見出し画像

MBTIとジェンダーロールの「ねじれ」について

男社会にうまく適応できない男性。女子会でなぜか居心地が悪い女性。今回はそんな彼らの話です。


1.男女の友情は成立するのか?

 noteを巡回しているとこんな面白い記事があった。伏見ゆらさんの書かれた記事だ。

筆者は「男女の友情」は大好きだし、心から素晴らしいと思う。だが自身が男性であることに負い目や引け目を感じていて、深入りを避けている。

自身は男性なので気を遣って遠慮しているが、本当は気兼ねなく話せる女性の友人が欲しかった。世の中の男性でこういう人は存外多いと思うので、面白い着眼点だなと思った次第だ。

①筆者の持論

 筆者の意見は決まっていて「女性がそれを認める場合成立する余地がある」というものだ。つまり男女の友情の開始─継続─終了に至るまでの決定権は女性側にあり、男性はそれを受け入れるしかないというスタンスになる。

多くのパターンとしては、気のない男性・女性同士が何となく気が合って、どちらかが恋愛感情を持ってしまったり、どちらかに恋人ができたり結婚してしまったりで終了するケースが多いように思う。

ただし現実的な話として社会関係資本に恵まれやすく、恋愛強者なのは女性側であるし、最近はハラスメント・コンプライアンス意識も敏感なので、全体としては女性側が主導権を持つことが多いんじゃないかと思う。女性が一度「ナイ」といったら男性は抗弁できないだろう。

②本音としては‥‥

 ただこれは建前的な話で、筆者個人としては男女の友情は素晴らしいと思う。筆者はINFJということもあり、感性や適性が女性寄りなのである。性自認こそ男性だが女性の方が明らかに話が弾みやすいのだ。

女性側のコミュ力が高くて話を合わせてもらっている可能性もあるが、筆者は女性と話している方が気が楽だし共通の話題も見つけやすい。これは筆者のnote上のスタンスや人隣り、伸び方を見ると何となくわかると思う。

逆に普段置かれている職場環境がST型・SP型の色が濃く、心理機能でいえば外交的感覚Se・外向的思考Te一辺倒になりなすいため、男性社会の価値観が合わないのかもしれない。Seは個人主義だしTeは競争主義なので、チームワークや協調性を持ち味とするFeユーザーはかなり微妙な感じになる。

③ジェンダーロールのねじれた人

 筆者の性自認はあくまで男性だし、恋愛対象も女性である。男性であることに生きづらさや不自由は感じているが「自分が男性であることが気持ち悪い!耐えられない!」という程ではないし、女性のファッションやメイクに詳しいわけでもない(占いと宝石は多少詳しいが‥‥)

トランスジェンダーという程大げさなものではないけれど、こんな感じで「ジェンダーロールのねじれた人」って意外と多いのかなと思う。MBTIのタイプであえて名指しするならば‥‥

男性のISFJ・ISFP・INFJ・INFP
女性のESTJ・ESTP・ENTJ・ENTP

このタイプに該当する男女はジェンダーロールがねじれやすいんじゃないかと思う。同性コミュニティの居心地の悪さから「男女の友情」を望んだり、心地よさを覚える人が多いのではないだろうか。

筆者がこれを痛感したのは中高時代の部活動と、大学卒業後に受けた公務員試験だ。既に終わったことだし、性別を言い訳にするつもりもないのだが、自身が女性であれば別の未来・別の可能性もあったんじゃないかと思っていて、これは今でも地味に引きずっている。


2.MBTIと外部環境

 MBTIは8つの心理機能の順番で性格特性を決めていく類型論なので、外部環境は考慮しないのが本来だ。だからそれ自体に優劣はないし、能力の高低も結びつけるのもナンセンスといえる。タイプや心理機能と生きづらさを結び付けるのは本来の趣旨でいえば邪道だろう。

ところがMBTIは自己理解ツールとしての要素を帯びる。そしてツールとして有効に活用しようとすると、どうしても外部環境の影響を考慮せざるを得ない。MBTIをより実践的に活用しようとすると部分社会ごとにローカライズされることとなり、その結果として解釈の問題が生じてしまう。

たとえば筆者blueは日本の関東地方に住んでいるサラリーマンである。小中高はパッとせず、東京の大学に進学してぼっちとなり、新卒就職活動でコケて、中小企業でけちな営業職をやっているのだが、筆者のMBTI観はその世界認識をベースにローカライズされ、それをもとに解釈される。


筆者はnoteで劣勢機能Seは生きづらいとか、INFJ・INFPは人生ハードモードとか、まことしやかにうそぶいているが、なぜかリアルに聞こえてしまうのはローカライズとその解釈が近いからだろう。学校や職場といった人間関係や組織社会(=外部環境)のイメージ認識が近いのだと思う。

MBTIをある程度理解していて、同じような人間関係・組織社会に身を置いていると結局似たような解釈に至ってしまうため、リアルに思えてしまうというカラクリである。いわば人生観の一致といったところだろうか。

①MBTIとジェンダーロール

 私たちを取り巻く外部環境の中で一際存在感が大きいのはやはりジェンダーロールだろう。人は大なり小なり「男らしく」「女らしく」のくびきと縛りの中で生きている。医者や経営者、政治家、宗教家といった性別が大きな意味を持つ家は尚更だろう。

MBTIとジェンダーロールは当然ながら別個の概念であり、結び付けて考えるべきではない。そしてジェンダー論はMBTI以上にセンシティブな議論であり迂闊に触れない。しかし敢えて言うならば、MBTIを語る上でジェンダーロールは考慮すべき外部環境として決して無視はできないと考える。


たとえば男性INFPと女性INFP、あるいは男性ISFJと女性ISFJのように、同じ性格でも性別によって社会的な扱いが大きく異なるタイプは現にあるので、ジェンダーロールの影響を強く受けた結果、同列に語れないケースもあると思っている。

もちろんタイプも性別も本来優劣はない。女性がイージーモードで男性はハードモードとかそういう幼稚な話をするつもりもない。しかし実際には、生きづらさの程度が性別次第でまるで異なってしまうため、実質的には同列で語れないタイプもあると思うのだ。


3.ジェンダーロールに馴染まない人たち

 さっきジェンダーロールがねじれやすい人という話をした。具体的にはこれらの人たちである。

男性のISFJ・ISFP・INFJ・INFP
女性のESTJ・ESTP・ENTJ・ENTP

ロールがねじれた場合でも、何とかなりやすいのはやはり女性である。それは女性優遇&男性差別の問題も確かにあるのだが、明暗を分ける最大のファクターは価値観だと考えている。

すなわち男性の在り方が一元的価値観に縛られているのに対して、女性の在り方は多元的価値観に基づいているということだ。このギャップは主に男性の抱える生きづらさや不自由感になると思う。

①男性社会の一元主義

 男性の在り方は基本的には一元的価値観である。すなわち良し悪しの価値基準がひとつしかないため、競争原理に基づいた優劣や強弱で評価されやすいのだ。

男性の場合、運動神経、偏差値、外見、入社企業、年収‥‥といった性能に基づいて評価される。優れていれば称賛されるし劣っていれば嘲笑される。勝てば人間性が肯定されるし負ければ否定される。自身が強かろうが弱かろうが競争で勝つしかない。だから一元的なのである。

この男性的価値観と上記のISFJ・ISFP・INFJ・INFPは、おそらくギャップが大きくなると思う。しかしながら、これ以外の価値観で自身の存在価値を認めてもらうのが難しいため、逃げ場がないという状況に置かれがちだ。

②女性社会の多元主義

 女性の在り方は男性とは異なり多元的価値観で生きている。すなわち良し悪しの基準が複数あるため、多様性に基づいた個性・キャラクターで評価されやすい。

女性の場合、人生の目標や幸せの形は様々で、キャリアウーマンを目指すのはひとつの正解だし、結婚して専業主婦になるのもまた正解である。バリキャリと主婦のどちらが幸せなのかは比べることができないし、そもそも方向性が違うので比べるのもナンセンスだ。だから多元的なのである。

上記のESTJ・ESTP・ENTJ・ENTPの女性は、女性のジェンダーロールには合わないが、多元主義ゆえに男性的なジェンダーロールに乗換も可能である。競争社会に身を置いて勝利し、自身の存在価値を認めてもらうこともできるため、ロールにねじれがあっても割と何とかなりやすい。

③女性⇒男性の一方通行性

 男性:一元的価値観 女性:多元的価値観 という状況に関連して、ジェンダーロールの一方通行性はあるだろう。

女性が男性的ジェンダーロールで生きたり、男性コミュニティに参加することは自由だが、男性が女性的ジェンダーロールで生きたり、女性コミュニティに参加することは許されない。

男性の社会関係資本は女性よりも貧しい。女性と違って同性同士で助け合うことはしないし、異性(女性)のコミュニティにも入れない。だから競争に勝つしかないのである。これが男性の生きづらさの一因である。


同時にこれは職業選択性にも関わっていて、男性は女性よりも選べる職業の選択肢が限られやすい。間接部門職・行政職公務員・コメディカルなどの離職率の低い職種は女性優遇が強いため、あぶれた男性は適性外かつ離職率も高い営業職や技能職に就かざるを得ないケースもままある。

これもISFJ・ISFP・INFJ・INFPの男性は、外向的感覚Se・外向的思考Teに基づくマッチョイズムや競争社会に対する適性が低く、本来の適性職は男性故に就けないため、心理的安全性が得られず困窮しやすい面はあると思う。


まとめ

 今回は「ジェンダーロールのねじれ」について、MBTIを絡めて書いてみた。途中から弱者男性論みたいになってしまったが、筆者は転職活動中で、営業職のノルマ+面接のお祈りのダブルパンチを食らっているためメンタルがよくないせいだろう。正直かなりしんどい‥‥。

そんな状況で勢い余って書いてしまったこの記事を出すべきかどうか迷ったのだが、きなこもちさんの記事や、5ch嫌儲の記事を読んでいて、うんと考えさせられてしまった。


女性はイージーモードとか、チー牛は生理的に無理とかいうと角が立つが、たぶん本音の部分では「男性=生きづらい」という共通認識は男女ともに薄っすらあるのだと思う。男性の生涯未婚率28%という数値も、上記の男児はハズレ論も、ある意味では本音を物語っているのかもしれない。

国や社会が変わらないのなら自力で何とかするか、聡明で理解ある女性と巡り合うしかないのだが、いずれにせよ努力は必要で、それは競争社会で戦っていくことに他ならない。結局は男性的価値観に適応するしかない。

まあそれはしょうがないにしてもさ。せめて一生のうちで一週間でいいから女子高生に転生できるイベントとかあればいいのになと思う。ハゼとかクマノミとかできるらしいよ(すごい)

いいなと思ったら応援しよう!