【無料】/【第3章】訓練校で初めて手応えを感じた日~工具の名前も知らなかった30代が、初めて未来を掴んだ瞬間~
■ 訓練校に入校するも、不安な日々
訓練校の教室に初めて足を踏み入れた時のことは、今でもよく覚えています。
まだ少し古い匂いのする教室に、すでに何人かの受講生が座っていました。
元ビルメン、元自営業、定年退職後の再チャレンジ組、20代の既卒、工業高校を出てすぐの18歳、現場経験のある人、電気系の資格をいくつも持っている人──。
ざっと見渡しただけでも、“いろんな人生”が詰まっているのがわかる顔ぶれでした。
その中で、私は確信しました。
「あ、自分が一番の初心者だな」
年齢だけはそこそこ。でも経験はゼロ。しかも中途半端な30代。
この組み合わせが、いちばん厄介だということも、自分が一番よく分かっていました。
教室の隅には、工具がきれいに並べられていました。
モンキー、圧着ペンチ、ケーブルストリッパー、プライヤー、ラジペン、VVFケーブル……。
みんな当たり前のように工具の名前を口にしています。
その音が、全部「作業する人の言語」に聞こえた。
工具の名前のすべてが、まるで外国語のようでした。
私が知っていた工具は、プラスドライバーとマイナスドライバー、そして“ペンチっぽいもの”。
その程度です。
入校して実技講習が進んでいきました。
次の授業で必要な工具を講師が告げたとき、頭の中は真っ白になりました。
「次回は、圧着ペンチとVVRストリッパー、それからリングスリーブ用の工具を持ってきてください」
(……え? 何ひとつ分からない)
でも、「分かりません」と言う勇気もなかった。
だから、周りの人が何を手に取るのかを横目で見て、同じものをそっと手に持ちました。
プライドなのか、弱さなのか分かりませんが、
「自分だけ何も知らない」という事実を、認めたくなかったのだと思います。
その日の帰り道、駅まで歩きながら、ずっと同じ問いが頭の中をぐるぐるしていました。
「本当に、この道でよかったのか?」
■ それでも辞めなかった理由
正直に言えば、入校してすぐの数週間は、何度も心が折れかけました。
まわりより理解が遅い
作業が遅い
用語も分からない
ミスも多い
不器用
「自分だけ置いていかれている」という感覚が、
じわじわと心を締めつけていきます。
それでも辞めなかったのは、頭の片隅に、
いつも“ひとつの映像”があったからです。
それは、以前いた不動産営業の職場で、
疲れ切った顔で電話を取り続ける自分の姿でした。
「ここで折れたら、またあそこに戻ることになる」
「自分を安く扱う場所に、二度と戻りたくない」
そう思うたびに、心のどこかで踏ん張る力が湧いてきました。
うまくできなくてもいい。
人より遅くてもいい。
でも、
“ここで逃げたらまた同じ繰り返しだ”という感覚だけは、
妙にはっきりしていました。
だから、自分にこう言い聞かせました。
「分からないなら、分かるまでやる」
「時間がかかるなら、人の3倍やる」
それしか、当時の自分にできることはなかったからです。
■ 電気工事士の授業が始まる
入校してほどなくすると、メインイベントのひとつである
「第二種電気工事士」の授業が始まりました。
筆記試験(学科)については、テキストを読み、過去問を解けば何とかなるイメージはありました。
問題は“技能試験(実技)”です。
40分の試験時間の中で、
複線図を書く
ケーブルを所定の長さに切る
器具同士を電線で結線する
作品を完成させる
この一連の作業を、制限時間内にやり切らなければなりません。
初めて技能試験の説明を聞いたとき、周囲の反応はこうでした。
「なるほど、こういう流れなんですね」
「あ、複線図ってそういう意味か」
ところが、私の頭の中はこうです。
(なるほどじゃない。1ミリも分からない……)
そもそも、前提としている工具の名前からして分からない。
「理解以前の問題」だったのです。
またある日、講師がこう言いました。
「次の授業では、VVRストリッパーと圧着ペンチ、それからリングスリーブを使います。工具場から持ってきてください」
この瞬間も、頭の中は真っ白でした。
(その3つのうち、ひとつも分からない……)
分かっているふりをしながら、
周りを見て同じ工具を手に取りました。
心の中でそっとつぶやくしかありません。
「これが……多分、圧着ペンチ……なんだろう」
そんな状態でした。
■ 焦りと劣等感の1ヶ月
訓練校に通い始めて1ヶ月ほど経った頃のことです。
学校側が“交流を深める”目的で、ちょっとした遠足のようなイベントを企画してくれました。
都内の観光名所を巡るというもので、職業訓練とは全く関係ないイベントです。
正直、当初は少し億劫でした。
「友達づくりをしに来たわけじゃないし……」と。
でも、実際に参加してみると、印象は大きく変わりました。
自由行動のときに、他の人たちと話していると、それぞれの経歴が見えてきました。
前職からそのままビルメンに行けるような実務経験者
工業高校を卒業していて、すでに電気に強い人
電験三種に挑戦中の人
他の資格をいくつも持っている人
その話を聞きながら、内心でこう思いました。
「この人たちと“同じ土俵”で就職活動するんだよな……」
「どう考えても、自分は一番条件が悪い側だよな……」
当時私は“ビルメン”を目標にしていました。
・経験者有利なのは分かりきっている
・年齢だけはそこそこ
・資格も実務経験もない
冷静に考えれば考えるほど、不安の方が大きくなっていきました。
「内定が一つも出なかったらどうしよう」
「訓練だけ受けて、結局元の場所と変わらないところに戻るのでは?」
そんな焦りを胸に抱えながら、それでも毎日授業には出続けました。
授業が終われば図書館に寄り、家に帰ってからも過去問を解く。
それしか当時はできなかったので、今の自分に出来ることをするしかありませんでした。
■ 電気工事士・学科試験当日
そんな日々を過ごすうちに、気づけば5月下旬。
第二種電気工事士の学科試験当日がやってきました。
授業中、1回で理解している人たちを横目に、
私は3回聞いてようやく理解する。
その差に落ち込みつつも、過去問だけは徹底的にやりました。
過去問題集を5周
間違えた問題はノートにまとめる
忘れそうな分野は図や表にして覚える
工具はひたすらテキストの写真を見て覚える
自分なりに「やりきったという納得がもてる」というところまでやって、試験に向かいました。
試験会場で問題冊子を開いた瞬間、少しだけ手が震えました。
(落ちたらどうしよう)
でも、1問、また1問と解き進めていくうちに、ふと気づきました。
「あれ……解ける」
もちろん、全問自信があるわけではありません。
それでも、過去問で見たことのあるパターンが多く、
「全く分からない」という感覚ではありませんでした。
試験が終わり、自己採点をした結果──88点。
嬉しさよりも、先に出てきた感情は「安堵」でした。
「やっとスタートラインに立てた」
「これで技能試験に進める」
ずっと胸の奥にこびりついていた
“自分は何をやってもダメだ”という感覚が、少しだけ薄くなった気がしました。
■ そして始まる“最大の壁”──技能試験
翌日、訓練校に行くと、教室は学科試験の話題で持ちきりでした。
「自己採点どうだった?」
「〇点でした」「ギリギリだけどいけたかも」──。
結果的に、クラス全員が合格していました。
ひとまず、みんなで乗り越えた最初のハードル。
その空気が、教室を少し明るくしていました。
しかし、その空気を一変させる一言を、講師はすぐに口にします。
「みなさん、筆記試験お疲れ様です。
でも、ここからが本番です。
技能試験で落ちる人は、意外といます」
第二種電気工事士の技能試験。
受験者の多くがここでつまずく、“最大の関門”です。
正直、“逃げたい”という気持ちがなかったと言えば嘘になります。
でも逃げても、また同じような人生に戻るだけだと分かっていました。
■ 13課題の“地獄の1周目”
技能試験では、公表された13の課題をひとつずつ作れるようにならなければなりません。
・3路スイッチ
・4路スイッチ
・コンセントとスイッチの複合
……など、内容も配線の難易度もさまざまです。
1つ目の課題に取り掛かったときのこと。
講師がひとつひとつの手順を示しながら、
ケーブルの長さの測り方
被覆の剥き方
心線の長さの整え方
器具への結線の仕方
を説明してくれました。
それでも、ひとつの作品を作り終える頃には、午前中の授業が丸々終わっていました。
「これ……40分で本当に作れるようになるのか?」
2つ目の課題も、また午前中がまるごとかかりました。
3つ目も、ほとんど同じ。
このペースで本番に間に合うのか?
不安というより、もはや“絶望”に近かったかもしれません。
そんなとき、講師がふとこう言いました。
「最初はみんなこんなものですよ。
2周目から、一気に作業スピードがはやくなりますから」
その言葉を、半信半疑のまま胸の中にしまい込みました。
■ “複線図が書けない”という大きな壁
技能試験でまず最初にやらなければならないのが「複線図を書く」という作業です。
最初はこれが、まったく理解できませんでした。
・どの線がどこにつながるのか
・スイッチの位置関係
・照明とコンセントの配線ルート
頭の中で全然整理できない。
紙の上の線が、ただの線の集まりにしか見えないのです。
ただ、講師が授業中に何度も繰り返していた言葉がありました。
「白は白へ」
「黒は黒へ」
「渡り線は、どちらの色にもつながれる」
「配線は、必ずどこかとつながっている」
最初はただの“呪文”のように聞こえていました。
でも、私はその言葉をメモに書き、
休み時間も家に帰ってからも、ひたすら複線図を描き続けました。
分からなくても、とにかく手を動かす。
講師の呪文のような言葉を思い出しながら、何度も何度も描きました。
ある日、何枚目かの複線図を書いていたとき──
ふと、頭の中で線が一本につながった感覚がありました。
「あ、こういうことか」
白線と黒線の意味。渡り線の役割。
それぞれの線が“きちんと意味を持ってつながっている”ことが、初めて腑に落ちた瞬間でした。
この瞬間、手が止まりました。
目の前の紙が、ただの線ではなく、「回路の意味」に見えた。
それまでずっと“理解以前”だった自分が、初めて「理解する側」に足をかけた気がしました。
■ 2周目で世界が変わった瞬間
13課題の1周目を終える頃には、正直ヘトヘトでした。
「本当に間に合うのか?」という不安は消えないまま。
それでも、2周目に入りました。
すると──不思議なことが起こりました。
1周目では午前中いっぱいかかっていた課題が、
2周目では半分くらいの時間で終わるようになっていたのです。
「あれ……? もうできた?」
自分でも驚きました。
・複線図を書くスピードが上がった
・配線の順番を覚えていた
・工具の持ち替えもスムーズになっていた
「慣れる」というのは、こういうことなのかと実感しました。
周りを見渡すと、他の受講生も同じようにスピードが上がっていましたが、
“置いていかれている感覚”は、1周目より明らかに減っていました。
初めて、自分の中にこんな感情が芽生えました。
「もしかして、自分でもいけるかもしれない」
この「いけるかもしれない」は、派手な自信ではありません。
でも、人生を立て直すには十分すぎるほどの“芯”でした。
■ 手応え──初めて掴んだ“未来の感触”
3周目に入る頃には、手の動きはさらにスムーズになっていました。
ケーブルの長さは目測でほぼ合う
被覆の剥き具合も一定
心線の長さも揃えられる
圧着の力加減も感覚で分かる
複線図も、ほとんどの課題は見なくても書けるところまできていました。
“頭で考えている”というより、“体が覚えている”感覚に近かったです。
「あの頃、工具の名前すら分からなかった自分が、
ここまでできるようになるんだな」
そう思ったとき、初めて“自分の成長”をはっきり感じました。
今までの人生で、こういう手応えはあまりなかった。
頑張っても評価されない。
頑張っても報われない。
頑張っても、何かが積み上がった感覚が残らない。
でも、このときは違いました。
やった分だけ、確実に手が動く。
やった分だけ、確実に速度が上がる。
やった分だけ、確実にミスが減る。
努力が、ちゃんと形になって返ってくる。
それは、私にとって“未来を掴んだ感触”でした。
■ 技能試験本番──震える手と、積み重ねた日々
技能試験当日。
会場に入ると、独特の緊張感が漂っていました。
テーブルの上には、器具とケーブルが整然と並べられています。
時計の針の動きが、いつもより大きく見えました。
試験開始の合図が鳴った瞬間、手がわずかに震えました。
「やばい、手が思うように動かない……」
それでも、複線図を書き始めると、
練習で何十回も書いた線が、自然とペン先から出てきました。
複線図を描く
ケーブルを切る
被覆を剥く
器具に結線する
気づけば、作品は30分ほどで完成していました。
残り時間は10分以上。
その時間を、ひたすら確認に使いました。
接地側と非接地側は合っているか
リングスリーブの刻印は正しいか
心線が露出しすぎていないか
締め付けが甘いところはないか
「ここまでやって落ちたら、もう仕方ない」
そう思えるくらいには、やり切った感覚がありました。
結果は、合格。
「あ、本当に受かったんだ……」
その瞬間、胸の奥に広がったのは、派手な喜びではなく、静かな確信でした。
「努力の方向性さえ合っていれば、人はちゃんと伸びる」
「自分は“変われない側の人間”ではなかった」
この感覚は、その後の電験三種にも、エネルギー管理士にも、ずっとつながっていく“土台”になります。
■ 第3章のテーマは「自分の成長を初めて実感した日」
訓練校に入って最初の3ヶ月は、
劣等感と不安に押しつぶされそうな日々でした。
でも、第二種電気工事士という“具体的な成果”を通して、
私は初めてこう思えるようになりました。
「自分は、ちゃんと積み上げれば変われる」
「才能うんぬんより、“努力の方向”が大事なんだ」
もし今、あなたが
未経験で不安を感じている
手に職をつけたいけれど、一歩が踏み出せない
新しい分野に挑戦したいけど、自信がない
“自分には才能がない”と決めつけている
そんな気持ちを抱えているなら、
もしかすると今必要なのは「才能」ではなく、
“正しい方向に、少しずつ積み上げていく環境”
なのかもしれません。
■ 続きが気になると思ってくれたあなたへ
次の第4章では、
文系・未経験が電験三種に挑戦し続けた5年間のリアル
なぜ、諦めずに5年間も続けられたのか
その間にどんなことを考えていたのか
どういった壁に直面していたのか
を、ストーリーとして丁寧に書いていきます。
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「自分もどこかで再スタートしたい」
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