「あなたはいくらでチケット買いましたか?」

「……。」
「ん…と…1,000元だったよ。」
「なんだ?そうか?私だけボッタクられたかと思ったけど、一緒だね!」

なんでこう余計な気を使ってしまうんだろう…


ぎゃふん!!!

つづく、、、


#創作大賞2025 #オールカテゴリ部門





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