見出し画像

なぜ私たちはわかり合えないのか?|素朴な現実主義とタッピング実験から読み解くコミュニケーションの本質【社会心理学】社会的認知⑤前編

今回は、私たちが日常的に陥るわかり合えないという苦悩。その正体について、少し視座を高くして掘り下げます。
あなたが会議でプレゼンをする際、あるいは部下に指示を出す際、「なぜこれほど明白なことが伝わらないのか」と焦燥感を覚えた経験はないでしょうか。実は、その焦燥の根源には社会心理学でいうところの素朴な現実主義という強固なバイアスが潜んでいます。

素朴な現実主義とは何か?

私たちは往々にして、「自分は、刺激、対象を客観的現実そのままに見ており、自分の態度、信念、好み、優先順位などは手に入る情報や証拠を本質的に何かに仲介されず、冷静で歪みがないように理解した結果である」と信じ込んでいます。
しかし、社会学的に見れば私たちの認識は、常に特定の文脈というフィルターを通した主観的な構成物に過ぎません。

エリザベス・ニュートンのタッピング実験が示した認識のズレ

社会心理学者エリザベス・ニュートンが行った机を叩く実験(タッピング実験)は、この認識の乖離を残酷なまでに可視化しました。
送り手は、非常に有名な25曲の歌から1曲を選び、机を指でたたいてその歌のフレーズを受け手役の実験参加者に伝え、その曲が受け手にきちんと伝わった可能性を10-100%で推測しました。
彼らにとっては、そのリズムは紛れもなくその曲そのものです。しかし、受け手の耳にはただの単調な打撃音しか届いていません。送り手は自分の頭の中にある文脈(メロディ)が物理的に共有されていないという事実に気づけないのです。

知識の呪縛が組織のコミュニケーションを阻害する

これをビジネスの現場に置き換えてみてください。あなたが当然の前提として語っている戦略や意図は、あなたの脳内では豊かなメロディを奏でているかもしれません。しかし、それを受け取る側には、ただ机をたたく単調な音しか届きません。送り手の頭の中で鳴っているメロディは共有されていないのです。
この知識の呪縛こそが組織内のコミュニケーション不全の主因です。

社会学的想像力が伝わるコミュニケーションを生み出す

では、私たちはどうすべきか。
ここで重要なのは、「自分が見ている世界は他者には見えていない」という前提をあえて意識的に構築するという社会学的想像力です。
優れたリーダーや先見性のあるあなたは、自分が正解を知っているという特権的な地位にいることを自覚し、その上で「相手にはそのメロディが聞こえない」という事実を謙虚に受け入れます。
相手の理解が及ばないのは、相手の能力が低いからではなく、共有されている情報の前提が物理的に異なるからなのです。
あなたは、ご自身の立場や知見という構造の中にいます。しかし、他者は他者という別の構造の中に生きています。
この非対称性を前提とした上で、いかにして言葉という媒介を用いて相手の脳内に同じメロディを響かせるか。
この試行錯誤こそが、洗練された大人のコミュニケーションであり、組織という社会を円滑に駆動させるための高度な知性であると私は考えます。

相手の耳に届いている音を想像する

机を叩くリズムだけで伝わると信じるのではなく、相手の耳に届いているただの音を想像する。
その一歩があなたのビジネスをより深く、より確かなものへと変えていくはずです。

いいなと思ったら応援しよう!

かつ|社会学者 フォローしてくれたら喜びます‼︎ スキしてくれたらもっと喜びます‼︎