<ビヨンセ日本盤解説者のゆるレポ>ビヨンセ『カウボーイ・カーター』ワールドツアー5月28日(水)NJ公演@MetLife Stadium

NY-パリ間を往復できる値段で前売り当日に買ったチケットを振りかざして挑んだ『カウボーイ・カーター』NJ公演。願いも虚しく当日は雨模様。2週間前まで日本にいたため、右ハンドルの記憶がまだ新しい中、NJまでわざわざ自ら運転し、渋滞嫌い、雨に濡れるのはもっと嫌いだというのに、溢れんばかりのビヨンセ愛をダダ漏れさせ、車内BGMはもちろん同アルバムを爆音でかけながら。ラッシュアワーのマンハッタンを横切るだけでアルバム全曲が聴けちゃうくらいの渋滞っぷり。マンハッタン橋からカナルストリートを横切り、ホランドトンネルに入るまでに1時間以上かかってましたわよ。ヨガと鍼に通ってなかったら窓開けて怒鳴り散らしてたわ。

ビヨンセのワールドツアーは皆勤賞だが、バークレイズセンターのような屋内ヴェニューでは収まりきらなくなった頃から特に(ウェブスター・ホールでコンサートをやってた時代もあったことが信じられない)、彼女のコンサートはただのコンサートの域を超えたように思う。宗教をもたない人々にとってのメッカ的な。だからみんな正装をしてくるわけだが、それが毎回アルバムのテーマに合わせた衣装なのが本当に楽しい。アフリカ回帰の時もあればジェンダーレスでギャラクティックなスペース・カウボーイな時もあり。今回はもちろんアメリカ〜ンなカウボーイ。ありとあらゆる人種・年齢・性別(性別不問も含め)の人間がカウボーイハットとカウボーイブーツを身につけて一堂に会する光景は世界でもここだけだろうと断言。カウボーイハット&カウボーイブーツ協会は盾でも送るべきだ。

靴擦れ必至のカウボーイブーツはクオリティ・オブ・コンサート鑑賞に悪影響とみて履かず。
私は同アルバムの発売日にいきなり渋谷タワレコに登場したという超サプライズ来日の際、AMBUSHが100枚オンリーで作ったという超レアな限定「トウキョウ、TEXAS」Tシャツをスーシーakaおしゃべりボーイに色々賄賂を送り無事ゲットしてもらっていたので、みどり(娘)がハロウィンのコスプレ用に買ったスパンコールのアメリカ国旗仕様カウボーイハットと合わせ、ビヨンセ神の降臨に相応しい装いを、と意気揚々とメッカに着用していったのだが、結局はポンチョの下に隠れてしまいただの自己満足にしかならなかった。もっとドヤ顔してオラオラ歩きたかったわ。でも宗教というものは見せびらかすものじゃないからね(強がり)。スタジアムに集った何万人のビーハイブも基本的には全身ポンチョの上にちょこんとカウボーイハットを被せた姿で、それでも満面の笑みでお参りしていた。駐車場からスタジアムの席にたどり着く前にすでに靴擦れで酷い有様になってるカウガールたちもたくさんいたが、それもご愛嬌。「そこにいられるだけで有難い」という気持ち。これって古の庶民が憧れの熊野古道を歩いた時の「苦しいけど幸せ❤️」と思ってた(に違いない)感情と似ているんじゃないかと。
実際、「アメリカン・レクイエム」でショウが幕開けた時、私も含めそこらじゅうのビーハイブは涙を流していた。思えばシラフでずぶ濡れのコンサートなんて初めてじゃないかと思うんだが(注:若い頃の屋外レゲエコンサートなどの細かい記憶は酔っていて覚えてない)、先週雨天で中断が続いたオータニの試合でちょい濡れして学んだ教訓(とりあえず防水大事&ヒートテック穿いとけ)が即効で生きた。どうせ雨みどろになるんだし、とすっぴんで参戦したのも五十路の自然体(ビヨンセ用語でいうところの「Cozy」)ってことで。

与えられるものでも奪うものでもなく。粛々と実践あるのみ。
アメリカをアメリカたらしめていたはずの「自由」や「平等」の理念が信じられなくなっている今だからこそ、想像していたようなアメリカ国旗だらけのビジュアルには違和感を感じてしまうのかな、と思ってはいたが、2曲目の「ブラックバード」の後でいきなり空気がガラリと変わり、そこに飛び込んできたアメリカ国家の斉唱(ギターが唸りまくる演出が、雨模様と相まってか、行ったこともないウッドストックのジミヘンのパフォーマンスとカブってしまいまた感涙)と、その背後の大スクリーンに掲げられた「Never ask permission for something that already belongs to you(拙訳:すでに自分の中にあるものについて、許可を求める必要はない)」のメッセージ、そしてそのメッセージが掲げられたその直後、スクリーンに大写しになったビヨンセが、あの唇をひん曲げた「不遜」な表情をする、という演出で腑に落ちた。
自由も平等も、与えられるものではなく、それはすでに自分の中にあるのだ。
これに気づかされ、拳を握りしめたその瞬間、お次はいきなり「フリーダム」!大統領選の際、カマラ・ハリス陣営のキャンペーンソング的に再注目され売上がガン上がりしたと言われるあの血湧き肉躍るフリーダムソングを持ってくることで、ビヨンセは一言も発することなく政治的なメッセージを伝えることに成功した。この幕開けだけでずぶ濡れも渋滞もどうでも良くなったし、メッカにお参りするということはこういうことなのよ!!!とそこらじゅうのカウボーイハットを被った信者仲間たちの背中をバンバン叩いて回りたい気分だった。

長女ブルーと、本作収録の「プロテクター」で”デビュー”した次女ルミが揃った
ノウルズ・カーター家2世代の図。
ここから先の構成としては、『カウボーイ・カーター』の収録曲はほぼ全曲パフォームし、その途中途中で『ルネッサンス』や過去のヒット曲(デスチャ時代も含め)を新しいアレンジで挟み込んだりしつつ、前ツアーからさらにステージングやダンスの能力を飛躍的に伸ばしつつある長女ブルーのお披露目タイム、そして「プロテクター」でデビューした次女ルミも登場し、全会場がアンティ(おばさん)化するというお約束のほっこりタイムもしかと指差し確認した。セットチェンジの度にスタッフが総出でステージにモップをかけていたので、いつも楽しみにしているビジュアル要素がよりゆっくりと味わえたのも良かった。
ビヨンセよりももっと、ずっと前からカントリーミュージックを演奏してきた数々の黒人ミュージシャンたちのみならず、ビヨンセが今こうして活動できているという社会的基盤を可能にした名も無き先駆者たちに捧げるオマージュから、黒人女性バイオリニストによるソロ演奏、床に届きそうな長いブレイズ姿の黒人女性によるリバーダンス(秒速の足捌きで大声援が起きた)、見惚れてしまうようなしなやかな体躯を大きく使ったバックダンサーの先鋭達によるモダンダンスなど、このアルバムでも繰り返された「ジャンルって何?」という問いを投げかける演出が素晴らしかった。「○○だから△△じゃないといけない」「それはXXっぽくないんじゃね?」的な「決めつけ」「思い込み」「予定調和」が世の中を、そして自分自身をどれだけ縛り付け、苦しめているのか、そんなことをさらりと気づかせてくれるところにこそアートやエンタメの存在意義があるのだ。
セットチェンジの合間のバックスクリーンで、主に保守メディア発と思われるニュースキャスターや赤いMAGA帽を被った「ご意見番」たちの(顔にはモザイクがかけられていたが)、ビヨンセがカントリー音楽を演奏することに対し散々文句を垂れ流す光景が次々と流れると、会場からの大ブーイングが沸き起こり、そこから『ルネッサンス』収録の「アメリカ・ハズ・ア・プロブレム」に流れる構成なんかもお見事だった。分断を煽ること自体が己の器の小ささを知らない愚か者の仕業。少なくともあの会場の中には同胞愛しかなかったし、誰もが思い思いの晴れ姿で心から楽しんでいる様子には分断を企む独裁者の入り込む隙など1ミリもなかった。
そしてありとあらゆる「ウェスタン調」の衣装や世界観をビヨンセらしく再構築したかっこよくてセクシーなヴィジュアルは、それだけで一つの作品としてどこかでゆっくり座って堪能したいと思ったし、カットオフデニムにビキニ+カウボーイブーツ姿なんてもう30年くらい封印していた自分でも「….着ちゃう?」と思い惑わせてくれるほどメッカの影響力はすごかった(笑)

三人の子持ちでも、土砂降りの雨の中でもビヨンセは黄金のロデオを乗り回しながら
平然と歌い上げるというエンタメの女神っぷり(と体幹)を見せつけた。

観客もずぶ濡れなら当然ビヨンセもずぶ濡れ。いつもならまっすぐに伸ばしたブロンドを風になびかせるところが、雨で縮れてボリュームを失った髪を振り乱し、手加減しているようには思えない迫力でステージ狭しと動き回り、時には黄金のロデオにまたがり、前後に激しく揺られながらも乱れ知らずの鉄板の歌唱力(と体幹)を誇示。さらにここ最近のツアーではすっかりお馴染みになった「宙吊りビヨンセ」タイムでは、まずは馬の蹄の形をしたゴンドラで1回、そして次は真っ赤なアメ車でアリーナ席の真上をゆっくり旋回するという大掛かりな仕掛けで2回と、お腹いっぱいのサービスっぷりだった。


日本のデコトラ文化は国内よりもよっぽど海外の方が敬意を持って認識されている。
デコトラTシャツ欲しい。
蛇足ながら、最近よく見かけるようになってきた光景として、ステージから程近い席(といっても立ち見なわけだが)を確保した大ファンがポスターにメッセージを書いて掲げ、ステージ上からビヨンセに読み上げてもらおうとする試みがあるが、昨夜は「今度生まれる赤ちゃんの性別公開をしてほしい」とビヨンセに大きな封筒を託す、というものだった。コンサートのかなり早い段階でそれに気づいたビヨンセは「後で絶対やるからね!」と宣言し、そしてコンサートの最後の最後で本当にその封筒をファンから受け取り、ステージ上で封を開け、「COWBOY(男の子)」と書かれた紙を読み上げた。(後で知ったところによると、それはコンサート付きのカメラマンからのリクエストのようだったが。)これはファンにしてみれば一生の思い出になるだろうなぁ。(と言いつつ、私がみどりを妊娠中にビヨンセに取材した時、私のお腹に手を当ててポーズしてくれた記念写真をみどりはとても大事にしているからその気持ちはよくわかる。)
今回は雨がひど過ぎていい感じの写真を撮ることは諦め、老後の楽しみ用に動画ばかり撮っていたので、気になる方はSNSなどで死ぬほどアップされてる素敵なやつを探してみてね。
