〖響きの国〗七十二候──玄鳥至(つばめきたる)──春が、空から帰ってくるころ
四月のはじめ。
春は、花の色だけで深まるのではない。
やわらいだ光の下で、 空の上にもまた、 ひとつの変わり目が訪れる。
玄鳥至。
燕が、渡ってくるころ。
まだ風には冷たさが残っていても、 その影がひとつ空をよぎるだけで、 景色はふっと春のものになる。
足もとでは草が伸び、 花は静かにひらきはじめる。
けれど春は、 地の上だけで進むものではない。
遠くを越えてきた小さな命が、 またこの国の空へ戻ってくることで、 季節はもうひとつ深くなる。
燕は、 人の暮らしのすぐそばに巣をつくる。
けれど、 人のものにはならない。
近くにいながら、 遠い空の記憶を持っている。
その姿が現れるたびに、 春はただ明るいだけの季節ではなく、 帰ってくるものを迎える季節でもあるのだと思う。
空には燕。
地には芽吹き。
見上げる空にも、 足もとにも、 春の歩みが静かにあらわれてくる。
玄鳥至とは、 花の春が、 命の往来として見えはじめる節目なのかもしれない。
咲くこと。 ほどけること。 戻ってくること。
そのすべてが重なって、 春は少しずつ、 この国の景色の奥へ入ってくる。
玄鳥至。
今年もまた、 春は空から帰ってくる。
