我が家の二拠点居住、答え合わせの日。
みなさんこんにちは、エイミーです。
7月に突入し、今年ももう後半戦。今年の夏は猛暑という噂ですが、北海道・室蘭は例年より涼しく、基本的にまだ長袖です。夜や朝方は涼しいと言うか寒く、今朝起きたときは13℃くらいでした。夏至は過ぎてしまいましたが、3時半には明るくなる、北海道で最も美しい初夏の季節です。

さて、そんな季節の話もゆっくりしたいところではありますが、今日の話はそういうものではありません。
2026年7月4日(土)。本当はこの日、私は徳島県神山町に行っていたはずなのですが、それをお断りして室蘭である行事に参加しました。
そしてそれは、私にとって、現在行っている二拠点生活の総括の日となりました。
息子、幼稚園最後の運動会をやりきる
この日開催されたのは、室蘭で息子が通う幼稚園の運動会でした。
毎年、幼稚園から徒歩8分くらいにある小学校のグラウンドを借りて盛大に開催されます。昨年からは、北海道旅行を兼ねて埼玉から両親を招くようになりました。

年相応に、行事ごとには真面目に取り組む息子です。
ただし、積極的に「僕が僕が!」と手を挙げるタイプではありません。なので今年の運動会も、特に何か役割を持つわけではなく、彼なりに楽しむのかなと思っていましたが、年長さんということもあり、蓋を開けてみると様々な役割を担っていて驚きました。
冒頭の開会式ではパレードで小太鼓をしっかり努めて、なんと選手宣誓の挨拶まで。
保護者が参加する借り物競争の一種のような競技では、競技中の大人にマイクで「帽子を被っているお母さんを連れてきてください!」と大きな声で指示を出したり、マスゲームでは大きな赤い旗を振って見事に踊ったり。

マイペースで、集団よりも自分の興味関心に忠実な息子。
照れると小声になったりしっかりものを言えなかったりする息子。
そんな彼が、どの競技・役割も本気で、しっかり、彼の全力を出してやりきっている姿が本当に素晴らしかったです。

2023年、ここからすべてが始まった。
そんな最初から最後まで素晴らしい運動会の中で、私は大きな確信を得ました。
それが、表題の通りこの2拠点生活についてです。
考えてみれば、わたしたちの二拠点生活が始まるきっかけは、運動会が大きく影響していたように思います。
2023年、東京を拠点に複数の自治体で移住体験を繰り返し、年の1/4は東京ではないどこかで暮らしていた我が家。
そんな我が家が、「パートナーの知り合い(MさんとKさん)が偶然室蘭市役所に勤めていた」という事情で、室蘭での短期移住を検討し始めました。検討というか、「知り合いいるから、移住者獲得につながるかもよ!?って感じで相談しちゃおうぜ!」という、本当に悪ノリ状態で始まった短期移住話でした(申し訳ない)

タイミングよく、Kさんが移住促進の担当だったということで、我々のしょうもない悪ノリを一生懸命調整してくださって、2023年6月から7月にかけて、我が家は初めて室蘭で暮らしました。この時、息子の短期入学先として候補にあがったのが、Kさんの息子さんたちが通う桜ヶ丘幼稚園でした。当時息子が東京で通っていたのは保育園。桜ヶ丘には保育園と幼稚園がありますが、事情を聞いた園長先生が「せっかくなので、試しに幼稚園に入ってみませんか?」と提案してくださって、本当は年々少さんの年だったのですが、年少さんにあたるひよこ組に短期入学させてもらうことになりました。
東京では、働き方の問題で幼稚園に関心があったものの入学は断念していた私としては、これはとっても嬉しい話でした。桜ヶ丘幼稚園では、幼稚園の時間が昼過ぎに終わったあとも、18時までは子どもの面倒を見てくれます。
そして、幼稚園ということで、保育園にはなかった通園バック作りや、連絡帳作りも、縫い物が好きな私にとっては「待っていました!」という感じで、必要以上に凝ったバックやらなにやらをルンルンで作ったのもいい思い出です。
幼稚園と違ってクレヨンなどのお道具もあって、一個一個名前を書くのも楽しかったのを今でも覚えてます。

コロナ禍の都心暮らしでは想像できなかった「はじめての運動会」
幼稚園での暮らしが体験できるというだけでもワクワクなのに、園長先生はもう一つ我々に提案をしてくれました。
それが「ちょうど運動会があるので、出てみませんか?」というご提案でした。
東京の、しかも本当に都心部で暮らしていた我が家。保育園には当然園庭なんてありません。時代はまだコロナの影響もあって、保育園の運動会はビルの中のお教室の一つで、教室をはじからはじまで走る程度でした。しかもそれを、私は自分の仕事の都合だったか、コロナだったからか覚えていませんが、園から配信された動画で後日見ていました。
そんな私にとって、「息子にグラウンドでの運動会を体験させてあげられる」ということは、多分一般的な家庭が「運動会出ますか?」と言われるのとは、全く違う響き方をしました。
こうして息子は初めての幼稚園に通いながら、同時に初めての運動会の練習に取り組むようになりました。
正直息子は、自分から通いたいと言ってはじめた運動教室を、「やっぱり動くのが面倒だから」という理由で3週間で辞めたいくらい、運動に関心がありませんでした。
でも、初めての運動会は終始笑顔で、2つの競技に出て、2つとも1位になって帰ってきました。それは息子にとって大きな想い出と自信になったようでした。

すっかり室蘭も桜ヶ丘幼稚園も好きになった我が家は、図々しくも「来年もまた運動会に来ます!」と言って1か月の短期移住を終えて帰京しました。お別れの日には、クラスのみんなで撮影した集合写真を飾った貯金箱を頂いて、息子は今でもそれを使っています。
2024年、2回目の短期移住も運動会に合わせて
そして1年後の2024年、宣言通り我が家は運動会に合わせて2度目の短期移住を行いました。今度は本当の年少さんです。桜ヶ丘の先生方も、子どもたちも、息子を暖かく迎え入れてくれました。

当時私は東京の保育園から、息子がやりたいことに集中すると他の声が聞こえなくなる、スケジュール通りに行動出来ない、と二者面談でお小言を言われた直後でだいぶ参っており、それを桜ヶ丘の園長先生に相談したら「自分がやりたいことに集中できるなんていいことじゃないですか!それが子どもってものでしょう。何が問題なんですかね!」と若干感情を荒げながら言ってくださって、「そうだそうだ!」と励まされたのをよく覚えています。
そんなこんなで2度目の短期移住、そして2度目の運動会も楽しみました。

それ以前から、「あなたが東京よりも住みたい場所が出来たら、そこに引っ越してもいいんだよ?」と息子に伝え続けていましたが、東京を含めて6自治体(当時は5自治体)の幼稚園・保育園に通った息子が、はじめて「ここで暮らしたい」と言ったのが、この2回目の運動会の数日後、幼稚園帰りに室蘭観光協会のSLのある公園で遊んでいたときのことでした。

2025年、3回目の運動会は、正式に室蘭の子どもとして参加
そして移住を決意した我が家は、2024年の年末に室蘭に引っ越し、2025年から正式に暮らすようになりました。二拠点居住の始まりです。
私は仕事の関係で東京滞在が多く、会社や住民票を東京に置いておきたかったので、事実婚のパートナーを一旦私の住民票に入れて、その上でパートナーと息子を一つの世帯として住民票から抜くという手続きもしました。こうしないと、息子が誘拐された感じになってしまうのだそうです(笑)
なので息子は戸籍上は私の戸籍にいますが、住民票上はパートナーの書類に存在します。面白いですね。

こうして2025年、年中さんの代の運動会も楽しく参加することが出来ました。この年から、運動会に合わせて埼玉の両親を招くようになりました。
なぜ運動会に合わせたのか。それはやっぱり、私にとって運動会が「特別」だったのでしょうね。

そして2026年。最後の運動会で私が確信したこと
長い振り返りでしたが、そして4度目、年長さんとして迎えた最後の運動会は、冒頭で書いた通りです。息子は立派にやり切りました。

私が「確信」を得たのは、割と冒頭でした。
運動会が始まって、息子たちが整列します。小太鼓隊の息子は白いベレー帽に赤い蝶ネクタイ、そして肩から小太鼓をかけて、タカタカ、タカタカ、ドン!とリズムを刻みます。
事前に息子の立ち位置を知っていた私は、その姿を、最前列で、真正面から見ることが出来ました。
太鼓を見つめる真剣な眼差し、そして大きな掛け声で「やあ!」と言ったときの笑顔。何をするにも、真剣なときはやや緊張した面持ちで、でも、うまく言った時や一息ついたときは、ぱっと笑顔が溢れていました。
その、笑顔です。
その笑顔を、おそらくこの子は、東京では得られなかったと思うのです。
「やあ!」と掛け声を出すたびに、ぱっと晴れ渡る笑顔。
これのために、我が家は室蘭に、桜ヶ丘に来たのです。
わたしたちの移住は、私の二拠点生活は、このためにあったのです。
我が家の選択は、この上なく最高で、大成功でした。
こんな気持ちは卒園式まで取っておくものかもしれませんが、私はもう、答え合わせを済ませることが出来ました。
ありがとうございます。
桜ヶ丘幼稚園。
ありがとうございます。
室蘭。
この笑顔を得るまでに、私を、我が家を、支え、協力し、関わってくれたすべての人に、心から感謝します。

