隠れオタクの本音と建前に少しの初恋をブレンドしました(10)【創作大賞応募作】

あらすじ&1話 ↓

第10話

 昨日の、時めきを返せコノヤロウ!

 教室に入ってすぐ私は、昨夜のイケメン高杉と、教室の隅で机の一点を見つめて固まっている通常高杉とのギャップに打ちのめされていた。

 電話だと最高に格好いいのに、通常の高杉は相変わらず魂の抜け殻のようで、見た目も天然パーマのモサモサ君だ。
 昨日は絶妙のタイミングで、「可愛いなと思って」などとミラクル発言をしたと言うのに、その魔法は学校開始のチャイムと同時に効力を失うらしい。

 まぁ、私は声が命だから見た目は気にしないんだけど……。
 高杉、いい奴だし。

 なぜか、精一杯フォローし始めた自分の思考に苦笑した。


 朝礼の時間。
 担任が一時間目の歴史の授業が自習になると話している。教科担当の先生が、体調不良らしい。歴史の自習と、最近の気になるニュースについて何か一つまとめて提出するようにとプリントが配られた。

 自習のみではサボる生徒がいるので、急いでプリントの課題を作ったようだ。サボる気満々だった私は、仕方なくスマホで今日のニュースをチェックする。

【深刻な少子化、政府が画期的な対策を講じる】
 そんなトップページの一番上にある見出しが目に入る。その瞬間、なぜか私のキモオタ妄想スイッチがオンになった。

『本日のトップニュースです』

 高杉が、最強のインテリアイテム銀縁眼鏡をキリッとかけたスーツ姿で登場し、私が愛する最高の声でニュースを読み始める。

『近年の深刻な少子化により、年金制度の崩壊が確実と言われるなか、政府はオタクの非婚率の高さを問題視し、来春ついに【オタク禁令】を発動すると発表しました』

 これは、由々ゆゆしき事態である。

 オタク禁令が発令されれば、オタク狩りがはじまる。
 政府により、日本全国に潜む膨大な数の隠れオタクをあぶり出すため、踏み絵ならぬ各ジャンルの【踏みオタグッズ】が開始されるだろう。
 そして、グッズを踏めない者は非国民とみなされ、即時オタク脳改善の為の更生施設へ強制送還されるのだ。

『待って下さい! 息子を連れていかないで!』
 涙を流し止める母。

『そのオタグッズを踏みなさい』
 迫る政府職員。

『嫌だ! せいんとアイドル・ミルキーキラリ〜私の勇気みんなに届け〜のグッズを踏み付けるなんて僕にはできない!』
 オタク魂を見せる息子。
 こんな非常時でも、アニメのタイトルを略す事なくフルで言い切る所に、並々ならぬミルキーキラリへの愛を感じる。

『踏んで! タカシ! 踏むのよぉおおー!』

 母の願いも虚しく、踏みオタグッズ拒否により連行されていく息子。何という悲劇。こんなことが許されるのか。その後も政府の取り締まりは激化し、ついに秋葉原及び、中野、池袋のオタクエリアが自衛隊により占拠される事態へと発展した。

 その時、オタク達は萌えという名の旗の下に集結し、聖地奪還をめざし立ち上がるのか。ただ、震えながら事態終息を待つのか。
 全国に散らばる隠れオタクの運命は……。

『オタク禁令。〜リア充が爆発する前に俺たちが絶滅しそうです〜』
 2024年・夏。全国一斉ロードショー。

  一瞬にして駆け巡った妄想のクオリティに大満足して私は一息ついた。
 いやいや、そこのキモオタよ。課題プリントをやりなさい。まだ一文字も書けてないから。そしてしっかり、セルフツッコミする所までが妄想の醍醐味だ。家にたどり着くまでが遠足。セルフツッコミにたどり着くまでが妄想。

 映画『オタク禁令』の主演俳優のキャスティングまでしたいところをグッと我慢して、私はようやく本物のニュースの見出しをクリックする。画期的な政府の少子化対策は、新たな補償制度による子育て支援だった。
 今のところ、オタク禁令が発令される気配はない。

「ふふっ」

 私は小さく笑ってから、振り返って高杉を見た。
 そう言えば、高杉は勉強はできるのだろうか。ちゃんとノートを書いているなら高杉に見せてもらいたい。それに、得意科目があるなら教わりたい。

 私たちには理科準備室という秘密基地があるし、そこで勉強会だって開ける。高杉ならきっと優しく教えてくれる。一つ一つ、あの低音のちょいエロボイスで丁寧に説明されたら……。

 また妄想スイッチがオンになりかけて、私は急いでその妄想電源をオフにした。まぼろしのイケメン高杉が家庭教師姿で登場してくる寸前に、なんとか幻の世界にお帰り頂いたのだ。ここは、学校の教室。イケメンにのみ許されし一言をくらって、興奮のあまり昨日のように発作を起こし倒れたら大変だ。
 
 私は意識をなんとか課題プリントに戻し、「最近の気になる記事は、少子化対策です」と書き込んだ。
 そして、「どんなに便利な世の中になっても、未来を生きる子供が健やかに育てる環境が無いと意味がない。子育て支援は、私たちの未来にとって最重要課題であると私は考えます」と理由をきっちり記入した。

 よし。うまく賢い人をよそおえているような気がする。

 私は決まった答えが一つだけある問題は苦手だけれど、とりあえず何か書いておけば、部分点はもらえるであろう問題は得意なのだ。しかし書き込んだ意見に反して、私は結婚や出産どころか、現実の恋すらした事がない。

 高杉は、恋をした事があるのだろうか。
 あるとして、あいつは、どんな人に焦がれたのだろう?

 近頃の私は、気付けばいつも高杉のことを考えていた。

 *

 
 学校からの帰り道。
 地元の駅まで戻ってきた私は、最寄り駅から真っ直ぐ伸びた並木道を歩いていた。淡い朱色に染まった雲がゆっくりと流れていく夕暮れ時は、朝よりずっと空を低く感じる。
 家に帰ると、母がちょうど玄関で靴を履いていた。

「あれ?  今から買い物?」
「お味噌が切れちゃいそうなのよ。今から急いで行ってくるわね」
「お味噌汁、無くてもいいよ」

 そう言って引き止める私に、「調味料が切れると、なんだか不安なのよ」と母が苦笑する。

「そうなんだ……」

 主婦とは皆、そうなのだろうか。
 料理を母に任せっぱなしの私にはピンとこない。

 母を見送ってから二階の自室に上がった。
 制服を脱いで、ボーダー柄のトレーナーとスキニージーンズに着替える。脱いだ制服のジャケットをハンガーにかけていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 あれ? 財布でも忘れたのかな。

  クスリと笑いながら階段を真ん中まで下りて玄関を見る。そこにいたのは、母ではなく父だった。

 瞬間、息が詰まる。
 私は急いで自室に戻りドアを閉めた。

「増美? 出掛けているのか?」

  一階で父が母の名を呼ぶ。息を潜め耳を潜ましていると、父が二階に上がってくる足音が聞こえた。
 仕事人間で外では完璧な父が珍しく早く帰宅した夜。決まって父は家の中で狂う。母に暴力を振るい、母がいないとその対象が私になる。
 ドアを背に立ち尽くしていると、小さな何かが階段に跳ねて転がり落下していく音が聞こえた。

 その刹那せつな、音に合わせて飛び出してくる苦い記憶。

 私が初めて狂う父を見たのは小学三年の頃。その日も、母が用事で出掛けていた。
 帰ってきた父の手にはオモチャ屋の袋が握られていて、私は笑顔で父を出迎えた。自分へのお土産かと喜ぶ私の横を、父が無表情のまま通り過ぎていく。

 リビングで紙袋からホビーピストルを取り出した父は、そこにビービー弾と書かれた袋に入った小さな弾を詰め込んでいた。そして窓を少しだけ開けると、そこから銃口を出し何かを撃ちはじめたのだ。

『おとーさん……?』

 父の後ろからそっと窓の外を見ると、庭のブロック塀にとまったスズメの一羽が落下していく瞬間が見えた。背中に冷たい水を垂らされたような、嫌な寒気が体を襲う。

 父は満足そうに笑いながらスズメを撃ち、野良猫を撃ち、そして静かに振り返った。一際楽しそうに目を細めた父が、私に向かって引き金を引く。
 それはオモチャのエアガンで、それほど強い威力はないらしい。それでも、当たれば痛んで赤くなり、もしも瞳に当たれば失明の危険だってある。

 どれほどの数があったのか分からないビービー弾が全て無くなるまで、泣いて逃げ惑う私を、父は楽しそうに打ち続けた。

「燈子? 帰っているのかい?」

 普段と違う声音こわねで名前を呼ばれ、更に恐怖が湧く。

 どうしよう。
 私の部屋に鍵はついていない。私は自分で動かせそうなチェストを引きり移動させて扉を塞いだ。

「燈子? 部屋にいるんだね?」

 近づく父の足音と、ビービー弾が床に落ちて弾む音が響く。私は両手で力いっぱいチェストを押さえた。その手が、 どうしようもなく震えだす。

 大丈夫、大丈夫よ。
 激しく脈打つ心臓に、言い聞かせるようにそう繰り返した。

 大丈夫。大丈夫。
 父が時々壊れたって、母が時々家出したって、私には神がいる。いつだって神の声を聞けば救われた。何かある度にいつもそうして乗り越えてきた。
 だから……だから今だって……。

 瞬間、物凄い力で扉が押され、チェストが少しずつ手前に移動してくる。

「ひっ」

 私は恐怖とその衝撃で思わず尻餅をついた。涙で滲む視界に、ベッドの上にあるスマホが映る。私は片手でチェストを抑えながら、逆の手をスマホへと伸ばした。

 もう少し、あと少しで届く。けれど寸前の所で手が震えて上手く掴めない。私は深呼吸してから、もう一度手を伸ばした。

 掴めた!
 そのまま震える指先で通話をタップする。

 今までずっと、誰にも言わなかった。
 今までずっと、誰にも言えなかった。

 父親からこんな扱いを受ける自分は、その程度の価値しかない人間のような気がして、自分がとても恥ずかしい存在に思えた。

 でも、あいつになら言える気がした。
 だから……。

「助けてっ、高杉」
 

11話


★第1話に各話のリンク有り

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