ストレスが限界のとき、ジャーナリングは逆効果?
心理学から見た「書けない日」が教えてくれる回復のサイン
「書くと心が整う」
「ジャーナリングでストレスが軽くなる」
そう言われていても、本当にしんどいときほど、ノートを開けない。
この違和感を抱えている人は、実はとても多いのではないでしょうか。
私自身も、高熱が出たときや、病み上がりで最低限の家事や育児をこなすだけで精一杯な時期には、正直に言ってジャーナリングどころではない、という状況になります。
「書くと楽になる」と頭では分かっていても、その余力すら残っていない。そんな感覚です。
「コーピング」の1手法としてのジャーナリング
心理学では、ストレスに対処するための行動や考え方をコーピングと呼びます。
簡単に言えば、心を守り、立て直すための方法のことです。
コーピングにはさまざまな形があります。
人に話す
休む
体を動かす
考え方を整理する
どれも立派なコーピング(ストレス対処法)です。
ジャーナリング(書くこと)も、その中の一つに位置づけられます。

ジャーナリングは「考える力」を使うコーピング
心理学的に見ると、ジャーナリングは
感情を言葉にし、出来事を意味づけし直すコーピングです。
これはとても有効な方法ですが、ひとつ重要な前提があります。
それは、ある程度「考える余力」が残っていること。
強いストレス下では、脳は生存モードに入ります。
このとき主に働くのは「感じて、反応する」領域で、
考えたり、文章を組み立てたりする機能は一時的にオフラインになります。
つまり、書けないのは、意志の問題ではなく、脳の状態の問題なのです。
コーピングには「使える順番」がある
ここが、今回いちばん伝えたいポイントです。
コーピングは、どれでも好きなタイミングで使えるわけではありません。
心身の状態によって、「使える段階(順番)」があります。

第1段階:神経を鎮める
呼吸を整える
横になる
温かいものを飲む
この段階では、書くことよりも先に心を落ち着かせる必要があります。
第2段階:感情を外に出す
泣く
「つらい」と誰かに言う
単語だけメモする
短く、未完成でOKです。
第3段階:意味づけ・整理
ここで初めて、ジャーナリングが力を発揮します。
多くの「書くと楽になる」という話は、
実はこの第3段階を前提に語られています。
特に0〜3歳児ママは、第1段階に追い込まれやすい
睡眠不足、ホルモン変動、終わらない家事と育児。
幼い子どもを育てる時期は、慢性的にストレスが高い状態に置かれがちです。
その中で「書けない自分」を責めてしまうと、
本来は回復のためのジャーナリングが、
自己否定の材料になってしまうこともあります。
私自身、子供のイヤイヤモードが特に大変だった時期がありました。
体格も大きく、物理的な力も強い。けれど、こちらの言葉はほとんど通じない。
そのストレスから慢性的に疲労していたにもかかわらず、心のどこかで「もっとやれるはず」「なぜできないんだろう?」と自分を責めるような感覚があったのを覚えています。
今振り返ると、それはストレスが限界近くまで溜まっていたサインだったのだと思います。

書けない日は「身体に戻る」でいい
限界の日の合格ラインは、とても低くて構いません。
ノートを開かない
何も整理しない
ただ生き延びる
それで十分です。
回復は、いつも身体から始まります。
ジャーナリングは「戻ってくる場所」でいい
ジャーナリングは、必ず毎日やる課題でも、
限界を救うための道具でもありません。
少し余裕が戻ったときに、また戻ってこられる場所。
あるいは、ストレスを限界まで溜め込みすぎないための、息抜きの場所。
私自身も、ジャーナリングがまったくできない日は
「それだけ疲れているんだな」と自分の状態を知る目安にしています。
そして、また書けるようになったときには、
「少し回復してきたんだな」と感じるようになりました。
書ける日は、
「もう少し回復しているサイン」
それくらいの立ち位置で、ちょうどいい。そんな風に考えてみても良いのではないでしょうか。
