私はHSPじゃない。でも、あの頃の私にはHSPという言葉が必要だったかもしれない
昔の私に、HSPって言葉を届けてあげたかった。
それだけで、きっと少しだけ生きやすかったと思うから。
🌱 幼い頃の私は、かなり繊細だった
人の目が怖かった。
話すと怒られるんじゃないかと毎日ビクビクしていた。
実際、小さい頃、何かを言うたびに父にものすごく怒られた。
ただ感じたことを話しただけなのに、「そんなこと言うな!」「生意気だ!」と怒鳴られた。
その繰り返しで、言葉が出にくくなってしまった。
失語みたいな感じで、どもるようにもなった。
頭の中がバラバラになったみたいで、「話す」ことが怖くなった。
でも、文章は違った。
何度も推敲できるし、怒られにくい。
だから私は、「文章で伝える」ほうに自然と向かっていった。
自信はゼロで、緊張しやすくて、人に見られると固まってしまうような子どもだった。
当時(30年以上前)は「HSP」なんて言葉はなかったと思う。「気にしすぎ」とか「被害妄想強くない?」と言われて、感覚にフタをされてしまうことも多かった。
なんとなく、「あの子ちょっと変わってるよね」そんなふうに見られていた。
そういう視線がずっと気になっていた。
だから、私は心の中でこうつぶやいていた。
「このままの私じゃ、誰にも好きになってもらえない」
だから、変わろうとしてきた。自分を守るために。
📝 言葉に、すがるように向き合ってきた
「このままじゃいけない」ってずっと思っていた。
だから言葉を学んで、人との関わり方を勉強して、たくさんの試行錯誤をしてきた。
人が怖くなくなってきたのは、結婚して、それからライターとして少しずつ仕事をもらうようになってからだったと思う。
編集者さんに「文章が丁寧ですね」と言われたり、「読みやすいから◯◯先生にお願いしたい」と声をかけてもらったり、そういう経験が、少しずつ自信に変わっていった。
「私にもできることがあるかもしれない」
「言葉なら、誰かに届くかもしれない」
そう思えるようになってきた。
小さな変化を何度も積み重ねてきた。
気づいたら、会話が前より楽になっていて、文章も得意になっていて、人前でもなんとか平気になっていた。
今、「これまでで一番自分らしくいられてるかも」って思う。
そして「この先も、もっと良くできるかも」って素直に思えるようになった。
💪 今の私は、強そうに見えているのかもしれない?
義父母には、“息子が尻に敷かれている”ように思われているような気がするし、周囲からも「◯◯さんって思っていることはっきり言いそうだよね」って思われている節もある…
(実際には、そうでもないのだけど…)
私は、もともとそんな強い人間じゃない。
そうならざるを得なかっただけ。。。
某国家資格に合格するまで6回挑戦し、不妊治療には通算9年。30代はほぼその期間だった。
人に話せないようなこともたくさん経験した。
それでも私は、「納得するまでやめない」と決めていた。
逃げられなかったわけじゃない。
自分が納得しないまま終わるのが、どうしても嫌だった。
だから、何度折れても立ち上がってきたし、感情にのまれそうになっても、自分で立て直してきた。
その結果、「ちょっとやそっとじゃ揺らがない人」に見えるようになっただけ。
“強そうに見える人”にも、ちゃんと理由がある。
🌟 フォロワーさんが増えていくことへの驚きと感謝
最近、noteにフリーランスとしての悩みを綴った記事を出した。
すると、HSP系の発信をしている方や、似た境遇の人からたくさんのフォローをいただいた。
(ありがとうございます!嬉しいです😂)
私は自分のことをHSPだと思ったことはなかったけど、
「もしかしたら、HSP的なところもあるのかもしれないな」って、ちょっと思った。
感じすぎてしんどかったこと。
人の目が怖かったこと。
強い感受性と付き合いながら、学んできたライティングが、誰かの共感になることもあるんだなって気づいた。
🕊 HSPじゃなくても、感受性を持って生きてきた
私はたぶん、これからも「HSPです」とは言わないと思う(信じてもらえないと思う)。
でも、感じすぎてつらかった時期はたしかにあった。
そういう自分を受け入れて、なんとか言葉で人とつながってきた。
だから、私の言葉に「わかる」って思ってくれる方が一人でもいてくれるなら――
それはすごく静かで、でも確かなつながりで、とても励みになる。
🌼 感じすぎる人が、自分を好きでいられる世界へ
もしあの頃、「HSP」という言葉があったら、自分をもう少し早く受け入れられたかもしれない。
でも今、こうして言葉を書けている私は、
あの頃の私にこう伝えたい。
「ちゃんと私、生きてるよ」って。
※ちなみにこのnote、夜中の2時に目が覚めて、書いています(笑)
