<一話完結超短編>昭和少年★らっぽやん 第十六話【キイトトンボ】~戦争PTSD~
この物語は、太平洋戦争から戦後の日本(昭和20年~)を、自然や生きものたちに勇気づけられ、友情を育みながら笑顔で生き抜いていく、地質学修士のミノルと、映画の看板職人タケシという二人の、少年から青年への成長物語です。
毎回、トンボをテーマにした一話完結の短編です。
今回は昭和35年(1960年)。毎回時代が進むとともに、二人の成長を見守りつつ、読んでいただけたら幸いです。
昭和31年の夏以来恒例になった、柴田のじいちゃんの田んぼの草取りに、珍しくミノルは少し遅れて行った。真夏の朝日が昇り、まだ柔らかな光りを田畑に放っている。
「ミノル!どうしたんだ、その青あざ!それに腕!」
先に来ていたタケシが、左腕を三角巾で吊り、右目に青あざを作ってやってきたミノルを目ざとく見つけて叫んだ。
「今池のチンピラか?よし、オレがカタキを打ったる!」
早合点したタケシが、田んぼから上がろうとした。
「イカンて。いくらタケシでも今度ばかりは相手が悪い。」
「だれじゃあ!」
「警察の公安。」
「なに~?警察~?。安保闘争も一段落したのに。」
「ブント(過激な共産主義者同盟)の学生と間違われた。」
1960年、日米安全保障条約の改定(日米共同防衛の明文化など)の動きで、日本がアメリカの戦争に巻き込まれることを不安視した国民や学生が、大規模な反対運動を起こした。
特に6月15日の国会議事堂前のデモでは、機動隊や右翼団体との大規模な衝突が起こり、東大生の樺美智子さんが亡くなった。
しかし、時の岸信介首相の強引な手法で、参議院の議決がないまま、新安保は6月19日に自然成立した。
「まあ朝日も上がったことだし、ここらで一服しよまい。」
柴田のじいちゃんの一言で、三人は畔に腰かけて、孫の茜が握ったという握り飯をほおばった。
「やっぱ、じいちゃんの米はうまいなあ!」
「おい、タケシ、見てみい、稲の花が咲きそうやぞ。」
「お、ホントだ!きれいだなあ。」

稲の花は、陽が昇ってからお昼ぐらいまでしか咲かない。
これからは栄養分が全て実になるよう草取りが欠かせない。
朝日に透けた美しい稲の花を見て、ミノルは思った。
「樺美智子さん、これから花も実もある人生だったのに。」
「ミノルは安保反対デモには行かんかったのか?」
「戦争は二度と嫌だ。だけど単純に安保反対ともいえん。
タケシはどうなんだ?安保には賛成なのか?」
「オレは難しいことはようわからん。
でもな、
兄ちゃんは特攻隊でアメリカ空母に突っ込んだんや。
アメリカ人を殺し、アメリカ人に殺されたんや。
そのアメリカに守ってもらおうというのはなあ・・・。
兄ちゃんは何て思うかなあ・・・。
・・・考えても考えても、ようわからん。」
「そうか。そうだよな。」
「柴田のじいちゃんはどうなんじゃ?」
じいちゃんは、朝日を避けるように俯むき、押しつぶしたような声を出した。
「ワシの次男も、戦争で殺されてまったでな。」
「え?茜ちゃんの父ちゃんか?」
「いや、弟の方じゃ。招集されてビルマへ行って、戦後無事 帰ってきたと思ったら、心をやられてまってなあ。ずっと家に引きこもったまま、何もしゃべらんようになった。
ある日竹の棒を貸してくれというから、釣りにでも行くんかと思ったら、夜中に突然家を出て、中央線の汽車に竹を小銃のように構えて正面から突っ込んだそうだ。『突撃~!』と叫んでなあ。」
ミノルもタケシも、その様子を想像し、絶句した。せっかく戦争から生きて帰れたのに、戦場で受けた心の傷のトラウマで、自ら命を絶ってしまったのだ。これ以上の悲惨な運命があるだろうか。
「息子を殺したのは、アメリカでもイギリスでもない、戦争に追い込んだ日本の政府や軍部が殺したんじゃ!」
日ごろは柔和な柴田のじいちゃんが、ゆがめた貌を上げて叫んだ。ミノルもタケシも、息を飲んだ。
「知っとるか!?日米安保を強行した岸信介はなあ、日本が戦争始めた時の内閣の一員だがや。東条英機と同じA級戦犯の容疑者だでな!そんな輩が決めたことを、誰が信じるか!」
ミノルは、戦地に行かなかった柴田のじいちゃんもまた、戦争による深い傷を心に負った、戦傷者だと思った。
「ワシは米作りしか能がない、しがない百姓だわ。
泥まみれで、何の学もない、ただの百姓だわ。
だけどなあ、いろんな生きものに助けられてできた米は、
みんなの空腹を満たして、日本人の命を守っとる。
百姓に、日本もアメリカもソ連もないわ!
みんな生きるために一生懸命に働くだけだわ!
自分は何もせず、ただ命令を出すだけで何百万人もの人を
殺すような独裁者に、踊らされてたまるか!」
ミノルは、柴田のじいちゃんが鼻水を垂らしながら泣いて
いる様子を初めて見た。その涙がミノルの心にも伝わった。
「とにかく戦争だけは絶対にイカン!
あいつらは自分たちの都合で平気でウソをつく。
ワシらのような市井の人間を平気で死地に追いやる。
だけどな、田んぼはウソをつかん。
生きものや稲はウソをつかん!
若いあんたらは、そのことをよーく覚えときゃあ!
騙されたいかんぞ!騙されたらイカン!」
その時、目の前の稲に、黄色のイトトンボが飛んできた。
そして、素早く停まると同時に小さなカマキリを捕まえた。
獰猛なカマキリも、小さな内はイトトンボの命の糧になる。
多分、あと10日もすれば立場は逆転することだろう。
「じいちゃん、キイトトンボがカマキリを食っとる!」

「カマキリは可哀想だけど、イトトンボの命の糧になる。
自然は、決して命を無駄にはせん。無駄死にはさせん!
戦争は、命を無駄使いする、世界一愚かな行為だでな。」
朝日を正面に浴びながら、一言一言、噛みしめるように、柴田のじいちゃんは、語った。
確かに、朝日に羽根を輝かせる、この小さなイトトンボの命さえ、人間は作り出すことができないではないか。
ミノルは、大学院でも学べない、柴田のじいちゃんの言葉の重さを、改めて嚙みしめた。
タケシが叫んだ。
「キイトトンボ!頑張って生きろ!命ある限り羽ばたけ!」

< 了 >
お読みいただき、ありがとうございます。
この物語はフィクションです。
60年安保に関してはウィキペディアをはじめ、多くの資料を参考にさせていただきました。
なお、この回のお話に登場する柴田のじいさんの田んぼや、タケシの兄の話を、よりご理解いただけるよう、
このシリーズの二つの回をここに並べさせていただきます。
ご参考までに、お読みいただけたら幸いです。
日本のトンボ 「キイトトンボ」
Ceriagrion melanurum イトトンボ科

本州・四国・九州の低山地や平地の池や沼、湿地や田んぼに生息する、全長35mm~45mmの中型のイトトンボ。
オスの腹は美しい黄色で、メスは緑色がかったものもいる。
自然度の高い池や田んぼで5月~10月に見られるが、生息地は局所的で、年々数を減らしている。関東地方などの都県では絶滅危惧種に指定されている。
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