「人的資本経営」という宗教について考える(キックオフ)
「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。
御覧いただき、ありがとうございます。
こちらの記事で書きました通り、11月より、noteの毎日更新を再開しています。月曜は「組織と社会を考える日:ドラッカー研究、社会学関係」のテーマとなります。
最近の日本の人事関係の流行り言葉にケチをつけるシリーズというのを実は勝手にやってまして、これまでに、「働き方改革」「1on1」「心理的安全性」についてケチをつけてきました。いずれも本質から外れたバズワードと化して広がっていくところに特徴がありました。
今回、取り上げるのは「人的資本経営」なる言葉です。調べてみると、これまた厄介な広がり方をしている言葉であることがわかりました。
もちろん、御存じの方も多いかと思うのですが、この言葉が広がったのは2020 年9月に経済産業省が出した「人材版伊藤レポート」によるところが大きいです。これは2022年に2.0が出ていて、そのあたりの経緯は経済産業省のまとめサイトに載っています。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/index.html
で、ここでさらに遡ってみたいのは、「人材版伊藤レポート」ということは、「人材版」ではない「伊藤レポート」もあるはずです。
ということで調べたらありました。こちらは2014年8月のものです。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/
「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト、とあります。
こちらの冒頭にあります「基本的な問題意識とメッセージ」から引用してみます。
パラドックス-世界で最もイノベーティブな国の「持続的低収益性」
世界で最もイノベーティブな国、あるいはイノベーション創出能力を持
つ国はどこか。この問いに対しては様々な統計調査や有識者の見方があ
るが、日本がその最も有力な国の一つであることは間違いないだろう。
では、最もイノベーティブな国の企業の収益力はどうか。収益力の代表的
な指標である総資産利益率(ROA) や売上高営業利益率(ROS)等を見ると、日本企業と欧米企業ではほぼ倍の格差があり、この傾向が 20 年にわたり続いてきた。最もイノベーティブと見られてきた日本企業が、持続的な低収益性というパラドックスに陥っているのである。これほど解きにくいパラドックスを抱えている国は日本以外にない。この問題に正面から取り組まなければ、持続的成長に向けた方策を見出すことはできない。これが本プロジェクトの出発点である。
既に初めからひっかかるのですが、1段落目で「日本が世界で最もイノベーティブな国の最も有力な国の一つであることは間違いない」と言っていますが、なぜか2段落目では日本が「最もイノベーティブな国」になっています。国語のテストならひっかけの選択肢のようです。そしてその続きの文章では、この定義をもとに、「持続的な低収益性というパラドックスに陥っている」と言い切っています。この流れでこれが出発点というのは、ちょっと何か変な宗教団体に誘われているような気分になってきます。
ここまで読んでみて、この文書はもしかしたら、結論ありきの文書なのではないか、と思いました。大学の先生の文章というよりは役人の文章のようです。前に紹介した「働き方改革」のパワポと同じような論理展開に思えてしまいます。
とはいえ、とりあえずこの文書は短期投資ではなく長期投資を促すために企業と投資家の対話を、みたいな話になっていまして、まあ、「お金」の話に終始して、比較的穏やかな結論にはなっています。その後、2017年10月にはこのレポートの2.0が出され、2014年の「伊藤レポート」の成果を「こうした一連の取組みによって、資本生産性向上や対話・エンゲージメントに向け た企業や投資家の意識改革が進みつつあることは間違いない。」と自画自賛した上で、「本研究会での検討は、一連のガバナンス改革や対話・エンゲージメントの実践が企業経営者や投資家の判断・行動に組み込まれ、自主的・自発的な「協創」が次々に生み出される水準に移行するための道筋を示そうとするものである。」と書いてあり、ああ、研究会を継続したかっただけなんだな、と思ってしまいました。ちなみに、この2.0では「お金」の話として「人材に対する投資」の話が出てきています。
ここまで見てきてお気づきかと思うのですが、話題となっているのは「株価」の話です。実際、座長である一橋大学の伊藤邦雄教授は会計学者であり、専門分野はお金の話。人の専門家ではありません。
ちなみに余談ですが、2016年の「働き方改革」では、
日本企業がイノベーションを起こせていないのは、人手不足への不安により、省力化や合理化に投資が集中しているからだ、だから、労働参加率を上げることにより、人手不足への不安感がなくなれば、革新分野にも投資が回り、付加価値生産性が上がるだろう、というロジック
になっていて、こちらは日本企業がイノベーティブではない、という話になっていました。混乱しますね。
そしていよいよ2020年に出されたのが「人材版伊藤レポート」なわけですが、その冒頭を読むとこんなことが書かれていました。
「企業価値の持続的成長を実現するため、わが国では 2010 年代に入ってコーポレートガバナンス改革が進められている。重要な事実は、企業価値の主要な決定因子が有形資産から無形資産に移行していることである。無形資産の中でも人的資本は経営の根幹に位置づけられるべきものである。その意味で人的資本の価値創造は企業価値創造の中核に位置する。にもかかわらず、平時や順境にあるときは、人的資本に関わる問題を本質的に捉え、抜本的に考え直す姿勢がどうしても弱かった。しかし、それではグローバルな企業価値競争の世界で淘汰されてしまうだろう。コロナ禍は、「常識」を疑い、「慣性」に抗い、大きな変化のムーブメントを起こす好機でもある。これからは、人的資本の価値を最大限に引き出す方向に創造的かつ柔軟に変われる企業と、そうでない企業との間には、埋めがたいほどの企業力の差が生ずるだろう。」
予言者の文章のようで、何を言っているのかよくわかりませんw
特にわからないのは、「無形資産の中でも人的資本は経営の根幹に位置づけられるべきものである。その意味で人的資本の価値創造は企業価値創造の中核に位置する。」の文章。「人的資本」を「企業価値創造の中核に位置」づけたいという意図はわかるのですが、ただ主張しているだけで何のエビデンスも書かれていません。
そもそもこのレポートの研究会の名前が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」なのですから、これも結論ありきの研究会なのでしょう。宗教ですね。
では、その宗教はどんなことを言っているのか?
変革の方向性についての主張は6つあるようで、並べてみます。
(1)人材マネジメントの目的:“人的資源・管理”から“人的資本・価値創造”へ
(2)アクション:“人事”から“人材戦略”へ
(3)イニシアティブ:“人事部”から“経営陣・取締役会”へ
(4)ベクトル・方向性:“内向き”から“積極対話”へ
(5)個と組織の関係性:“相互依存”から“個の自律・活性化”へ
(6)雇用コミュニティ:“囲い込み型”から“選び、選ばれる関係”へ
よくわからないので、(1)を引用しつつ、見ていきます。
(1)人材マネジメントの目的:“人的資源・管理”から“人的資本・価値創造”へ
人材は、これまで「人的資源(Human Resource)」と捉えられることが 多い。この表現は、「既に持っているものを使う、今あるものを消費する」ということを含意する。このため、「人的資源」という捉え方を出発点とすれば、マネジメントの方向性も、「いかにその使用・消費を管理するか」という考え方となり、人材に投じる資金も「費用(コスト)」として捉えられることとなる。
しかし、人材は、教育や研修、また日々の業務等を通じて、成長し価値創造の担い手となる。また、企業が目を配るべき対象は、現在所属している人材だけではない。事業環境の変化、経営戦略の転換に伴い、必要な人材を外部から登用・確保することも当然ありうる。
このため、人材を「人的資本(Human Capital)」として捉え、「状況に応じて必要な人的資本を確保する」という考え方へと転換する必要がある。こうした捉え方の下では、マネジメントの方向性も「管理」から人材の成長を通じた「価値創造」へと変わり、人材に投じる資金は 価値創造に向けた「投資」となる。
経営について学んだり考えたりしたことがある方であれば、この文章が途中から何かわけのわからないことを言い始めていることに気づかれると思います。
最初の「人件費がコスト扱いされる」は、まあ、いいとして、また、人への投資が企業の成長に必要なのもわかるとして、なぜ、「状況に応じて必要な人的資本を確保する」という発想になるのか?
まあ、もともとの考え方が会計学から来ているから、というのがその答えではないかと思います。
「人的資本経営」というのが、「企業にとって人は財産」という意味なのかと思いきや、実はその中身は「必要な人的資本は金で買える」と言う意味であったことがここでわかります。言い方悪いですが、人身売買的な発想ですね。これって日本が非正規雇用者をたくさん雇ったせいでナレッジマネジメントに失敗したロジックと同じ気がします。
全文は引用しませんが、(3)で書かれていることも結構、すごくて、「同一の雇用慣行、人材戦略で運営されてきた企業においては、人事部は管理部門として人事施策のオペレーションを中心に担ってきた。」と書かれています。いやいや、管理部門と工場と両方対応してる企業とかいっぱいあるやん、とツッコミ入れたくなります。「今後、この役割を大胆に見直し、ビジネスの価値創造をリードする機能を担っていく必要がある。」と続くのですが、困ったことに、その後で、「経営陣のイニシアティブでこうした状況を打破し、持続的な企業価値 の向上につながる人材戦略を再構築する必要がある。」と書いており、CxOの面々が介入しなさい、と書かれています。
つまり、これまで日本企業を支えてきた人事部の役割否定と、現場のわからない経営層が人事戦略を決めなさい、と言っていることになります。
通常の考えであれば、「同一の雇用慣行、人材戦略で運営されてきた企業においては、」それも可能でしょうが、逆に、例えば事業毎とかに雇用慣行、人材戦略を変えるのであれば、それは現場に権限移譲して任せた方がいい。経営層の仕事はルールや仕組みを作ることにとどめるべきでしょう。
最初に言っていた「状況に応じて必要な人的資本を確保する」を「同一の雇用慣行、人材戦略」ではない企業がやる際に、人事部という専門部隊に任せずに、トップダウンで意思決定しなさい、と言っています。これはきっと組織のことがわかっていない人が考えたのだろうな、と思ってしまいます。
おそらくこのレポートには大前提があって、それが日本の雇用制度をがっちり固めている労働基準法です。その労働基準法が終身雇用を前提に作られているので、これを改正して、企業がいつでも従業員を解雇できるようにしないと「状況に応じて必要な人的資本を確保する」と言っても、増やすことはできても減らすことができないのですが、それには言及しないでレポートしているので、こういうわけのわからない話になるのかな、と思います。
終身雇用なんてもはや幻想になっている、という話はこちらの記事で書きました。
ということで長くなりましたので続きは別記事にしますが、経営や組織についての現場経験のない、会計つまりは「お金」がご専門の大学の先生が「人」についてレポートしたら、現場がカオスになりそうなレポートになっていた、というお話でした。
このレポートが働き方改革のパワポのように誰も読まなければ、まあ、罪はないのですが、そうではなかったので大変、という話を次回はしたいと思っています。
現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。
ご意見・ご感想・記事で取り扱って欲しい話題のリクエストも専用フォームより募集しております。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!