「人的資本経営」という宗教について考える(おかわり)
「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。
御覧いただき、ありがとうございます。
こちらの記事で書きました通り、11月より、noteの毎日更新を再開しています。月曜は「組織と社会を考える日:ドラッカー研究、社会学関係」のテーマとなります。
今回は前回の続きです。
前回は、経営や組織についての現場経験のない、会計つまりは「お金」がご専門の大学の先生が「人」についてレポートしたら、現場がカオスになりそうなレポートになっていた、というお話でした。
このレポートが働き方改革のパワポのように誰も読まなければ、まあ、罪はないのですが、そうではなかったので大変、という話を今回はしたいと思っています。
最初の人材版伊藤レポートでは、最終的な結論としてはおかしなことは言っていません。「第3章 人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素」では、そのタイトル通り、3つの視点と5つの共通要素について語られています。3つの視点とは「経営戦略と人材戦略の連動」「As is‐To be ギャップの定量把握」「企業文化への定着」、5つの共通要素とは「動的な人材ポートフォリオ」「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」「リスキル・学び直し」「従業員エンゲージメント」「時間や場所にとらわれない働き方」となっています。視点の方はともかく、共通要素はなんかおかしいものが混じっている気がします。
まず、「従業員エンゲージメント」ですが、これには日本の従業員のエンゲージメントは低い、というギャロップの国際調査が示されていますが、これは当たり前のこと、という話を下記の記事で書きました。
日本の話をしている調査で日本のエンゲージメントが低いのですから、その低いエンゲージメントがパフォーマンスに影響があったとしても要因として大きいとは思えない。
さらに、次の「時間や場所にとらわれない働き方」については、示されている資料は「テレワークをする人が抱える不安」となっていて、パフォーマンスが上がっている事例にはなっていません。
というように、詳しく読んでいくと、この資料の「5つの共通要素」というものに妙に具体的なものが混じっていることに違和感も覚えます。
ここでちょっと時系列に並べてみたいと思います。
2014年8月 「伊藤レポート」経済産業省
2017年3月 「働き方改革実行計画」(官邸資料)
2017年10月 「伊藤レポート2.0」経済産業省
2020年9月 「人材版伊藤レポート」経済産業省
「働き方改革実行計画」についてはこちらの記事で解説しました。
この3つのレポートについて、「日本企業のイノベーション」という点から比較しますと、少しおかしなことがあります。
2014年8月 「伊藤レポート」経済産業省
最もイノベーティブな国である日本の収益性が低いのはなぜか?
2017年3月 「働き方改革実行計画」(官邸資料)
日本企業がイノベーションを起こせていないのは、人手不足への不安により、省力化や合理化に投資が集中しているからだ、だから、労働参加率を上げることにより、人手不足への不安感がなくなれば、革新分野にも投資が回り、付加価値生産性が上がるだろう
2017年10月 「伊藤レポート2.0」経済産業省
企業のビジネスモデルを動かし、イノベーションを生み出すのは人材、人間力である。人材を獲得・育成するための「投資」 を企業としてどのように把握・評価し、投資を実行するかは、企業戦略の要であり、 投資家が企業の実行力を評価する上でも重要である。
2020年9月 「人材版伊藤レポート」経済産業省
多様な個人ひとりひとりや、チーム・組織が活性化されていなければ、生産性の向上やイノベーションの創出にはつながらない
あれ?
最初の伊藤レポートでは、日本という国は世界で最もイノベーティブである、と言っていました。この伊藤レポートは伊藤先生の専門分野である会計や株価の話のレポートですから、伊藤先生の研究成果と言ってもいい。しかし、人材版では、日本でイノベーションが創出されるには人の要素が重要、という話になっている。つまり日本は足りていない、イノベーティブではない。
もし、人材版の主張を認めるなら、日本はイノベーティブな国ではあったが現在はそうではないことになり、そうなると、最初の伊藤レポートの問いが無効化されてしまう。かつての日本はイノベーティブであったので収益性が高かったが、現在はそうではない、という話になる。となると、投資家との対話以前の問題だよね、となってしまう。
しかし、間に「働き方改革実行計画」がはさまってくると、少し見方が変わってきます。実は昔、人材育成学会という学会に出た際に、政府系の方が講師にいらっしゃって「働き方改革2.0」についての話をされ、残業時間にばかりフォーカスされてしまった「働き方改革」の本当の狙いはリスキリングだよ、というようなお話を伺ったことを覚えています。確かにその頃、「働き方改革2.0」の資料が出た気もしますが、既に官邸資料は残っておらず、「働き方改革」も厚生労働省管轄になっています。
これは憶測ですが、「働き方改革」が労働時間の削減、というテーマで展開している限りにおいては厚生労働省管轄で良いのですが、イノベーションを起こす、という話になると経済産業省の管轄、ということで、経済産業省が動いたのではないかな、という気がします。
この伊藤レポートを最初に見たときからの違和感は、これは、本当に大学の先生の手によるものなのだろうか、それとも、経済産業省の役人が作ったものではないだろうか、というものでした。
ということで、この伊藤先生ってどういうタイプの方なんだろう?という疑問が次に湧いてきました。
すると、こういう気になる記事が出てきました。
「投資家の間では伊藤氏が社外取締役を務める企業は『伊藤銘柄』と呼ばれていて、不祥事が起きるリスクがあるため危険視されている。当初は伊藤氏が関わった企業で不祥事が起きることに同情する声もありました。しかし、実態はそうではない。不祥事を起こす会社が伊藤氏を社外取締役に選任することを好んでいるのではないか。時代錯誤の経営者ほどコーポレートガバナンスなどという名の「監視」を避けたがります。耳触りのいいことしか言わない社外取締役がそうした経営者から好まれるのです」
経済ジャーナリストの井上久男氏もこう指摘する。
「『ミスター社外取締役』や『コーポレートガバナンスの大家』と言われる伊藤氏を社外取締役に据えておけば、株主や投資家に対して、ガバナンス改革に積極的に取り組んでいるように取り繕えます。実際のところ、企業は伊藤氏を『広告塔』として利用しているのではないでしょうか。私は社外取締役に伊藤氏を選ぶ会社側に問題があるように思います」
ここから読み取れるのは、伊藤氏が社外取締役として複数のお仕事を得ている、ということ、そして、伊藤氏は社外取締役として厳しいことは言わない人として認知されている、ということです。
つまりはとても優しい人で、そしてどちらかというと自分にスポットライトが当たるのが好きな人、重要な役職なども大好きで、少なくとも陰でコツコツと研究し続けるタイプではないかな、という気がします。
この「厳しいことを言わない」というのが、「伊藤レポート」と「人材版伊藤レポート」との主張の差を受け入れているところに表れているように思います。座長というポジションが学者としての主張の一貫性よりも勝る、こういう人だからこそ、経済産業省のお抱え先生のポジションを得ることに成功した、とも言えるのではないかと思います。
この仮説でもうひとつ納得できるのは、人的資本経営について、様々なコンサルが書いている本はたくさん出ているのですが、肝心の伊藤邦雄先生が関わった本が一冊も出版されていないことです。もちろん、インタビューに答えた記事などはありますが、一貫性のある研究書や解説書はないのです。伊藤先生も、別に自分が研究者として人的資本経営を主張しているとは認識していないし、自分が「人的資本経営」の広告塔であることは良いとしても、それを自分の研究成果とするのは、他人のものを横取りするような感覚があるのかもしれません。それはそれで立派な態度だと思います。
さて、そうなってくると、この人材版伊藤レポートは、経済産業省が何とか民間に広げたいと思っている政策をねじ込んでいる可能性が出てきました。「エンゲージメント」に関しては、もしかしたら前回、私の意見として書きました「労働基準法が問題」ということを言いたいのだけれども、それは厚生労働省管轄なので言えないので、こっち方面から攻めているのかもしれません。「テレワーク」はなんで推奨したいんでしょうね。よくわかりません。
はい。というところまでが「人材版 伊藤レポート」の1.0、つまりは2020年9月の段階までの話になります。
次回は、2022年5月に公開されました「人材版 伊藤レポート2.0」を見ていきます。
現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。
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