人を紹介するのではなく、受け入れられる現場を育てる
おはようございます。
人と人の間をつなぐ想いの翻訳者、阿波野聖一です。
私は秋田県で介護、地域、海外人材という、一見異なる世界の間に立ちながら、人、組織、地域、想いの「違い」をつなぐ仕事をしています。
このnoteでは、現場で起きた出来事や学びを通して、誰かの明日につながるヒントを発信しています。
人手不足を埋めるためだけに、海外から人を受け入れる時代は終わりに近づいている。これから必要なのは、人を紹介することではなく、受け入れられる現場を育てること。介護経営と海外人材受け入れの現場で、私が大切にしていることを書いてみたいと思います。
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私は、外国人材を「紹介して終わり」の仕事をしたいのではありません。
人手不足だから、海外から人を受け入れる。
介護現場が苦しいから、外国人材に来てもらう。
地域に若い働き手が足りないから、外国の力を借りる。
もちろん、現実としてそれは必要なことです。
人口減少が進み、地方の介護現場では人材不足が深刻になっています。現場は疲弊し、採用は難しくなり、物価も上がり、経営環境も厳しくなっています。
だからこそ、これからの介護現場において、海外人材の受け入れは避けて通れないテーマになっていくと思います。
しかし、私はずっと違和感を持っていました。
外国人材を、ただの「労働力」として見ていないか。
人手不足を埋めるためだけに、人を受け入れようとしていないか。
紹介して、入国して、配置して、登録支援の項目をこなせば、それで本当に受け入れたことになるのか。
私は、そうは思っていません。
受け入れるとは、人を迎え入れること
外国人材を受け入れるということは、単に人を採用することではありません。
その人の人生を迎え入れることです。
その人には、母国で待つ家族がいます。
これまで育ってきた文化があります。
宗教があります。
生活習慣があります。
仕事への考え方があります。
日本に来るまでの背景があります。
期待も、不安も、言葉にできない戸惑いもあります。
日本に来て働く外国人材は、ただ「働きに来る人」ではありません。
家族の期待を背負い、将来への希望を持ち、不安を抱えながら、知らない国に来る一人の人間です。
だからこそ、私たちが問われているのは、
「人を入れるかどうか」ではなく、
「どう迎え入れるのか」だと思っています。
本人の努力だけでは足りない
外国人材の受け入れの話になると、どうしても本人側の努力に目が向きがちです。
日本語を勉強してほしい。
日本のルールを覚えてほしい。
介護の仕事を理解してほしい。
職場に早く慣れてほしい。
日本の生活に適応してほしい。
もちろん、それは大切です。
日本で働く以上、日本語を学ぶことも、職場のルールを理解することも、介護の専門性を身につけることも必要です。
しかし、それだけでは足りません。
受け入れる日本側にも、学ぶべきことがあります。
伝える力。
聴く力。
育てる力。
違いを理解する力。
相手の背景を想像する力。
言葉にできない不安を受け止める力。
外国人材だけが変わるのではなく、受け入れる現場も変わっていく必要があります。
ここを抜きにして、外国人材本人だけに「日本に合わせてください」と求めても、本当の意味での共生にはなりません。
現場で見てきた“伝わらなさ”
私は介護経営をしながら、海外人材の受け入れに関わってきました。
その中で、何度も見てきたものがあります。
それは、本人・家族・受入企業・現場・制度の間にある“伝わらなさ”です。
本人は「大丈夫です」と言う。
でも、本当は大丈夫ではないことがある。
受入企業は「説明した」と言う。
でも、本人には伝わっていないことがある。
現場は「なぜ分かってくれないのか」と感じる。
でも、相手はそもそも前提を知らないことがある。
家族は母国で不安を抱えている。
でも、日本側にはその不安が見えていないことがある。
制度上は問題がないように見える。
でも、現実の生活や人間関係の中では、支援が必要なことがある。
私は、そうした“間”に何度も立ってきました。
通訳という意味だけではありません。
制度と言葉の間。
会社と本人の間。
現場と家族の間。
日本の常識と母国の常識の間。
建前と本音の間。
「伝えたこと」と「伝わったこと」の間。
その間にあるズレを見つめ、言葉にし、関係性を整えていくこと。
それが、私が大切にしてきた仕事なのだと思います。
人を紹介するのではなく、現場を育てる
だからこそ、私が大切にしているのは、
人を紹介することではなく、
受け入れられる現場を育てることです。
外国人材を受け入れる現場には、準備が必要です。
日本語の問題だけではありません。
生活支援だけでもありません。
制度説明だけでもありません。
現場の職員が、どう伝えるのか。
管理者が、どう関わるのか。
困った時に、誰に相談できるのか。
文化や宗教の違いを、どう理解するのか。
注意や指導を、どう本人に届く形にするのか。
本人の小さな変化に、どう気づくのか。
家族や送り出し機関と、どう信頼関係をつくるのか。
そこまで含めて、受け入れだと思っています。
外国人材を採用することは、ゴールではありません。
むしろ、そこからが始まりです。
入国して終わり。
配置して終わり。
登録支援の項目を埋めて終わり。
ビザを更新して終わり。
そうではなく、本人と現場が共に育っていくプロセスを支えること。
それが、これからの海外人材受け入れに必要な視点だと思っています。
介護から世界をつなぐ
私は、介護という仕事は、人と人が向き合う仕事だと思っています。
食事、排泄、入浴、移動、看取り。
介護の現場には、人間の生きる姿がそのままあります。
だからこそ、介護現場で外国人材を受け入れるということは、単なる労働力の補充ではありません。
人と人が、文化や言葉を超えて向き合えるか。
違いを排除するのではなく、理解し合えるか。
弱さや不安を抱えた人同士が、支え合える関係をつくれるか。
その問いに向き合うことでもあります。
介護から世界をつなぐ。
地域と海外人材をつなぐ。
人と人の間にある想いを翻訳する。
私は、自分の仕事をそう捉えています。
人手不足の先にある問い
これから日本は、さらに人口減少が進んでいきます。
介護現場だけでなく、地域全体が人手不足になっていくと思います。
その時、私たちはどんな社会を選ぶのか。
足りない人手を、ただ海外から補うのか。
安く働いてくれる人として、外国人材を見るのか。
それとも、地域を共に支える仲間として迎え入れるのか。
この違いは、とても大きいと思います。
海外人材を受け入れるということは、日本側のあり方も問われるということです。
私たちは、本当に人を育てる現場をつくれているのか。
違いを理解しようとしているのか。
伝わる努力をしているのか。
相手の背景に関心を持っているのか。
困った時に、関係性を切るのではなく、向き合う準備があるのか。
外国人材の問題に見えて、実は日本の現場の問題でもある。
私はそう感じています。
新しい受け入れの形を、現場から
私は、完璧な答えを持っているわけではありません。
むしろ、現場で悩みながら、失敗しながら、考え続けています。
インドネシアに行き、本人の家族と会い、送り出し機関と話し、受入企業と向き合い、病院や制度の狭間で悩みながら、その都度、何が本当に必要なのかを考えてきました。
そこで見えてきたのは、海外人材受け入れに必要なのは、仕組みだけではないということです。
必要なのは、関係性です。
信頼です。
対話です。
そして、受け入れる側の成長です。
だから私は、これからも現場から発信していきます。
人口減少社会における介護経営と海外人材受け入れの新しい形を。
人手不足を埋めるだけではない、共に育つ受け入れのあり方を。
人と人の間にある“伝わらなさ”を翻訳し、想いをつなぐ仕事の意味を。
私は、外国人材を「紹介して終わり」の仕事をしたいのではありません。
人を紹介するのではなく、受け入れられる現場を育てる。
それが、私が海外人材事業で大切にしていることです。
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