遡ろう 歌おう 森林のレキシ
前回の記事では、みなさんが受け取る「森林の多面的な効果」について、世論調査をもとにした、ランキング形式で解説しました。
そして、その効果額は、例えるなら年間7,000オオタニサンと非常に大きく、多くの人が恩恵を受けている、というものでしたね。
これを踏まえ、「私も森林から少なからず恩恵を受けている」と思えれば、年間1,000円の森林環境税を払うのも、少しは気分がよくなりませんか?
という記事でした。
地球温暖化による気候変動が進む中、森林に対する期待は大きいです。
であれば、その森林の機能を、より大きなものにできないのでしょうか。
これを考えるためには、歴史的に見て、現代の森林がどのような状態なのかを理解する必要があります。
そこで今回は、
日本の森林の歴史と現代森林の評価
について、書いていきます。
持続可能な社会に生きた縄文人
どんぐりひろって食べてた
あの頃の夕陽赤かった
貝は食べすて貝塚
海沿いに移動するいつしか
feat.足軽先生・東インド貿易会社マン
2011,レキシ
レキシさんの「狩りから稲作へ」という楽曲の歌詞の一部です。
日本の歴史をテーマに楽曲を制作するという、独自のスタイルのレキシさん。
なんだか心地の良い楽曲ですよね。好きです。
さて、引用した歌詞に「どんぐりひろって食べてた」とあります。
そして、歌詞を読んでいくと、これは縄文時代を指しているのでしょう。
この時代は、春には山菜、夏には魚、秋には木の実、冬には動物を採り(捕り)生活をしていました。
「海沿いに移動するいつしか」という歌詞にもあるとおり、移住を繰り返すような生活ですね。
この生活スタイルだと、木の利用は最小限で、かつ分散しているので、多くの森林が残っている状況でした。
言ってしまえば、私たちが目指すSDGsな社会、持続可能な社会が形成されていたわけです。
稲作定住と君の未来
狩りを終えてひとり帰る道の上
月の明かりも揺れてる
涙拭って狩りから稲作へ
君の未来へつながる稲作中心
feat.足軽先生・東インド貿易会社マン
2011,レキシ
そして曲は、恋とか愛とかを経て「稲作定住」に辿りつきます。
歌詞からすると、弥生時代でしょうか。
水田で稲作をするには、水路などによる水の確保が必要になりますから、おのずと集落が形成されます。
そして、集落や田畑の用地として、森林が伐採され、さらに燃料としても木を使うため、集落付近の森林が徐々に少なくなってきた時代です。
私たちが目指す持続可能な社会は、縄文時代の生活スタイルと言いましたが、それを変えた「稲作定住」が悪かったとは思いません。
それは、この時代がなければ、歴史がなければ、今の便利な時代は違うものになっていたかも知れないから。
「君の未来」(パートナーや子供たちのこと)を考え、より生活しやすい、生存しやすい社会を望むという、至って自然で、正しい選択だったでしょう。
そして、便利な時代を生きる私たちも「君の未来」を考えなければなりません。
例えば、カーボンニュートラルな社会を目指すなど、私たちにできること、やらなければいけないことを着実に進める。
私が、公務員治山技術者として、提案・実行してきた「新たな取組」は、この考えが根本にあります。
レキシさんの素敵な楽曲に影響され、少し話が逸れたので、戻しますね。
最も森林が荒廃した明治中期
さらに、社会が発展した江戸時代になると、木材の使用が顕著となり、各地に「はげ山」が広がりました。
当時の風景を伝える絵などを見ると、山に木が数えるほどしかないものも見られます。
木を書くのが面倒なのかと思っていたのですが、本当に木が無かったんですね。疑ってすみません・・・
また、この頃になると、木を植えて、育てて、使うという人工林の林業も始ます。
一方で、はげ山の増加は、山地災害や洪水を招きました。
これを受けて、当時の幕府や藩は「留山」「留木」という、伐採を制限するなどの制度を設けます。
そして、この考え方は、現在の「保安林制度」へと受け継がれていきます。
その後、明治維新の混乱期には、各地で森林が乱伐され、この混乱が落ち着くと、近代産業が成立。
この時代の燃料は、まだ木に頼っていたこと、さらに人口増加で建築用材が必要になったことなどから、森林伐採が続きました。
その結果、我が国の歴史上、明治中期が最も森林が荒廃した時代であると言われています。
その後、森林法が成立するなど、森林を守る動きが始まりますが、度重なる戦争などにより、大きく改善されることはありませんでした。
戦後の森林資源回復と誤算
戦後復興には、木材が欠かせません。
将来的な経済成長のためにも、木材は重要と考え、天然林を伐採・利用し、新たに針葉樹を植える、拡大造林が行われます。
また、荒廃森林への対策として治山事業も計画的に行われてきました。
しかし、今の時代になって、ようやく利用できる大きさに育った木は、使われずに残っています。
高度経済成長を経て、エネルギーは石油などが主体となったこと、人口の急増に対応するため、海外から安価な木材を輸入していることなどが、原因です。
これらの木が使われないことによる弊害は何か、どうすれば使われるようになるのか、このあたりは、現代の森林が抱える問題なので、今後の記事で詳しく書きますね。
森林の機能を大きくできるのか
結果として、現代の森林は、面的に充実し、成熟した状態になっています。
はげ山はほとんどなくなり、木の根が十分に発達し、豊富な森林土壌が維持されることで、森林の多面的機能が高まっている状態です。
歴史的に見て、現代森林の機能は、良好に発揮されています。
初めに書いた「森林の機能を、より大きなものにできないのか」に対する答えは、森林を大幅に増やすことによる機能の増加はできないというものです。
一方で、局所的に見れば、機能が低下した森林があるので、これらに対して対策を進めていくことも重要です。
機能が低下した森林や、気候変動への対応は、近年の治山対策の課題となっています。
これらは「新たな取組」を進めるうえで、重要なテーマになりますし、技術士二次試験でも、出題テーマとなっています。
これらに特化した記事も、今後書きますね。
ということで、森林の歴史と現代森林の評価について、レキシさんの楽曲を交えつつ、解説しました。
みなさんは、どう感じましたか?
今回も、読んでいただきありがとうございました。
