ルーブル美術館の運営におけるユダヤ主義
今年1月に、フランスのマクロン大統領は「ニュー・ルネサンス」計画を発表しました。これは、およそ40年ぶりの大規模改修の計画で、改修工事は2026年から開始され、6年をかけて行われるそうです。
新たなエントランスの増設のほか、「モナリザ」専用の展示室が新たに作られるるほか、周辺地域の大幅な改修工事も行われることになっています。

ルーブル美術館はどう変わる?「新ルネサンス計画」を深堀り | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
「モナ・リザ」が専用の展示室に移され、新たなエントランスが建設されるほか、地階展示室の増設や旧式の機械設備の交換、水漏れや温度の問題の解消に向けた工事なども行われる。また、これらに向け、2025年中に国際建築コンペティションを行う予定だという。
ルーブル美術館は、総額およそ7億~8億ユーロ(約1120億~1280億円)とされる工事費用を、入場料収入、パトロンなどからの寄付、ルーブル・アブダビから支払われるライセンス料で賄う計画だ。
この美術館の年間予算は、約3億ドル(約466億円)。大半はチケット販売とライセンス料から得ており、およそ3分の1がフランス政府からの助成金となっている。
そんな矢先の宝石強盗事件でした。
2019年に展示ケースがすべて近代的なものに交換されていますが、実はその前の古い展示ケースのほうがガラスも倍以上に厚く、なんとガラスに異常があるとケースごと下に沈む設計だったとか。
少なくても、今回のようにすぐ破壊されるものではなかったそうです。

この展示ケースの変更には、2013年から2021年までルーブル美術館長を務めたジャン・マルティネスJean-Luc Martinez氏が関わっていました。
ジャン・マルティネス氏は、古代ギリシャの彫刻を専門とする考古学者です。2017年11月にアラブ首長国連邦に開館したルーブル美術館アブダビは、彼のリーダーシップの下で完成しました。
ルーブル・アブダビ(UAE)
ルーブル アブダビは、アブダビ文化観光局が監督する UAE の国立博物館です。当局の目的は、UAEの芸術と文化遺産を保存および管理し、ザイード国立美術館、グッゲンハイムアブダビ美術館、ルーブルアブダビ美術館などの観光および将来の博物館プロジェクトの開発。
ルーブル・アブダビは、パリのルーブル美術館とは別の首長国連邦の事業ですが、2007年3月に両国政府によって30年間の協定が署名されました。
ルーヴル美術館の名前の使用料は、30年で5億2500万米ドルだそうです。



このプロジェクトが立ち上がったのは2006年夏でした。
アブダビ当局は、パリのアラブ世界研究所を設計したことで知られる建築家ジャン・ヌーベルを選び、フランス当局との協議がまだ進行中であったため、ルーブル美術館に特に言及することなく、般的な博物館の設計として彼の会社に依頼しました。
ヌーベルの選択は、当時ソロモン・R・グッゲンハイム財団の理事であり、サディヤット島の開発に関するアブダビの顧問であったトーマス・クレンスによって最初に提案されました。
ニューヨークに本部があるソロモン・R・グッゲンハイム財団は、1937年にユダヤ移民の鉱山王ソロモン・ロバート・グッゲンハイムによって設立されました。
彼の兄弟であるベンジャミン・グッゲンハイムは、1912年のタイタニック号の沈没で亡くなりました。
1952年にソロモン R. グッゲンハイム美術館がニューヨーク市のマンハッタンのアッパー イースト サイドの 88番街と89番街の間に開館しました。



2007年3月6日にフランス政府とUAE政府のそれぞれの代表によって協定が署名されました。当時のフランス大統領はジャック・シラク氏でしたが、2007年選挙でニコラ・サルコジ氏が大統領に就任した後、2007年10月9日にフランス議会によって批准されました。
当初は2012年に完成する予定でしたが、UAE首長国の経済戦略の見直しにより遅れ、建設工事は2009年5月に正式に開始されました。
杭打ちおよび実現工事パッケージは、ドイツの専門会社バウアー・インターナショナルFZEに授与されました。
サルバトール・ムンディの行方
ルーブルアブダビは最終的に2017年11月8日に落成しました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『サルバトール・ムンディ』は、2017年11月15日にクリスティーズのオークションで、アブダビ文化観光局を代表して、サウジアラビアのバドル・ビン・アブドラ・アル・サウード王子が4億5,030万米ドルで落札しました。
しかし直後に、彼の親密な同盟者であるサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子の代役入札者であったと報じられ、2018年9月に除幕式は無期限に延期され、2019年1月「どこにあるのか誰も知らず、物理的な安全性に重大な懸念がある」と報道されました。

この絵は2017年のクリスティーズオークション以来公開されておらず、2020年後半からサウジアラビアに保管されており、アルウラに博物館と文化センターが完成するのを待っていると伝えられている。
サウジビジョン2030
ルーヴル美術館保存センター
ジャン・マルティネス氏は、セーヌ川の洪水の潜在的なリスクからルーブル美術館を保護する目的で、フランス北部のパ・ド・カレー県にある古い鉱山の町リエヴァンに移転することを決定しました。
リエヴァンには、メロヴィング朝の埋葬地であったことを示す752の墓が見つかっている。

【セーヌ川の百年洪水】
1910年のパリ大洪水は、1909年から1910年の冬、パリとその周辺地域で平年よりも多くの降雨量が発生し川が氾濫しました。1月28日、水位は平年より8.62メートル(28.3フィート)高い最大高さに達したそうです。
洪水被害の推定額は約4億フラン、現在の通貨で約15億ドルに達した。ある報告によると、洪水はほぼ1週間続いたという。被害の規模にもかかわらず、死者は報告されていない。

ルーブル美術館の保存センターの建設は、リチャード・ロジャース社に委託されました。.このセンターは2019年10月に開設され、ルーブル美術館の25万点の作品を収蔵しています。

元館長のマネロン疑惑

ルーヴル美術館が「盗品購入疑惑」で元館長ら拘束、アートビジネス界に激震 | 男のオフビジネス | ダイヤモンド・オンライン
2022年5月、ジャン=リュック・マルティネス(Jean-Luc Martinez)氏は、2011年の「アラブの春」の混乱に乗じての盗難に見舞われた美術品が美術商や鑑定家の協力を経て、ルーヴル・アブダビが購入した疑いで、同美術館のエジプト部門責任者ヴァンサン・ロンド(Vincent Rondot)、著名なエジプト学者オリヴィエ・ペルドゥ(Olivier Perdu)と共に拘束されました。
問題となっているのは、ルーブル・アブダビに展示されているツタンカーメンの名を刻んだピンク色の花崗岩の石碑など、複数のエジプト古美術品をルーブル・アブダビが総額1520万ユーロで購入したことです。
2018年に文化財の人身売買撲滅中央事務局によって予備捜査が開始され、ルーブル・アブダビを舞台に展開した盗難美術品密売およびマネーロンダリングに関与した疑いにより、「犯罪者詐欺と資金洗浄の共犯」の罪で起訴に至っています。
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ちなみに現在のルーブル美術館館長のローレンス・ド・ペルス・デ・カーさんは、貴族のペルスデカール家の出身です。


インタビュー:ルーブル美術館の強盗事件:残りの宝石は移送される…
ルーブル美術館友の会
ルーヴル美術館友の会は、同館のコレクション拡充や修復プロジェクトを支援する民間団体で、フランスの文化界において大きな影響力を持っています。
ルーヴル美術館友の会は、1897年にロラン・ボナパルト、アイザック・デ・カモンド、アンリ・グレフル、カミーユ・グルト、エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドを含む著名人と慈善家によって設立された。
約7万人の会員がおり、寄付金と会費により毎年300万ユーロを美術品の購入に充てている。
創設者アイザック・デ・カモンドは、ユダヤ人の銀行家。
カモンド家は、スペインのユダヤ人追放後にヴェネツィアに定住したファルディ系ユダヤ人。
1867年にイタリア国王はイタリア鉄道への資金提供における功績への感謝として、カモンド家に伯爵の称号を授けました。


カモンド家は、オスマン帝国(現・トルコ・イスタンブール)を起源とするユダヤ系の金融財閥。イタリア統一に資金援助したことによりイタリア王国初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世より伯爵を授与された。トルコ、フランスの銀行家として繁栄したが、二度の大戦により断絶した。
美術収集家として知られたアイザック・デ・カモンドは、1897年頃から膨大なコレクションの一部を生前、使用権を条件にルーブル美術館に寄贈しました。 ルーブル美術館には彼の絵画159点が所蔵されています。
彼の印象派絵画コレクションはオルセー美術館に所蔵されています。


オスマン帝国は1891年から1895年まで、彼をパリ総領事に任命しました。
また 1889年のパリ万国博覧会のイタリア委員会の委員長も務めました。
1911年に死去すると、コレクション全体がルーブル美術館に寄贈され、1914年から同美術館で展示されています。
モナ・リザの盗難(1911年)
1911年、アイザック・デ・カモンドの死後、ジャーナリストで1899年から友の会事務局長だったレイモンド・ケクリンが会長に選出されました。
1911年8月21日にルーブル美術館から『モナ・リザ』が盗まれた事件は、『モナ・リザ』が世界中で知られるようになったきっかけにもなりました。当時『モナ・リザ』は、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品のなかでさほど重要なものとされていませんでした。


当時のルーブル美術館は、警備が手薄なうえ入場は無料でした。
盗難が発覚したのは翌日の8月22日。
『モナ・リザ』をスケッチするために訪れたフランス人画家ルイ・ベローが、『モナ・リザ』が展示されているはずの場所にないことを警備責任者に連絡したが、この警備責任者は『モナ・リザ』は宣伝に使用する写真撮影のために移動させられているだけだと思い込んでしまった。
数時間後、ベローが美術館の担当者に再度確認したところ、『モナ・リザ』には写真撮影の予定が入っていないことが分かり、『モナ・リザ』が盗難に遭ったことが発覚したのである。
ルーヴル美術館は一週間閉館となり、盗難の疑いで詩人ギヨーム・アポリネールが逮捕され、パブロ・ピカソも警察に連行されたそうです。
後にアポリネールもピカソも全く事件とは無関係だったことが証明されました。
事件発生から2年後に、かつてルーヴル美術館に雇われたことがあるイタリア人ビンセンツォ・ペルージャが逮捕されました。
ビンセンツォ・ペルージャは、8月21日が休館日であることを知っており、職員が着るような服を着て社員通用口から2人の仲間と館内に潜入し、清掃用具入れの中に身を隠して、サロンド・カレが無人になったタイミングにモナ・リザを上着に隠し持ち出した。彼を従業員だと勘違いした配管工が扉を開けたことで脱出できたと言われている。
彼の目的は、イタリアが失った宝を取り戻すことだったという。
ペルージャは2年間にわたって自身のアパートに『モナ・リザ』を隠していたが、フィレンツェのウフィツィ美術館長に『モナ・リザ』を売却しようとして逮捕された。
ペルージャはイタリアで裁判にかけられたが、愛国者であると賞賛され、投獄されたのは数か月に過ぎなかったそうです。

奇妙なことに友の会の記録は公式の話とは違っています。
会長のレイモンド・ケクリン氏は、泥棒から絵を買い取ることを提案し、新聞で募金活動を発表し寄付を募りました。
2年後、イタリアのフィレンツェの骨董商アルフレド・ジェリがモナ・リザを発見し、億万長者と会員を対象に2回目の募金活動を行なって買戻し、モナリザはルーブル美術館に戻ってきたということになっています。
ルーブル友の会とユダヤ主義
2016年にルーヴル友の会の会長に選出されたルイ=アントワーヌ・プラット氏は、反ユダヤ主義を非難され、2024年夏の再選には立候補しませんでした。
2023年12月ル・モンド紙の記事によれば、美術商でユダヤ美術史博物館館長のニコラ・シュヴェッド氏と美術界の著名人は、ルイ・アントワーヌ・プラ氏が同年に出版した短編集『火の前の時代、そして他の新しいもの』 (Editions El Viso、2023年)に収録されている短編小説『サロンの並木道』の一節を理由に、プラット氏を反ユダヤ主義で非難しました。
この短編には、美術商「ニッキー・シュヴァルツ(Nicky Schwarz)」という人物が登場し、描写が「粘着質で脂ぎった外見」「貪欲」「悪臭」など侮蔑的な表現で語られており、実在のパリの美術商ニコラ・シュヴェッド(Nicolas Schwed)が自らを揶揄した人物として認識し強く抗議しました。
シュヴェッド氏は「ユダヤ」という語が作中で使われていないにもかかわらず、「1900年頃の反ユダヤ的ステレオタイプそのものだ」とコメントしています。
これに対し著者のプラット氏は「全くの虚構であり、誰かをモデルにしたものではない」と否定し、「反ユダヤ主義の指摘は馬鹿げている」「(自分には)多くのユダヤ人の友人がおり、偏見などない」と述べました。
出版社エル・ヴィソ社のニコラ・ノイマン自身もユダヤ系であり、家族がナチス収容所に送られた経歴を持つ人物として「テキストに反ユダヤ的要素は一切ない」と擁護しています。
しかしこの一件は、ルーヴル美術館友の会会長としての倫理的責任問題にも波及し、同協会関係者や美術史家数名がプラット氏への献呈書企画から離脱する事態となりました。
ニコラ・シュヴェッド氏はユダヤ人で、ユダヤ美術史博物館(Musée d'Art et d'Histoire du judaïsme)はユダヤ文化と歴史を専門とする機関。
同じく2023年12月、収集家のピエール・モラン氏は、プラット氏がルーヴル美術館友の会会長の地位を利用して、特定のデッサン作品を不当に有利な条件で購入したと非難しました。
告発の内容(AIによる詳細)
モラン氏の主張によれば、プラット氏はその地位を利用して、一般の収集家がアクセスできないような価格や条件で作品を取得していたとされています。
特に問題視されたのは、ルーヴル美術館が関心を示していた作品を、プラット氏が個人として購入した点で、利益相反の可能性が指摘されました。
この告発を受けて、フランスの文化界では透明性や倫理性に関する議論が巻き起こりました。
プラット氏側は一部の報道に対して反論し、正当な手続きを経て購入したと主張しています。
2023年10月7日以降(イスラエルとハマスの紛争)、反ユダヤ主義的な発言や行為が爆発的に増加しており、フランス内務省によると、2023年10月以降に記録された反ユダヤ主義的行為は1,159件で、これは2022年の年間件数の約3倍に相当しているそうです。

2025年には、反ユダヤ主義との闘いに関する報告書が政府に提出され、小学校からの教育強化や刑事司法の対応強化が提案されました。
フランスにおける反ユダヤ主義の現状- フィリップ・デカン(Philippe Descamps) - ル・モンド・ディプロマティーク日本語版 - 2024年2月号
しかし、フランス人のほとんどはユダヤ人の先祖を持っていると言われているんですが・・・

ルーブル美術館にイスラエルが入り込む
現在のルーブル美術館友の会会長は、元駐米フランス大使のジェラール・アロー氏が務めています。

アロー氏のキャリアは、1982年から1984年までテルアビブ駐在のフランス大使館に一等書記官として初任したところから始まりました。
1987年から1991年までは、ワシントン駐在のフランス大使館参事官として中東問題を担当しました。
1995年、ブリュッセルの北大西洋理事会(NATO)フランス代表団に副常任代表。2000年には外務省戦略・安全保障・軍縮局長に就任。
2003年から2006年まで駐イスラエルフランス大使を務め、2006年9月には外務省政治安全保障局長兼事務次官。
2009年7月15日、安全保障理事会フランス常駐代表および国連フランス代表部代表。2014年は駐米フランス大使に任命され、2019年まで務めました。

2017年の大統領選挙ではエマニュエル・マクロン氏の外交顧問を務めています。
引退後、彼はイスラエルのコンピュータセキュリティ企業NSOグループの顧問となり、またサウジアラビアの政府系ファンドが半分所有するスパイウェア「ペガサス」の通信会社リチャード・アティアス・アンド・アソシエイツにも加わりました。

2021年には「ペガサス」によって、マクロン大統領とジャン=イヴ・ルドリアン外相の電話番号が登録保存されていたとメディアが報じました。
ジェラール・アロー元大使は、高等機関による大規模な検査と、 パリ検察への外国の諜報活動に関する対象となっています。
どうして美術家でも歴史家でもない人が、ルーブル美術館友の会の会長になったのか。
調べれば調べるほど奇妙な話になっていきます。
そしてサルコジ元大統領との関係も。
長くなりましたので、続きは近いうちに。
ではでは。

