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ルーブルから宝石が盗まれる*2025年10月19日の事件(占星術的考察あり)

10月19日に、フランス・ルーブル美術館に展示されている宝石が奪われる事件がありました。 

地元紙パリジャンによると、事件が起きたのは同日午前9時半(日本時間午後4時半)ごろ。
複数の人物がセーヌ川に面した南側の窓から館内に侵入し、「アポロンの間」に入って宝石を奪ったあと、バイクで逃走しました。

公開されたビデオによれば、作業員のようなベストを着た泥棒が、来場者がいる中、堂々と数分で宝石を奪っていきました。


ショーケース前に“不審な人物” ルーブル美術館盗難で新映像(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース

パリ検察によると、覆面姿の2人の人物が作業員のフリをして高所作業車で窓に近づき、電動カッターを使って窓を割ってギャラリーに侵入。
宝飾品9点を奪うと、あらかじめ待機していた2台のスクーターで逃走したということでした。


現れたのはピンクパンサー?

盗まれたのは、19世紀の皇帝ナポレオン3世ウジェニー皇后の宝石コレクションで、首飾りやダイヤモンドなど9点。総額1億200万ドル以上。日本円で155億円。

その日のうちにウジェニー皇后の王冠が、ルーブル近くの側溝で発見されました。犯人が逃走する際に落としたと見られており、破損していたそうです。

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側溝に落ちているのが発見されたウジェニー皇后の王冠の元の姿


ナポレオン3世については、なんどかちょこちょこ書いていますが、皇帝ナポレオン1世の甥にあたり、フランス最後の君主です。

ウジェニー皇后(ウジェニー・ド・モンティジョ)は、メディチ家のアレッサンドロ・デ・メディチ(ローマ教皇クレメンス7世の庶子)の子孫という説もあるようですが、確証はありません。

ウジェニー皇后、盗まれたティアラを着けています。


類似の事件
独宝物館で「戦後最大」の盗難事件 貴重な宝飾品奪われる 写真15枚 国際ニュース:AFPBB News

2019年11月25日、ドイツ東部ドレスデンのドレスデン城にある宝物館「緑の円天井(Green Vault)」で25日早朝、非常に貴重な18世紀の宝飾品の数々が何者かに盗まれる事件が発生した。現地メディアは第2次世界大戦(World War II)後で最大の盗難事件と報じている。

クルーゾー警部、出動せよ

『クルーゾー警部』(Inspector Clouseau)は、1968年製作のイギリス、アメリカのコメディ映画。
『暗闇でドッキリ』と『ピンク・パンサー2』の間に製作されたピンク・パンサーシリーズの番外編にあたり、クルーゾー警部が活躍する。

これを撮影したのは強盗に脅されたスタッフらしいのですが、窓が割られた時点で非常ベルは鳴らなかったのでしょうか?
映画『ダ・ヴィンチ・コード』では厳重警備だったのに、アポロの間は警備がぬるかったんですかね。内部に協力者がいたと疑われています。

さらに驚いたのはこれらの宝石が保険に入っていなかったことです。

ルーブル美術館のローレンス・デ・カール館長は、ルーブル美術館周辺の防犯カメラは性能が悪く老朽化していると語っていました。
犯人らが侵入したルーブル美術館の外壁を監視していた唯一のカメラは、宝石を収蔵するギャラリーに通じる1階のバルコニーとは反対側を向いていたそうです。

仏ルーヴル美術館館長、強盗犯が侵入した窓を映す「監視カメラなかった」 察知に遅れ - BBCニュース


元宝石泥棒が語る:「ルーブル美術館の強盗は内部の犯行に違いない」
「ルーブルが襲われたのは1911年が唯一で、その時はモナ・リザが盗まれた。 でも今回はナポレオン・ルームで、違いはこれが内部の犯行か内部情報に基づいたものでなければならなかったということだ。
ガラスの厚さやアラームの有無をどうやって知ったんだ?
いくつかの方法がある。 これはセミアマチュアの犯行かもしれない、なぜなら彼らは宝石を落としたからだ。 すでにオートバイも捕まっている。

でもこれはピンク・パンサーのスタイルではない。 彼らはスマッシュ・アンド・グラブ(強引な強盗)だ。 今回の場合は一発勝負だった。

盗まれたジュエリーは、簡単に認識できる有名なものが含まれているため、闇市場でそれらを販売することが困難です。
そのままで売るとすぐに足がつくので、バラして加工されることが予想されています。警察も泥棒も時間との戦いですね。

しかし、バラしたり、溶かしたりするぐらいなら、普通に宝飾店を狙ったほうがよいように思います。


コレクターからの依頼なら、原型を保ったままで保管されますね。

もうひとつ考えられるのは、これらのジュエリーが人のように誘拐され身代金請求されている可能性。まるで中世の海賊のようです。
そしてこれは偽旗という意見もあるようです。フランス政府がナポレオン(ボナパルト家)の宝石を狂言誘拐をして、相当する金額をどこかに流そうとしているのでは、ということらしいです。


ルーブル強盗の新しいビデオが公開

泥棒たちがどのように逃げたかのビデオが公開されました。


シオニストメディアによると、アシュケナジ・ユダヤ系のヤーコフ・ペリー氏(元シン・ベト(諜報機関)長官)が率いるイスラエル企業CGIグループが、フランス当局に機密情報を提供しているということです。
犯人はイスラム教徒とか言い出しそう。


続く強盗事件は新フランス革命?

ルーブル美術館の宝石強盗の数時間後、フランス北東部ランドルにある博物館で約9万ユーロ(10万4000ドル)相当の金貨と銀貨約2000枚が盗まれました。
この博物館は、ラングル生まれのフランスの哲学者で百科全書派の中心人物だったデニ・ディドロを記念して2013年10月5日に開館しました。
百科全書(啓蒙思想)→フランス革命

デニ・ディドロ

当局によると、博物館が開館した際、作業員が展示ケースの破損に気づき、警報を発したという。地元当局はフランスメディアへの声明で、コインの選別は「高度な専門知識」に基づいて行われたと述べた。

ラングルの紋章
デニ・ディドロ啓蒙の家

「デニ・ディドロ啓蒙の家」は、シャルル・セバスチャン・ド・ショワズールという人物が1576 年に建てた邸宅と言われています。
その後、デュ・ブレイユ・ド・サンジェルマン家の所有となり(サンジェルマンのモロー デュ ブルイユ ホテル (1820-1923))、1923年にマダム・デュ・ブレイユ・ド・サンジェルマンは、博物館として使用するという条件で、 この建物をラングル歴史考古学協会に譲渡しました。

ラングル歴史考古学協会と名乗ったのは1842年2月18日、その最終法令は1859年に制定され、公益事業の承認も1859年に署名されました。12月24日ナポレオン3世皇帝によって承認。

2009年にラングル市に譲渡され、建物の大規模な修復工事中に、貨幣の財宝( 銀 41kgと金1.5kgを含むコイン2,000枚)とルネッサンス時代の梁の絵画が発見されました。
今回、盗まれたのはこの時に発見された金貨銀貨と思われます。


【そのほかの盗難事件】
先月、パリの自然史博物館から約150万ユーロ相当の金塊6個を盗まれ、中国国籍の女性が逮捕され、現在、公判前勾留されている。

リモージュにある国立磁器博物館から、推定総額655万ユーロ相当の中国製磁器皿2枚と花瓶1個が盗まれ、これらの品々は未だ行方不明で、逮捕者も出ていない。


ディドロについて

パリ6区にあるドニ・ディドロの記念碑、ジャン・ゴートラン作


彼の父ディディエ・ディドロはナイフ鍛冶で、カトリック信徒でした。
ディドロは1725年、12歳でラングルの司教から剃髪を受け、1726年8月には修道院長の称号と聖職服を取得していました。
イエズス会の学校で哲学を学び、1732年にパリのソルボンヌ大学で文学修士号を取得しました。しかし聖職者ではなく作家になることを決意し、この時に父親に勘当されたと言われています。

弟のディディエ・ピエール(1722-1787)は聖職者への道を歩み、ラングル大聖堂の副司教になりました。彼らの叔父であるシャルル・ヴィニュロンはラングル大聖堂の聖職者でした。2人の兄弟の関係は、最後まで対立していたそうです。

ラングルの サン・マメス大聖堂

1749年7月にフランスの検閲当局は、ディドロの小説『懐疑論者の散歩』が危険であるとして、彼を3ヶ月投獄しました。
『懐疑論者の散歩』は、キリスト教会を批判している一方で、反ユダヤ主義であると言われています。

ディドロは作品の中で、当時としては革命的だった無神論の立場を明らかにしました。そのため投獄されましたが、『百科全書』関係者の保護により、数か月後に釈放されました。

1751年、ディドロはジャン・ル・ロン・ダランベールと共同で『百科全書』を創刊。聖書の奇跡に懐疑的な記事を含む世俗的な論調は、宗教当局と政府当局の両方の怒りを買い、1758年にカトリック教会から禁書に、1759年にはフランス政府からも禁書にされました。百科全書はフランス革命の先駆けの一つと考えられています。

1766年、ロシアの女帝エカチェリーナ2世が、彼が『百科全書』執筆中に収集した3,000冊に及ぶ私蔵書を15,000リーブルで買い取り、さらに生前管理人として年間1,000リーブルを支払うことを申し出たことで、彼の運命は大きく好転した。
彼はエカチェリーナ2世から50年分の「給与」を前払いで受け取り、1773年と1774年の5ヶ月間、サンクトペテルブルクのエカチェリーナ2世の宮廷に滞在し、週に数回、様々なテーマについて議論を交わしたり、エカチェリーナ2世のためにエッセイを書いたりした。

ディドロの政治思想は、暴君的な権力によって鎮圧された人々の蜂起の権利を認めており、「結局、人はすべての感情を失い、麻痺し、暴君を崇拝し、その最も残虐な行為を神格化するようになる。そうなると、国家には再生をもたらす大革命以外に資源は残されない。危機が必要なのだ。」と述べています。


ルーブル美術館のアポロの間

ルーブル美術館の前身はルーブル宮殿でしたが、始まりは12世紀に作られた要塞で、ほぼ正方形の建造物でした。

「ルーブル」の由来は不明と言われています。
最初の要塞は、ルパラと呼ばれた土地でした。ルパラは古ラテン語で、たぶんルぺラ=岩でしょう。
またラテン語で狼をループスと言うそうで、昔は狼がいる森だったのかな~と妄想しています。

ユグノー戦争中に断絶したヴァロワ家の後、1589年にブルボン家がフランス王位を継ぎ、アンリ4世(在位1589年 - 1610年)がルーブル城を大改装しました。
城塞時代からの遺構をすべて破却して中庭を拡張し、ルーブルとテュイルリー宮殿を結ぶ長大な回廊の建造計画を推し進めました。

セーヌ川に沿って長さ400m超、幅およそ30mに及ぶこの長大な回廊は、グランド・ギャルリと呼ばれ完成当時で世界最長の建造物でした。
 アンリ4世は、数百人にのぼる芸術家、工芸家をルーヴルに住まわせて芸術活動を後援しました。 この慣習は200年後にナポレオン3世が廃止するまで続きました。

1661年に火災で多くが焼失したため、再建工事が行われ、シャルル・ル・ブランはギャルリ・アポロンの装飾を担当しました。
ル・ブランは、時間と空間を通して太陽の動きをテーマにギャラリ・アポロンを装飾し、ルイ14世をアポロンに重ねて「太陽の王」と賛美しました。



1976年にもアポロギャラリーからシャルル10世の戴冠剣が盗まれており、現在も行方不明です。


ルーブル強盗事件図

窃盗団が潜入したとされる午前9時30分でホロスコープを立ててみました。

窃盗団の代表は、ペレグリンになっている天王星、あるいはペレグリンの海王星が表している可能性があります。
ペレグリンが7ハウスに入っていると悪い働きをすると言われることもあり、ここでは犯人は天王星(逆行中)と見ます。

首謀者は、フランスにとっては敵じゃない?(11ハウス)
天秤座で金星は高揚しています。影響力が大きい人物。
やはりセレブなコレクターかもしれません。そうなると返還される可能性は低いですね。

盗まれたジュエリーが国の文化的な遺産であるので8ハウスが表し、ルーラー水星は1ハウスで火星とコンジャンクション。
盗品は湿気が多い土地。たとえば川のそば。(まさかルーブル?)
捜索されない場所は、外国の大使館や裁判所。教会
と予想しました。
国外には出ていない感じがしますが、出ているとすれば同盟国にあるかもしれません。

不思議なのは、140カラットのダイヤモンド「レジャン」がついたナポレオンの冠は盗まれていないんですよね。

水星逆行が11月10日から始まり~11月30日まで。
盗まれた宝石が発見されるとしたら、水星逆行中かもしれません。


10月19日は「No Kings Day」でアメリカでは大規模デモが行われました。
フランスではどうだったかわかりませんが(No Kingの国だし)、その日に王室の宝石が盗まれたのは、たままたとはいえ興味深いです。

アメリカの「No Kings」デモについてはこちらの記事に書いています。

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ところで私は、2日後のサルコジ氏の収監と、ルーブルの強盗は直接の関係はかったとしても無関係ではないんじゃないかと思っています。
9月に起きた二人の人物の不審死について、別の記事に書きますね。


今日はこのへんで。
最後までお読みくださりありがとうございました。
ではでは。

宝石強盗がこの子だったら許しちゃうなぁ。↓


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