隠れオタクの本音と建前に少しの初恋をブレンドしました(13)【創作大賞応募作】
あらすじ&1話 ↓
第13話
空と地面の境界線が溶けあう夕暮れ時。
世界が、深い藍色に染まる。
私は、高杉・弟の元へ向かっていた。
完全に日が沈む直前の刹那の時間を、『逢魔が時』と言うらしい。一番交通事故が多い時間なのだと、横山くんが誇らしげに教えてくれた事を頭の片隅に思い出した。
魔に逢う時間か……。
覚悟しなきゃ。
先程の電話で「確かめたい事があるんだけど、いいかな?」と言われ、私は高杉弟に教えられた道を歩いている。目的の曲がり角まで来ると、私はいったん足を止めた。
これから弟とご対面だ。
深呼吸して、私は角を曲がる。
その先に、長身の爽やかなイケメンが立っていた。彼は私を見て一瞬驚いた表情をし、それから笑顔になって手を振ってくる。そんな弟に軽く頭を下げてから、私は本題に入った。
「はじめまして、確かめたい事って何ですか」
「どうも。君が、トーコさん?」
「はい、若槻燈子です」
初対面でしかも年下なのに、電話の時からずっとタメ口で話してくる高杉弟に、私は嫌味なくらい丁寧な敬語を使う事にした。
もちろん敬意ではなく、距離を置くためだ。
「てっきりあいつを女にしたような、残念な子が来るのかと思って、怖いもの見たさで呼んだのにさ。これは予想外で、ビビるよね」
高杉弟は、外見を確認する為だけに私を家の前まで呼んだらしい。何様だよ。
けれど、高杉の自宅を眺めるというストーカー的な私の願望はうまい具合に達成された。どうやら高杉のお住まいは、この八階建てのマンションの一室らしい。
ここから全速力で自転車を漕いで助けに来てくれたのかと、あの日のことを思うだけで心に勇気と元気が湧いた。
よし!
私は気合を入れて、臨戦態勢をとる。
「確かめたい事って、私の顔を見るだけですか?」
軽蔑を隠さない声で、弟に問う。
「こいつのスマホに、毎日毎日着信あるけど、どういうつもりなの?」
「人のスマホを勝手に見るのは、どういうつもりなんですか?」
そんな質問返しにイラッとしたのか、高杉弟の声が一気に乱れた。
「先に聞いたの、こっちだけど!」
つまらない声だ。
本当に兄弟ですかと、聞きたくなる。
「あんただったら彼氏ぐらいいるだろ? あいつのこと、パシリにでもしてんの?」
「随分と気になって仕方ないみたいですね。お兄さんのこと」
「……ハァ?」
私は弟を見据える。
「あなたは、自分がお兄さんより劣る所なんて何一つ無いと思ってる。劣る所なんて、あってはいけないと思ってる」
会った瞬間そう思った。
この人は、弱い部分が私とよく似ている。きっと、必死に仮面をつけてその弱さを隠している人だと、会った瞬間そう感じた。
高杉は言った。
両親は、弟がいればそれでいいと。それならもちろん弟だって、そう感じているはずだ。
けれどその思いは同時に、もしも兄より自分が劣ってしまったら、一瞬で立場が逆転するという恐怖とリンクしている。だから高杉弟は、必死に兄を見下しながら、本当は誰よりそうなる事に怯えている。
それが、手に取るように分かった。
私が高杉弟だったなら、同じ心の闇を抱えていたのかもしれない。
「お兄さんに、想定外の行動をとられると気になって仕方がないんですよね」
「は? 俺はただあいつの弟として」
動揺は如実に音にでる。
弟の声が、更に乱れていった。
「あんたに弄ばれてる、可哀想な兄貴の心配してやってるだけだよ、俺は!」
私は視線を逸らしていた顔を上げて、真っ直ぐに弟を見た。
「そんな心配いらないよ」
初めて、タメ口で言葉を返す。
「そんな心配、いらないの」
私の強い断言で、弟の表情に戸惑いの色まで広がり始める。
「逆だから」
「逆……?」
私は大きく頷いた。
「あいつが私に夢中なんじゃなくて、私が、あいつに夢中なの」
私が、好きで。
私が、助けてもらった。
私が、会いたくて。
私が、そばにいて欲しい。
「私ね。高杉のことが、大好きなんだ」
私は弟の目を見つめて初めての恋を語る。そして、心からの笑みを浮かべた。仮面なんか無い。これが、嘘のない私の本心だ。
「スマホ。ちゃんとお兄さんに返してね」
絶句したままの弟に頭を下げて、私は来た道を引き返した。その時、少し先の角を曲がりこちらへと歩いてくる高杉の姿が見えた。
「……あ、若槻さんっ!」
私に気付いた高杉が、こちらへ走り寄ってくる。
高杉に話したい事が山ほどあって、私は何から伝えればいいのか分からない。弟に呼び出されたこと、話をしたこと。色々あっけど、私にとって大事なことはそんな事じゃない。
ねぇ、高杉。
高杉は良い人だから、私に無理やり付き合わされているだけで、本当は私からの電話……。
迷惑だと、思ってる?
弟にはあんなに威勢よく話しておきながら、近頃の私は高杉の前でずっと意気地無しだ。
「若槻さんっ! 僕、スマホをどこかに失くしたみたいで……。一度学校まで戻ってみたんですけど、やっぱり見当たらなくて、電車の忘れ物センターにも問い合わせたけど無くて……」
駆け寄ってきた高杉は、心底、困ったような顔をしている。
「スマホがないと……。若槻さんが泣いてしまう時に、助けに行けないっ。約束したのに」
その高杉の言葉に、鼓動が大きく脈打った。
「スマホ無くして、一番困る理由がそれなの?」
「はい」
一瞬の迷いすらない返答に、目頭が熱くなってくる。
「高杉のスマホ。弟が、持ってたよ」
「え?」
弟の姿が全く目に入っていなかったのか、私が少し離れた所に立っている弟を指差すと、ひどく驚いてそちらを見た。そして、弟の手の中にあるスマホを見つけた瞬間、彼に向かって駆け出していく。
弟からスマホを取り返そうと必死に立ち向かう高杉は、すぐに突き飛ばされて格好悪く尻餅をついた。
それでも立ち上がって、何度突き飛ばされて尻餅をついても、高杉は諦めなかった。
弱いくせに、ヘナチョコなくせに。
それからしばらくの時間、立ち向かって、立ち向かって、また何度も何度も突き飛ばされて、ヨロヨロになりながら、高杉はようやく弟の手からスマホを取り戻した。
そして私を振り返り、画面をタップして耳にあてる。すぐに着信したスマホを、私も耳にあてた。
『高杉です!』
「うん」
『取り戻しましたっ!』
「うん!」
頷いた声と一緒に、涙が溢れ落ちる。
「めちゃくちゃ、格好よかったよ」
そう言って微笑むと、高杉が茹で蛸みたいに真っ赤になって、それから顔をくしゃくしゃにして……笑った。
初めて見たよ。そんな風に、全開に笑うところ。
たまらない程、胸奥でキュンが弾ける。
少し離れた位置で、「お前、揶揄うのも飽きたから。もういいわ」と、捨て台詞を吐いて弟がマンションの中に入って行った。
お手本のような、負け犬の遠吠えだ。
私と高杉は顔を見合わせて、今度は一緒に声を出して笑う。私は高杉に向かって、駆け出していった。
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★第1話に各話のリンク有ります
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