試し読み:『人工美学 生成AI・アート・ビジュアルメディア』
2026年7月15日発売の『人工美学 生成AI・アート・ビジュアルメディア』(レフ・マノヴィッチ、エマニュエーレ・アリエッリ 著、久保田晃弘 監修、高崎拓哉 訳)より、第1章「AIでもつくれる」の冒頭部分を公開します。
生成AIの登場によって、アート、デザイン、視覚文化をめぐる前提は大きく揺らぎはじめている。AIは美的な判断や表現をどのように学習し、予測し、生成するのか。創造性は人間固有のものなのか。私たちは何を「美しい」と感じ、その判断はどのように変化するのか。
本書は、美学、芸術哲学、芸術心理学、メディア論、デジタル文化研究、コンピュータ科学、そしてデジタルメディア実践の知見を横断しながら、生成AIが人間の感性と創作にもたらすインパクトを考察する。
レフ・マノヴィッチとエマニュエーレ・アリエッリが2019年から2024年にかけて積み重ねてきた共同思考をもとに、変容する視覚文化の現在地を読み解く一冊。
第1章 AIでもつくれる
エマニュエーレ・アリエッリ|2021年12月15日公開
美とはなんでしょうか? 私たちは日々、美的な選択をします。服をコーディネートする、写真にいいねをつける、髪型を決める、メイクをする、どこかを訪れる、何かを買う、音楽を聴く……。こうした場合の美は、五感で味わう心地よい経験を意味しています。一方で美はスタイルや評価、つまり芸術作品の価値を測る指標としての意味もあります(もっとも、美と芸術作品との関係は現代では議論の的になっています)。美的判断は日常でも用いられ、人はそれに従ってグラフをつくったり、写真や動画の撮影や編集を行ったり、絵を描いたり、空間や建物をデザインしたりします。このように、美は自然の物事と人工の物事、体験のすべてを網羅した概念です。
21世紀に入ると、そこにコンピューテーションやデータ分析、機械学習、ニューラルネットワーク、人工知能(AI。便利で覚えやすい言葉ですが、定義は時とともに移り変わってきました)が含まれるようになりました。スポティファイやアップルミュージック、パンドラなどの音楽ストリーミングサービスには、ユーザーが気に入りそうな楽曲をおすすめしてくる機能がありますし、インスタグラムの発見タブを押せば、パーソナライズされた写真や動画が自動で表示されます。スマートフォンやパソコンの画像編集アプリケーションには、ワンボタンで写真の画質や明るさを調整してくれる自動補正機能が最初から備わっています。ファッション通販の大手サイトで買い物をすれば、別のおすすめアイテムが勝手に紹介されます。
こうしたシステムの土台になっているのが、人間の好みを予測する先進的なアルゴリズムで、予測の精度はどんどん上がっています。現在のAIは、人間の美的な選択を直接観察し、どんなものが美しいとみなされるかを学んでいます。当初は(三分割法や縦横比といった)昔ながらの構図の法則や、プログラマーが特に評価の高い写真を観察するなかで磨いた美的な直感を基準に評価、予測していました。しかし最近では、多くの人が美しいと感じた画像を集めた膨大なデータベースをつくり、それをニューラルネットワークが分析して、画像内の要素にセマンティックなラベル(ある種の意味)を割り振ることで、美しさに大きく関わる要素を抽出するようになっています。AIシステムを開発し、バッハ風のコラールカンタータを書かせました。以降も次々と作曲アルゴリズムが登場し、ユーチューブには視聴者に音楽の「チューリングテスト」を受けさせる、つまりAIがつくった曲と人間がつくった曲を聴き分けられるかどうかを問う動画もあります。音楽の素養がある人にはまだ簡単ですが、経験不足の人は間違うこともあります。2019年には、ドイツテレコム社が、ベートーヴェンの生誕250年を記念するプロジェクトとして、各国の音学の専門家から成るチームを結成し、AIを使って未完の交響曲第10番を完成させました。曲は「ベートーヴェン第10番 AIプロジェクト」のタイトルで、2021年10月9日にボンで行われたコンサートで披露されています。AI技術の進歩は追い続けるのが難しいほど目覚ましく、作品の質は上がる一方です。2019年には、新型スマートフォンに搭載されたAIが、シューベルトの「未完成交響曲」(1822年作の第7番)を完成させました(もっとも最終的には、人間の作曲家が生成された候補から一番いいものを選ぶ必要がありました)。2020年には、プリンストン大学の学生が敵対的生成ネットワーク(GAN)を使って中国の山水画をつくり、視覚的なチューリングテスト(図1–1)で人間をだますことに成功しました。

AIと美との邂逅が大きな話題になるのは、美は人間の専売特許だとされているからです。美は繊細かつ複雑な概念で、長らくアルゴリズムで再現するのは不可能だと思われていました。芸術や美学、創造性は人間らしさの極みであり、AIの進撃に対する最後の砦と考える人もいます。AIの可能性や限界を追究するうえで最後の試練となる、複雑な分野ということです。
先ほど紹介したようなアルゴリズムについては、既存のスタイルを模倣しているだけで、作品を一から生み出しているわけではないという意見も少なくありません。コンピュータが過去の実例をもとに、多少のオリジナリティーも加えつつ、同じスタイルの派生作品を生み出しているだけだという主張です。そうしたバリエーションは、本物の芸術作品と怖いほど似ているケースもありますが、同時に専門家の目から見れば少し嘘くさく、人間らしさをもたらす最後のひと工夫が足りていません。アルゴリズムにまったく新しい曲調や画風を生み出す力はなく、やっているのは計算によるマニエリスムです。
それでも、専門家もだまされたり、人間の作品よりも美しいとみなされる芸術をAIが生み出すのは、時間の問題かもしれません。注意すべきは、先ほど紹介した実例は共通項が多くバリエーションに乏しい、つまりAIが一般的な要素を抽出でき、新作をつくりやすい作品ばかりという点です。古典的な名作はスタイルがはっきりしていて、個人や流派の決まったやり方に従って制作されていることが多いため、まねしやすいのでしょう。機械学習システムは、細部が少し異なる多数の実例を分析し、重要な特徴やパターンを抽出するのが大得意です。逆に言えば、マルセル・デュシャンのような芸術家の作品群を再現するのは難しいでしょう。デュシャンの「スタイル」をまねするには、噴水からボトルラック、巨大なガラス、そして遺作である「エタン・ドネ(与えられたとせよ)」まで、彼の多彩な活動をデータセットとして分析する必要があるからです。一般的に、芸術に対する保守的な見解では、「本物の芸術」とは技術的に優れている作品を指し、技術を介さないものは芸術とみなされませんでした。ところが、技術を「つくり方の知識」と言い換えると、そうした知識の扱いはまさにAIの十八番です。明確なスタイルは定義のはっきりした問題であり、計算で処理できるタスクです。逆に(デュシャンの作品のような)制作上のルールがない作品は、定義のはっきりしない、解法の乏しいタスクになります。現代アートは「こんなもの、うちの子でもつくれる!」とやゆされることも多いですが、皮肉にも今では状況が逆転し、複雑なスタイルに基づく古典的名作はコンピュータにとっては数値化しやすく、AIでもつくれる作品になっています。少なくとも現段階では、デュシャン作品のほうがAIには手に負えません。
これが、この本で扱う主なテーマの概要です。AIと機械学習が美に及ぼす影響を考えるには、美しいものを生み出す手法と、コンピュータ的なメソッドが交わる場所の全体像を把握する必要があります(詳しくは次の「シンプルな地図」の項を参照)。そのあと、いわゆる「実験美学」とコンピュータの活用との関係について示し、前者の限界や発見が、後者にどう応用できるかを見てみます(「コンピューテーションと心理学」の項)。



Amazonページはこちら。電子書籍版もあります。
関連書籍:『インスタグラムと現代視覚文化論 レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』
