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人のSNSを見て焦りを感じたら読む話

 夜、SNSを開くと誰かの「結婚しました」「昇進しました」「海外旅行に来ています」という投稿が並ぶ。明るい写真の下に、祝福のコメントが溢れている。それを眺めながら、自分のスマホ画面には何も書き込むことがなく、心の中で小さなため息が落ちる。

 「私だけ遅れてるんじゃないか」
 ――そう思う瞬間が誰にでもあるはずだ。

 実際、私たちが見ているSNSは、他人の人生の“ハイライトシーン”だけを切り取った舞台だ。
 そこには疲れきった顔や、やる気の出ない朝、誰にも言えない孤独は映らない。編集された輝きの断片と、自分の生活の現実とを比べてしまうから、取り残されたような錯覚に陥る。

 だが考えてみてほしい。
 本当に大切なのは「どれだけ早くゴールにたどり着くか」だろうか。
 人生をマラソンにたとえるなら、誰かが先にゴールしても、あなたの道が意味を失うわけではない。むしろ道中の景色をどう味わうかが、その人の人生の質を決めるのだろう。

 心理学の研究では、人が最も強くストレスを感じるのは「自分より少し上の人」と比較したときだとされている。
 自分よりずっと遠い存在には嫉妬を覚えないが、手を伸ばせば届きそうな誰かを見た瞬間に、心はざわつき始める。SNSはその比較の機会を無限に提供する装置だ。だから「私だけ遅れてる」という感情が生まれるのは、むしろ自然な反応なのだ。

 けれども、その感情に巻き込まれる必要はない。
 なぜなら「遅れている」と感じることは、同時に「自分が進みたい方向を知っている」証拠でもあるからだ。
 もし本当に興味のない分野であれば、人と比べても心は動かない。友人の起業報告に焦りを覚えるのは、どこかで自分も挑戦してみたいと思っているからかもしれない。知人の結婚報告に胸がざわつくのは、自分の未来に愛を望んでいるからだろう。

 つまり「私だけ遅れてる」という感情は、劣等感ではなく、潜在的な願望のサインに過ぎない。そこで立ち止まって落ち込むのではなく、その気持ちを小さな行動に変えることができればいい。

 英語を話せる友人に焦るなら、明日からアプリで5分だけ勉強してみる。友達の仕事の成功が羨ましいなら、今日一つだけ自分のスキルを磨いてみる。未来の自分を小さく前進させる一歩は、SNSに投稿されない静かな行為から始まるのだ。

 「私だけ遅れている」と感じる夜に必要なのは、誰かと比べることをやめることではない。むしろ比べてしまう自分を認めることだ。そのうえで「その気持ちは、私がどんな人生を望んでいるかを教えてくれている」と気づくこと。
 比較の痛みを願望の道しるべに変えることができたとき、私たちは他人の人生を羨むのではなく、自分の人生を選び直すことができるのだろう。

 本当の幸せは、数字では測れない。

 SNSの数字がどれほど輝いて見えても、それは他人の物語だ。
 自分が生きたい物語は、自分だけの時間の流れの中にある。「遅れている」という感情は、まだ途中だからこそ芽生える。

 だからこそ、その夜に感じたもやもやを抱きしめながら、静かに自分の一歩を踏み出せばいい。数字がなくても、その歩みの中にこそ、本当の幸せが宿っているのだから。


前回の #数字では測れないシリーズ は…

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