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「心理的安全性」の効能を語る人が隠しがちな、ある「不都合な真実」の話

「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。

御覧いただき、ありがとうございます。

今日は本からインスパイアされた内容を投稿していきたいと思います。と言っても、今回はめずらしく、直接、その本は紹介しません。理由は内容に無理があると思っているからで、その本とは、簡単に言うと、リーダーの声かけひとつでメンバーの心理的安全性が作れますよ、というような本でした。

最近、ブームは少し落ち着いてきたのかもしれませんが、この「心理的安全性」を説明している様々なサイトの記述を見ていると、「あ、わかってて、敢えてこの話をしないのだな」ということがあり、気づいてしまったら言わないといけないかと思い、この記事を書いています。

ということで、本日、ご紹介したい本は2冊あるのですが、まずはこの本です。

確か、「心理的安全性」という言葉が流行ったのはGoogleが言い出したよ、という記事からだったかと思いますが、そのGoogleのリサーチが始まったのは2012年からだったようです。この本は2019年の出版ですが、著者のエイミー・エドモンドソン教授がこの分野の研究を始めたのは1990年代半ば、とのことです。そして、「心理的安全性=psychological safety」という言葉は、1999年に発表した論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」で初めて定義され、使われるようになりました。

一応、リンクしておきます。

https://web.mit.edu/curhan/www/docs/Articles/15341_Readings/Group_Performance/Edmondson%20Psychological%20safety.pdf

さて、今回の記事では「心理的安全性」そのものについては解説しませんが、世の中でどのように解説されているかを見ていきたいと思います。

別に悪意も他意もないのですが、さすがに執筆者が明記されている記事は批判しにくいという理由から、なんとなくこちらの記事を選ばせていただきました。(だいたいどの記事も、同じようなことを言っていますのでこの記事が特別おかしなことを言っている、とかではありません。)

この記事の見出しは下記のようになっています。つまり、こういう構成で記事が書かれていることになります。

「心理的安全性」の意味や定義
「心理的安全性」が注目される理由
「心理的安全性」が低いことで生まれる4つの不安
「心理的安全性」が高いことによるメリット
「心理的安全性」の高め方【役職別】
「心理的安全性」の取り組み企業事例
まとめ
よくある質問

こうした記事の「意図的なズラし」は多くは最初の定義のところに見出されます。この記事はこのパターンです。そうではない記事の場合、メリットデメリットあたりで話がすり替わります。

この記事の場合を見ていきましょう。まずは、エドモンドソン教授の定義の紹介を引用します。

提唱したのは、組織行動学者でハーバード大学のビジネススクールで教鞭を執るエイミー・C・エドモンドソン氏だ。エドモンドソン氏は1999年発表の論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」にて、以下のように心理的安全性に言及している。

Team psychological safety is defined as a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking.
(心理的安全性とは、対人関係でのリスクのある言動に対して、安全であるという気持ちがチーム内で共有されている状態と定義される)

https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4189

はい。これは「事実」です。疑う余地もありません。ところが、最初の文章では、「心理的安全性」をこのように書いています。

「心理的安全性(psychological safety)」とは、会社や組織の中で自分の意見や気持ちを誰に対しても安心して表現できる状態を指す。

https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4189

はい。どこに「意図的なズラし」があるか、おわかりでしょうか?

もうひとつ見ていきます。こちらもこの会社に恨みもケンカを売る気もないですが、よくまとまっているのと、署名記事ではないのでw許していただきましょう。

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/sp/contents/column/20230609_psychological-safety.html

同様に、元のエドモンドソン博士による定義の部分です。

心理的安全性という概念の提唱者は、ハーバード大学のビジネススクールで教鞭を執るエイミーC.エドモンドソン氏です。同氏は、1999年に発表した論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」の中で心理的安全性について言及。心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動をとったとしても、チーム内が安全であるという気持ちがメンバー内で共有された状態であると定義しました。つまり、心理的安全性が高いと、意見の対立があってもチーム内で安心して仕事に専念できるのです。

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/sp/contents/column/20230609_psychological-safety.html

冒頭に書かれている、この記事での定義です。

心理的安全性(psychological safety)とは、自分の意見や気持ちを安心して表現できる状態のことです。ビジネスシーンにおいては、上司や同僚に異なる意見を言ったとしても、人間関係が破綻したり、相手から拒絶されたりしないと感じる状態を指します。

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/sp/contents/column/20230609_psychological-safety.html

同じパターンでの、「意図的なズラし」があります。

おわかりでしょうか?

このことがわかるためには、そもそも、エイミー・エドモンドソン教授が何の専門家で、有名な著作が何であるかを知ることが必要になります。

その本がこちらです。

はい。エイミー・エドモンドソン教授は、「機能するチームとはどういうチームなのか?」ということの専門家なのです。ということは、この「心理的安全性」という概念は、そもそも、チームについての話である、ということです。

先ほどの2つの記事をもう一度、見てみましょう。

「心理的安全性(psychological safety)」とは、会社や組織の中で自分の意見や気持ちを誰に対しても安心して表現できる状態を指す。

https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=4189

心理的安全性(psychological safety)とは、自分の意見や気持ちを安心して表現できる状態のことです。ビジネスシーンにおいては、上司や同僚に異なる意見を言ったとしても、人間関係が破綻したり、相手から拒絶されたりしないと感じる状態を指します。

https://www.nec-solutioninnovators.co.jp/sp/contents/column/20230609_psychological-safety.html

はい。よく御覧いただくと、定義から「チーム」という言葉が消えています。

もちろん、執筆者はそんなことはわかっていることでしょう。でも、しかし、消さなければならない理由があったと思うのです。

そこには日本の会社組織における「不都合な真実」があるからではないか、と私は思っています。

その「不都合な真実」とは、これは会社組織に属していらっしゃる方ならかなり納得していただけると思うのですが、「部下は誰ひとり、上司のあなたのチームに属しているとは思っていない」という「不都合な真実」です。

そもそもチームではないものに、心理的安全性は成立しません。しかし、その「不都合な真実」を伝えてしまうと、その後に記載されている「心理的安全性を生み出す方法」が成立しないことになってしまうため、「意図的なズラし」を行っている、というのが真実ではないかと思います。

特に日本の普通の会社の場合、人事権は担当のマネージャーには無く、また、強すぎる労働基準法によって簡単にクビにもできない、という性質を持っています。

もし、これが海外で、人事権は担当のマネージャーにあれば、こういう会話が成り立ちます。

上司「ジョージ、君は僕の大事なチームメンバーだと思っているよ」
部下「マイケル、残念ながら、僕は今、そう思っていないよ」
上司「じゃあ、もう一緒に働けないね。優秀な君とお別れするのは寂しいよ」
部下「ありがとう。他のメンバーが居れば大丈夫さ。検討を祈るよ。」

日本の典型的な会社の場合はこちら。

上司「田中君、君は我が課の大事なチームメンバーだ。」
部下「鈴木課長、私は他の課員とチームだと思ったことはありません。」
上司「おお、そうか。でも会社を辞める気はないんだろう?」
部下「はい。今のところ。別に望んでこの課に配属になったわけではありませんから。」
上司「まあ、頑張ってくれたまえ。」

ジョブディスクリプションが記載され、仕事内容で採用される方法をジョブ型、何をするのかわからないけど社員になってもらって、そこから配置を決めて何をするのかを決めていく採用方法をメンバーシップ型と言ったりもしますが、日本の典型的な採用は後者のメンバーシップ型と言われながら、皮肉なことに、これは「会社のメンバー」という意味で、部や課をチームと見做したときのメンバー、という意味ではないのです。

こうしてチームメンバーという意識が無い職人仕事をする人の集団が日本の組織となっています。

とまあ、悲観的なことを書いていますが、エドモンドソン博士は、そもそも、『チームが機能するとはどういうことか』の中で、「チーミングは動詞である」と言っています。

この話、下記の有料記事部分で書いています「パートナーが動詞である」という話と同型の話となっています。

つまり、「チーム」というのは既に出来上がった「状態」ではなく、「行動」によって生み出されるものだ、と言っています。典型的な話として、どのチームに属するかの選択権が無い日本の組織では、チーミングを行うために意図的にイジメや無視、あるいはマウンティングが行われやすいのではないか、とも言えるかもしれません。

ということで、結論としては、

心理的安全性を生み出すためには、まず、チーミングする必要がある。

ということになります。そのためには、まず前提として、上司なりマネージャーは「チーミング」ということを行わなければならない、ということになりますが、長くなりましたので、このあたりの関心が高いようでしたら、別記事で続きを書きたいと思います。

余談ですが、日本の組織関連ではこういう読み違えと言いますか、ミスリーディングが起こっているケースがとても多いと感じていまして、そんな関連記事をピックアップしてみましたので、ご興味ある方はそちらも御覧になってみてください。

現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。

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