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世界史名将ランキング100 15〜11位

前回はこちらから。

みなさま、ごきげんよう。いよいよ、Sランク帯もこれにて終いとなる。御託は無しに、本編へ早速どうぞ。

15位 バイバルス(AD1223〜1277)

【戦略】S【戦術】SS【政治】A⁺【天運】S⁺
【魅力】A【成長】A【影響力】S【総合】S

奴隷から王に成り上がったイスラーム世界最大の英雄の1人。その生涯のほとんどを軍隊で過ごし、驚異的な軍功を残した。

彼は元は南ロシア、キプチャク草原の生まれである。おそらくクマン人であり遊牧民の出身であった。それがなぜ、エジプトの地で王となったかといえば、それはモンゴルの侵攻によって奴隷として売り飛ばされたからだ。しかし、彼はマムルークとしてアイユーブ朝のスルターンに雇われ、そこからメキメキと実力をつける。

やがて、彼はマンスーラにて十字軍を殲滅し、指揮官を討ち取る成果を上げる。また、その後の権力闘争をしぶとく生き残り、モンゴルのエジプト侵攻の際には指揮官として、アイン・ジャールートの地にてモンゴルを史上初叩き潰した。

勝利の後、速やかにスルターンを弑し権力を掌握するとスルターンとして即位、モンゴルの侵攻やシリアに残る十字軍勢力を数十回の遠征で打ちのめした。

彼は政治的にも優秀だ。いちはやく、カリフを保護し権威を確保したし、憎い敵モンゴルといえども有益ならば同盟した。故郷に巣食うモンゴル帝国ジュチ=ウルスとの同盟は、彼が良くも悪くも感情にとらわれない偉大な君主であることを教えてくれる。

14位 冒頓単于(BC?〜174)

【戦略】S⁺【戦術】S⁺【政治】A【天運】S⁺
【魅力】A【成長】A【影響力】SS【総合】S

匈奴を大帝国に押し上げた偉大なる遊牧民の帝王。

正直あんまりいうことがない。事実として東胡、大月氏を打ち破り草原地帯をほぼ制覇したのは目覚ましい功績だし、劉邦を倒したのは素直にすごいと思う。

漠然としたプラスのほか、特にマイナス面も見られないためこの順位。あまりに偉大すぎると文字で記すという行為すら不粋なのだ!単に匈奴にそんな文化がないだけ。

13位 フィリッポス2世(BC382〜336)

【戦略】S⁺【戦術】S⁺【政治】S⁺【天運】B
【魅力】S【成長】A【影響力】SS【総合】S

マケドニアの偉大なる王者。その生涯にて、地方の領邦国家に過ぎなかったマケドニアをギリシアを史上初めて統一するにまで成長させた。

端的にいえば彼は化け物だ。彼はこのランキングで重視するほぼ全ての要素を高水準で満たし、戦略家、政治家、指揮官として凄まじい功績を残している。彼がSSに至れなかったのは、征服面積が少ないということのみだ。実は、ビザンティオン攻略の失敗など幾つかしくじりはあるが、彼は毎回それらを見事にカバーしているので、全くマイナスにはならない。カイロネイアの戦いはその集大成だ。

だが、その凄まじさを最も鮮明に映すのは彼のデビュー戦だ。彼はわずか23歳で即位したが、その頃のマケドニアは危機に陥っていた。そして、そのマケドニアを虎視眈々と狙っていたのは隣国イリュリアの老獪にして恐るべき謀略家、また軍事的天才として知られたバルデュリス王である。滅亡寸前の国に若いすぎる王の即位という素敵な状況は、彼の食指を否応なく動かした。

ギリシア諸ポリスの混乱を利用し国を富ませた北方の賢王、イストロス以北の遊牧民を従え、シチリアの僭主とも結ぶ怪物の勝利を、誰もが疑わなかった。だが、バルデュリスは油断していた。敵の若輩がテーバイに留学し、偉大なるエパメイノンダスから薫陶を受けていたことを思い出せば、まだ勝機はあったのかもしれない。

イリュリアの最終勧告を跳ね除けたことが周辺諸国に知らされ、マケドニアの運命を誰もが哀れんだその頃には、バルデュリス王の首と胴は分たれていた。エリゴン谷の戦いにて、若きマケドニア王フィリッポスは鮮烈なデビューを飾ったのである。

彼は長らく、大英雄の父祖としてしか語られてこなかった歴史がある。実際、日本人で彼を知っているのは世界史を学んだ者と一部の歴史好きだけだろう。しかし、そんな史観も雪解けが訪れている。日本では、澤田典子先生などがその第一人者として、史学界を駆け抜けていらっしゃる。今こそ、統治者としてのフィリッポスを日本人に知らしめるべき時が来ているのだ。ヒストリエのアニメ楽しみ。

余談として、その恐るべきデビューと、その後の戦術改革は日本人にはある人物を連想させて仕方がない。そう、織田信長である(ランキングに登場済み)。優れた人物とは古今東西問わず、近しい方向に向かって進むのかもしれない。

12位 コンスタンティヌス大帝(AD274?〜337)

【戦略】S⁺【戦術】SS【政治】S⁺【天運】A
【魅力】S【成長】S【影響力】SSS【総合】S

ローマ帝国を再統一しテトラルキアを崩壊させた偉大なるローマ皇帝。その生涯にかけての軍事的争いを無敗で貫き通した。

おそらく、教科書的な解説では「ローマを再統一し、ミラノ勅令にてキリスト教を公認した皇帝」という説明をするだろう。この記述は何も間違っていない。しかし、このやり方では極めて実物と違う印象を与えてしまう。

ハッキリと言おう、彼はおそらく小規模のものを含めれば100に及ぶ戦闘行為を一度の敗北もなく生き抜き、親類すら躊躇なく政治の道具とするまさに理想的なローマ皇帝である。

彼は、古代末期のローマ帝国の想定しうる全ての種類の敵と戦っている。危機にある帝国を東奔西走、地中海世界の各地に赴き、ゲルマン人、ペルシア人は言うに及ばず、北方のサルマタイといった遊牧民、反乱した東方の都市民、同じローマ人の僭称帝、同僚および元同僚のローマ皇帝などとだ。改めて記述すると異常である。

では、相手が弱かったかという疑問もある。それもありえないことだろう。特に、同じローマ軍団を叩き潰しているのはその軍才を保障してくれる。中でも英雄マクシミアヌスを手も足も出させず完封しているのはもはや、人間業ではない。

余談。なんとなく分かって頂けたと思うが、彼は多分めちゃくちゃ怖い人であった。私は(勝手に)古代ローマにおける怖い人をスッラ型、コンスタン型に分けている。スッラはニヒルな魅力のある人物で、多くの人に親しまれるが、怒らせてはいけない人物である。それに対比して、コンスタンティヌスは常に荘厳な雰囲気で怖い、さながら厳格な父親のような人物である。だからこそ、兵たちからも親しまれるというよりも、畏怖されていた。

11位 カエサル(BC100〜44)

【戦略】S【戦術】S(SSS)【政治】S⁺【天運】B
【魅力】S【成長】SS【影響力】SSS【総合】S

言わずと知れた共和政ローマの大英雄。内乱を制し帝国の基礎を築いたが、暗殺により果てた。

カエサルの名が世界に轟いて久しい。おそらく、シェイクスピアの力を借りるまでもなく、その英名は広まるのは天命だったろう。

軍事的実務で言うと、彼のデビューはかなり年齢が進んでからのことである。また、持ち前の閃きで誤魔化しているものの、少々事態を楽観視するきらいがあり、たまに凄まじいポカをする。ポカする割に傷跡を残さず、しっかり巻き返すのはさすがと言えば流石だが、確実性には多少疑念もある。もちろん、ゼラやウォセグスのようにただただ素晴らしい指揮を取ることが殆どではあるが。

だが、彼の本質的な才能が発揮されるのは地獄の危機の中である。危機に遭った時の彼は恐らくSSランク帯すら飛び抜けうる強さを誇る。彼の名を不滅にした2度の軍事的奇跡は、2度ともが大敗の直後に行われている。

ゲルゴウィア、デュッラキウムの敗北は本来ならばどちらも致命的な敗北であるはずだ。実際、遠征先でのこの状況は、普通ならばどんなに肝が据わっていても撤退を選択する。しかし、カエサルは揺るぎない。この絶対的窮地において、彼はアレシアではウェルキンゲトリクスを、ファルサロスではポンペイウスを完膚なきまでに叩き潰したのである。

まとめ

今回で、Sランク帯は終わりとなる。最後のボーダーラインはカエサルに担ってもらった。(とんでもない化け物たちに比べれば)いささか安定性に問題のあるカエサルは、人外と人間を分けるのにちょうど良い基準だと自負している。

ここからはいよいよSSランクに入ることになる。

では、ごきげんよう。

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