見出し画像

レティシア書房店長日誌

尾崎真理子「1945年に生まれて 池澤夏樹語る自伝」
 個人的に大好きな作家である池澤夏樹の自伝。(岩波書店新刊2860円)読み応えある一冊でした。文芸評論家の尾崎真理子が聞き手となって語られる構成で、300ページをなんなく読み切りました。そして、初期の作品を再読したい気持ちが出てきました。
  

 池澤が生まれた1945年は敗戦の年。父親である日本を代表する作家、福永武彦との関係、デビューするまでの下積みの日々、日本を飛び出し世界各地で暮らしてきた時代、小説家として作品が世に認められるまでの道程、そして、これからの日本のこと、未来の地球のことを語ります。
 巻末には、彼の著作一覧が載っています。1984年に出た「夏の朝の成層圏」から2024年の「ノイエ・マイハート」まで、小説だけで約30冊。私はほぼ読んできましたが、どれも小説を読む醍醐味に浸れる作品ばかりです。しかも、そこに著者の世界観や思想が反映されていて、読後に考えることも多々ありました。
 「母親コンプレックスというのはずっと強くて、仕事で何かを決める際、あるいは社会的な発言をする際、それを母親が認めてくれるだろうか、ということが、いまだに自分の中のチェック項目としてあります。」
 池澤の母親は、詩人として活躍した原條あき子、伯母は生化学者でした。家父長制度が支配的だった時代、彼女たちは社会に出ることの困難さにぶつかっていました。
 「才能を生かして世に出るべき女性たちが出られなかった恨みをを預かって、ぼくは今でも戦闘的フェミニストだと自認している。彼女たちの夢や願いを、自分の小説の中で晴らそうとしてきた。『真昼のプリニウス』(1989年)の頼子さんから始まって、女性の学者がよく出てくるでしょう?女性の視点で書くことも多い。それはおそらく、父親への共感が薄く、その分だけ母親への信頼が厚いからです。」なるほど、池澤の小説に登場する女性たちが魅力的なのはそういうことかと納得です。
 さらに、大手機械メーカーに勤務する男と、タイ・カンボジア国境の難民キャンプで働く女の恋を描く初の恋愛小説「タマリンドの木」(1999年)について、こんな風に語ります。
 「現代において何が恋愛の障壁か。家柄や身分ではない、戦争でもないし、肺病や白血病でもない。本当に男女を分け隔てるものがあるとすれば、それは女性の自立性です。そこに男が合わせられるかどうか。その決断をする男はいるというリアリティが、あの頃、1990年頃の日本でようやく生じようとしていた。だから成立したんですね。」
 行動する女性たちをえがいてきた描いてきた池澤は、2009年に傑作「カデナ」を発表します。聞き手の尾崎真理子は、この作品を「二十一世紀初頭の池澤さんの代表作であり、傑作と言いたいと思います。文学賞を総なめにしてきたこの作者にしてこの作品が無冠だったのは、国家機密をめぐるスパイ活動を正面から生々しく扱っていたからかもしれません。」
 60年代ベトナム戦争の最中、沖縄嘉手納基地のB52爆撃機をめぐる物語で、アメリカ帝国主義に翻弄される沖縄の現状をあぶり出した長編でした。
ぜひ本書を読んで、池澤の作品に接していただきたいと思います。
 「池澤さんの文体は字数を無駄に使わなくて、効率的で切れがいい。頭の中ですごく整理され、理解した上で書かれているからですね。」という尾崎の指摘は、その通りだと頷きました。

⭐️レティシア書房ギャラリー案内
3/18(水)~3/29(日) 「まるぞう展」(陶器)
4/1(水)~4/12(日)  アキコハセガワ版画展
4/15(水)~4/26(日)  つむぐ舎 絵本原画展
4/29(水)~5/10(日)  さわらぎさわ作品展

⭐️入荷ご案内
丹渡実夢「迂闊in progress『プルーストを読む生活』を読む生活」
2970円
「てくり35号ー土と果樹と」(770円)
平川克美「三歩あるけば旅の空」(2200円)
TSUTOMU IBUKI「悪い星の下に」(1540円)
エトセトラ「特集 SRHR」(1650円)
ゆうあん「ソロアラサー·イン·ワンルーム」(1000円)
平城さやか「ふつうに働けないから、好きなことして生きています」
(1760円)
子鹿·紫都香「キッチンドランカーの本」(660円)
「ちゃぶ台14号」(1980円)
「仕事文脈27」(1320円)
きくちゆみこ「人といること、すさまじさとすばらしさ」(2420円)
あさいまこ「ままならないまま、ママになった」(1000円)
「ほんと本屋とわたしの話23」300円
パン·カンパニー「ファミリ~ドキュメンタリー漫画」(2640円)

「北海道SFアンソロジー」(1980円)
地図子「生きている実感がほしくて川を歩いている」(1320円)
嶋田翔伍「住まなくても都」(1760円)
「暮らしの本」MINOU BOOKS(2200円)
中村季節「大工日記」(1980円)
税所篤快「大地との遭遇」(2200円)
碇雪恵「そいつはほんとに敵なのか」(1870円)
植本一子「とある都市生活者のいちにち」(1540円)
佐々木里菜「近く訪れる彗星」(2200円)
「蟹ブ店番日記」pha(1090円)
能町みねこ「デッドエンドで宝探し」(2200円)
折小野和弘「夏を待つ」(1980円)
渡邊愛知「guriのぐるり」」(1980円)
鎌田安里紗&マルティメンド有加「わたしの服は どこから来てどこへいくの」」(2090円)
藤原辰史編集「京大マガジン0号」(1650円)
テラニシシュウヘイ「喫茶結社の”読む”ラジオ·アーカイブス」
(1100円)


いいなと思ったら応援しよう!