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ハードボイルド書店員の一如ダイアリー第9話

<ヤナギダクニオ>

「すいません、こちらのお店にヤナギダクニオさんの本はございますか?」

熱帯夜が続く平日の朝。深く眠れぬせいか、しばしば頭のなかを鋭い痛みが駆け抜ける。穏やかな笑みを浮かべた年配の女性がレジを訪れた。私は枯渇しかかったホッチキスの針を補充している。同僚が「こちらで承ります」とカウンターの脇へ置かれたノートパソコンの前へ移った。彼はかなりの読書家である。慣れた手つきで「柳田国男」と打ち込み、エンターキーを叩いた。

「いまこちらに置いているのは角川ソフィア文庫の『新版 遠野物語』だけですね。何かお探しのものはございますか?」
「タイトルはわからないのですが、脳死状態になったお子さんのことを書いた本で」
「脳死ですか? 著者が柳田国男さんで?」
「ええ」
首を傾げ、もしやと「柳田國男」で打ち直している。結果は変わらないようだ。
「彼は民俗学の研究者なのでそういう著作は」
「え、本当ですか。でもたしかに」

痛みと共にひと筋の稲妻が脳髄を突き抜けた。

連絡のついた客注品をカウンターへ持ってきた社員にレジを頼む。大股で歩み寄り「他のヤナギダクニオさんだよ」と声を掛けた。
「そうなんですか?」
「ノンフィクション作家の柳田邦男さん」
代わりにパソコンのキーを打つ。すぐに「犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日」(文春文庫)がヒットした。一冊在庫あり。取ってきた。女性は何度も頭を下げてくれた。

「先輩ありがとうございます。助かりました」
「もうひとり、ジャーナリストで柳田邦夫さんという人もいるらしい」
「覚えておきます」
「というか」

商品知識は邪魔にならない。だが思い込みは厳禁。今回だと「民俗学者・柳田国男」を知らない書店員が、カタカナかひらがなで検索した方が正解へ早く辿り着けた。それをどう伝えたらいいだろう。
「世阿弥とか読んでたっけ?」
「はい。岩波文庫の『風姿花伝』を」
「『花鏡』は?」
「聞いたことあります。『初心忘るべからず』ですよね」
気づいてくれたと信じたい。

<第一三条>

「ちょっといい?」

同日午後。資格書及び法律書のエリアを巡回していると、年配の男性に声を掛けられた。豊かな白い眉毛がかつて首相を務めた某議員を連想させる。
「いらっしゃいませ」
「日本国憲法の本ってここにあるだけ?」
「そう、ですね。あとは文庫とか」
「文庫の方がいいな。安いから」
「ご案内します」
正直な人は嫌いではない。

「お待たせいたしました。こちらはいかがでしょうか?」
棚から抜き出した「新装版 日本国憲法」(講談社学術文庫)を手渡す。
「薄くていいなあ」
「解説はないのですが」
「それでいいよ。第一三条を正しく知っておきたいだけだから」
「幸福追求権ですか?」
「そうそう。あなた詳しいね。もしかして法学部出てる?」
「いえ」
面倒臭いので否定した。実際さほど深くは学んでいない。所属していた国際交流サークルで安楽死や臓器移植の是非に関するプレゼンテーションを何度かおこない、勉強会の司会進行をこなしただけだ。

「えーと条文は」
「たぶん17ページです」
「ちょっと読んでくれる?」
「いいですよ」
こんな文章が記されている。

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

「新装版 日本国憲法」講談社学術文庫 17P

「素晴らしい考え方だねえ」
腫れぼったい瞼を閉じ、噛み締めるように頷く。あなたもですかと握手を求めそうになった。
「改正論議も悪くないけどさ、こういう立派な条文を政府がちゃんと守ってからの話だよね」
「そう思います。そもそも憲法は権力を縛るためのものですし」
「安心したよ。ほら、ああいうのが目立つ場所に置かれてるお店だから」
政治関連の本を積んだエンド台へアゴを向ける。私の担当ジャンルだが、メインで選書しているのは他の正社員だ。正直あのラインナップのなかに売りたいものがどれだけあるかと問われたら。
「申し訳ございません。いろいろ事情がございまして」
「いや、謝ることじゃないよ。両方の意見を紹介するのはフェアだと思うし」
「そう言っていただけると」
「これ、ありがとう。レジはあっち?」

幸福追求権。書店員が仕事を通じて追い求める「幸福」とは何だろう? 少なくともお金だけじゃないのは間違いない。

<年年歳歳>

「京都に関する本はこの辺りだけかな?」

同日の夕方。JTBパブリッシング「るるぶ」と昭文社「まっぷる」の補充分を旅行ガイドの棚へ出す。しれっと新刊が混ざっているケースもあるから油断できない(旧版と入れ替え、新たに棚登録をする必要がある)。白髪のにこやかな紳士が隣でつぶやいた。
「そうですね」
「少し前に、大きな書店で黄色い表紙の面白そうな本を見掛けたんだよ」
「黄色い表紙、ですか」
それだけで特定するのは難しい。
「他に特徴がございましたら」
「覚えてないなあ。京都出身の人が書いた日記みたいな感じで」

本日二度目の稲妻に貫かれた。

お問い合わせカウンターまで御足労いただき、椅子に座ってもらった。こちらも向かい側に腰を下ろし、ノートパソコンのキーを叩く。2018年に出版された「京をあつめて」(ミシマ社)の表紙画像を見せた。著者は丹所千佳(たんじょ・ちか)さん。京都生まれの編集者である。
「ああ、これだ。間違いない。置いてないの?」
「申し訳ございません。お取り寄せは可能です。ただ入るまでに10日から2週間ほどお時間を」
「急いでないから頼もうかな。よく知ってたね」
「たまたま最近読んだので」
「面白かった?」
「面白かったです。行ってみたいお店や胸に響く言葉にいくつも出会えました」
「たとえば?」

記憶の底を掘り起こす。たしか111ページ。こんな文章があった。

今の自分は一年前の自分とどのくらい同じで、どのくらい変わったんでしょう。同じことを繰り返すことで、変わったことに気づくし、同じではいられないと知るし、いつまで繰り返すことができるだろうと思うのでした。

「京をあつめて」丹所千佳 ミシマ社 111P

「ああ、いいねえ。あれだ。年年歳歳花相似たり……」
「歳歳年年人同じからず。ただ花も毎年同じように咲いていると見えるけど、実は少し違ったりするんですよね」
「わかるよ。いまという時間は本当にいまだけ。だからこそ尊いんだなあ」
全面同意。

本をたくさん読んでいる人が、必ずしも書店員に向いているとは限らない。なぜなら仕事の本質はコンビニなどと同じ接客業だから。でも己のために積み重ねた読書体験が、結果的にお客さんのために役立つこともある。もしその事実に幸せや充実を感じられそうなら、ぜひ。共に働きましょう。

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