ドラッカーは「マネジメント」をどのように定義したのか?
「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。
御覧いただき、ありがとうございます。
「マネジメントの発明者」とも呼ばれているドラッカーは、そもそも、マネジメントをどのように定義していたのか?
ある企業様のマネジメント研修のテキストを作成しているときに、改めて気になってしまったので、調べてみました。
ドラッカーは、著書『現代の経営』の中で、下記のように書いています。ちなみに、この『現代の経営』の原題は、The Practice of Management ですが、これを『現代の経営』と訳すのは、今となってはかなりの誤訳だと思います。本当の意味は「マネジメントの実践」です。今となっては「実践!マネジメント」くらいのタイトルの方が売れそうではあります。
マネジメントとは、現代社会の信念の具現である。それは、資源を組織化することによって人類の生活を向上させることができるとの信念、経済の発展が福祉と正義を実現させるための強力な原動力になりうるとの信念の具現である。
さすが傍観者ドラッカー、と言いますか、極めて超越的な視点から語っていますが、要するに、マネジメントを意味あるものにしているのは、組織というツールを使って社会とか自分の暮らしとかが良くなると思っている前提があるんだよーと言っています。
私個人が考えるマネジメントの定義はもう少し広い概念ですし、当のドラッカーもこの本を1954年に著した後、徐々にそのマネジメントの範囲を拡大しているようにも見えるのですが、あくまでも最初は組織あってのマネジメント、ということだったようです。
マネジメントを評価する究極の基準は、事実上の成果である。
ここで単なる「経済的成果」に限定していないところがさすがドラッカーという感じです。「事実上の成果」というのもわかりにくいですが、これも翻訳の問題ですね。「事実」という言葉を形容詞のように使っていますが、日本語だとなじみがないので、逆転させた方が意味が取りやすいです。つまり、「マネジメントは、成果を出した事実があるか、という究極の基準で評価される」ということを言っています。結果がすべて、ということです。ここ、実はとても重要な定義です。
経済的な成果をあげるために企業は存在する。したがってマネジメントの第二の機能は、人的資源を使って生産的な企業をつくることである。具体的には、経営管理者をマネジメントすることである。
ここで企業に話を限定しています。時代背景もあるのでちょっと違和感もあるかもしれませんが、ドラッカーはここで「マネジメントは人的資源を使って生産的な企業をつくること」と言っています。「生産的な企業」というのは、つまり「経済的な成果を出している企業」ということになります。では、どうやったらそれができるのか。「経営管理者」は固い役ですが、要はマネージャーのことです。マネジメントを行う者をマネジメントする。ここにはドラッカーが『経営者の条件』で着目した、セルフマネジメントの概念も入ってきそうです。
マネジメントの第三の機能は、人と仕事をマネジメントすることである。仕事は行われなければならない。(中略)人に最も適するように仕事を組織し、最も生産的かつ効果的に仕事ができるように人を組織することが必要となる。人を資源として見ることが必要である。しかも同時に、そのような人的資源を、他の資源とは異なり、個性や市民性をもつ存在として見ることが必要である。かつ、そもそも働くか否か、いかに働くか、いかによく働くかを自ら決められる存在、したがって、動機づけ、参画、満足、報酬、リーダーシップ、地位と機能を要求する存在として人を見ることが必要である。まさに、そのような要求を満足させることができるものがマネジメントであり、それをできるのはマネジメントのみである。
「人的資源を使って生産的な企業をつくる」の具体的な方法が書かれています。現代であれば、人とAIをどのように組み合わせて仕事のプロセスを作るのか、ということが大事になってきていると思いますが、1954年当時にそんなものは影も形もなく、意志や感情を持った人をどうマネジメントするのか、ということが、結局、マネジメントの前提である、ということが書かれています。
最近、世の中ではホワイトカラーの仕事がAIに奪われる、なんて無責任な言説が飛び交っているようですが、個人的にはそれはかなり現場を見ていない人の言い方で、現実とは認識が間違っていると思っています。下記の記事にも書きましたが、そもそも無駄な仕事をしていた人たちがいっぱいいて、AIはそういう無駄な仕事の必要性が理解できませんので、いわゆる「ブルシット・ジョブ」が要らないんじゃね?となったたために仕事がなくなる、というのが正しいのかな、と。ですので、これも既に起こった未来だったわけです。
ドラッカーは人は「そもそも働くか否か、いかに働くか、いかによく働くかを自ら決められる存在」である、と言っています。そこには自由があるのです。勤務中にマンガを読んでいても、それが会社の成果にマイナスの影響を与えていないのであれば、それは自由ですし、マネジメントの定義から見ても、問題ありません。その人がマンガを読むよりもやりたいと思うような仕事で、なおかつ最終的な会社の成果が向上するような、そんな仕事を生み出してやってもらえるのであれば、それはマネジメントの正解と言えますが、暇そうだから何の意味もない書類作成などの仕事を与えるのは、これはブルシット・ジョブを生み出すだけで、マネジメントが機能しているとは言えません。(筆者は個人的にそういう仕事を与える上司のことを「赤毛連盟」と呼んでいます。ホームズに詳しくない方はこちらをご参考ください。)
整理します。
・マネジメントの前提は、組織を使って成果を得ようとする意志である。
・マネジメントの効果は成果でのみ測られる。
・組織を使って成果を得ようとすれば、人と仕事をマネジメントすることが必要になる。
・そのためには、マネージャーのマネジメントが必要である。
ということで、マネジメントとは、という定義を探していたはずが、それをマネジメントという言葉を使って説明するというトートロジーに陥ってしまいました。
もっとも、この本のテーマは「マネジメントの実践」ですので、現場のマネージャーとしては充分な結論であるようにも見えます。企業研修としても、これで問題はないかな、と思います。
ここから先はもっと別な世界の言葉、例えば、物理学とか熱力学とかの用語を使って説明できないかな、ということを考えていまして、そのあたりはまた別な記事でアップしたいと思います。
現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。
ご意見・ご感想・記事で取り扱って欲しい話題のリクエストも専用フォームより募集しております。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!