ワンオペヤングケアラーから両親の介護25年目⑥
仕事を引き継ぎ、月収6~7万円となり、何とかアルバイト程度の収入で継続も出来た。
ただ、その一方で介護負担も増え、父の介護認定をしケアマネージャーを通じて訪問介護サービスを依頼する事となった。この時はまだこのサービスが在宅介護を悪化させて大きな心の傷を残す事になるなんて夢にも思っていなかった。
そこから5年以上の月日が流れ、仕事も多忙となり、朝7時~帰宅は夜23時。休みは月2日のみ。それに加えて父の介護をしていたので身体はボロボロで気力だけで動いていたように思うが当然限界もくる。
20代後半の年末の大晦日。連休にさしかかった時に自分自身が吐血して倒れて搬送される事となった。
診断は十二指腸潰瘍。
私は酒、タバコをしないので医師より「過度のストレスが原因の可能性が高い」と言われましたが幸い、手術ではなく薬で治るレベルでしたが貧血が酷く入院する事になりました。
しかし、1週間経過した頃に仕事が再開。特殊な仕事で代わりがおらず、自主退院をする事になりフラフラな状態で職場にいく。
心身がボロボロになりつつある頃に少し休んで、仕事や介護の事を見つめ直す事にした。
そんな時、私が休んでる事を知らない訪問ヘルパーが自宅に来る。私は別室から「普段どんな仕事をしてくれてるのか」を様子見する事にした。
ここから悲惨な介護サービスの話になる。⑦へ続く ワンオペヤングケアラーから両親の介護25年⑦|さんみ~
※この時の気持ちと乗り越え方については、メンバーシップ限定で詳しく書いていきます。最後に内容をまとめた4コマ漫画もあります。
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