「事故物件、浄化いたします。」第8話
☆8☆
翌日の夕方6時。裕司は駅前の喫茶店でコーヒーとサンドイッチの軽い夕食を済ませた後、ベルセレナマンションへと歩いた。歩きながら、昨日、真理亜から聞いた話の内容を思い出す。
小沢家は、いわゆる事故物件に分類される部屋に住みながら、事故物件となった原因をクリーニングする仕事をしているそうだ。クリーニングと言っても、物理的に清掃をするわけではなく、心理的な部分のことらしい。しかも本業ではなく副業だという。物件の所有者からの依頼で実施するもので、今までは母の百合亜が主となってしていたそうだ。今回初めて真理亜が主となって行い、いずれ独り立ちできるようにと、今回は卒業試験を兼ねて暮らしているという。
ちなみに、昨日マンションにやってきた初老の男性が率いる一団も、霊的な力で事故物件を除霊という名のクリーニングする集団だという。小沢家と同じようなものかと裕司は考えたが、真理亜によると、似て非なるものらしい。小沢家はオーナーからの依頼があって初めて事故物件と関わるが、昨日の一団は、依頼がなくても自分たちから赴いて浄化するそうだ。噂によると、部屋の所有者に色々と話をして(結果的に怖がらせて)除霊をしているらしい。基本的には無料と言いながら、金銭でお礼を支払いたくなる所有者も多くいたため、賛否両論の噂が流れているとのことだ。本人たちは善意で活動していると言ってはいるものの、活動自体が外部からは分かりにくいため、小沢家では通称「狐」と呼んでいる。狐は、お稲荷さんに神様として祀られるような狐もいれば、自然界で普通に生きているだけのものもいる。同じ生き物に見えても簡単には区別できず、神様のような力をもつものなのか、ただ化かされるような幻なのか、見分けがつかないというのが由来らしい。
裕司はいわゆる普通の人間なので、目に見えない世界の話はよく分からない。そのため、真理亜が懸命に説明しても、すんなりと理解することはできなかった。しかし、真理亜と初めて出会った日の体調不良の原因が、事件の影響と聞けば、理解は及ばないながらも興味をひかれた。
そうして、管理員業務の範疇は超えるが、招待があったことと、好奇心が抑えられず、今夜、業務終了後にもかかわらずベルセレナマンションまで赴いた。小沢家で行われる、真理亜の卒業試験に同席するためだ。
約束した時刻は夜の7時。7時ちょうどにベルセレナマンションのエントランスに着くと、裕司はインターホンで1109号室を呼び出した。音声が繋がる音がしたので、裕司は「こんばんは、管理人の関です」と名乗った。
「はい、どうぞ」
真理亜の声が聞こえて、エントランスのオートロックの扉が開いた。
部屋を訪ねると、真理亜が迎え入れてくれた。中に入ると、玄関から部屋の奥へつながる廊下がり、まっすぐに進んだ先にリビングがあった。リビングにはソファとダイニングテーブルがあり、ソファには先客が二人座っていた。五十代くらいの男性と、三十代くらいの男性だった。年長のほうの男性をよく見ると、この部屋の所有者の伊藤だった。
「伊藤様?」
裕司が驚きながら声を出すと、
「やあ、関くん。久しぶりだね。今日は会えると聞いていたから、楽しみにしていたよ」
「いえ、そんな……」
裕司は伊藤が来ているとは知らされていなかったので、驚きで言葉が見つからず、最後まで声にならなかった。
「いや、そうじゃないな。まずは君に謝らないといけない。先日は、取り乱してしまって申し訳なかった。君にも苦労をかけたようだね。君の後任から聞いたよ。関くんは今、このマンションの管理員をしているそうじゃないか」
「は、はい」
「君が私の担当でなくなって寂しいよ。また戻って私の担当になってくれると嬉しいんだが」
裕司は、事件の後、髪が逆立つほど怒りに震えていた伊藤の姿を思い出した。そして今、目の前にいる伊藤が、以前とは打って変わって、裕司に謝罪するほど落ち着いているのが信じられない気持ちだ。
「あの時は、大人げない態度をとってしまって恥ずかしいよ。事件のせいで部屋の価値が下がることばかり心配していたんだ。でも、こちらの方から小沢さんを紹介してもらえて。とても気が楽になったんだよ」
「関さん、初めまして。小島と申します」
伊藤の横に座っていた男性が裕司に声をかけた。
「あ、初めまして。関と申します」
裕司は状況が理解できないながらも、必死で挨拶の言葉を返す。
「伊藤さんからも、小沢さんからも、あなたが良い方だと伺っております。本日はよくお越しくださいました」
とお辞儀をした。
そこへ、真理亜がリビングの隣の部屋から出てきた。黒くて、床まで届きそうな長いローブを着ている。まるで魔法使いみたいな装いだと裕司は思った。
「皆さま、それでは始めたいと思います。管理人さんも、どうぞこちらへお掛けください」
そう言ってダイニングテーブルの椅子をすすめ、裕司が座ると、自分も反対側の椅子に腰をかけた。真理亜の手には、握りこぶし二つ分くらいの水晶玉があり、それを支えるクッションと共にテーブルの上に置いた。
リビングの隣の部屋には、真理亜の父の達樹、母の百合亜、弟の夏樹が正座で座っている。皆、真理亜と同じような黒いローブを着ていた。
「では、伊藤さん、管理人さん、小島さん。この水晶を見ていてください」 真理亜はそう言うと、水晶を両手で包み込む。そして、丸みを持たせた手の形を保ったまま、水晶から10センチメートルほど手を遠ざけて、水晶を見つめ始めた。
部屋の照明は天井の灯りだけ。それなのに、裕司には、水晶の中に赤や黄色、水色や緑の様々な色が浮かんでは消えるように見えてきた。不思議に思って真理亜の顔を見ると、裕司は息を飲んだ。薄い茶色だったはずの真理亜の瞳の色が、水晶の色と同じように変化していたからだ。オーロラが様々な色に変化する夜空のショーでも見ているようで、目が離せない。時間が経つのも忘れて見とれていると、真理亜の胸に垂れていた髪が、風に吹かれたかのようにふわっと舞った。真理亜の瞳の色が、徐々に薄茶色に戻っていく。そして一瞬、金色の砂のような煌めきが見えたかと思うと、部屋全体に風が吹き抜けた。
「これで完了です」
真理亜は絞り出すような声で言うと、深呼吸をした。
この場にいる皆の呼吸が聞こえそうなほどの静寂を破ったのは、ぱちぱちと拍手する音だった。
「お見事」
小島が言った。
「ありがとうございます」
真理亜はそう言うと、母の方に視線を動かした。百合亜は、真剣な表情で真理亜を見ながら頷いた。
「これでもう、小島さんのサイトからは消していただけるのですね?」
伊藤が小島に尋ねる。
「はい、お約束します。これだけの清涼感があれば、事故以前よりも良いお部屋になったのではないでしょうか」
小島が伊藤に言うと、伊藤は心から安心したように胸に手を当て、ほうっと息を吐いた。
(もしかして……また俺だけ話についていけてない?)
裕司が内心そう思っていると、真理亜が話し始めた。
「管理人さんは、ご存じでしょうか。不動産の心理的瑕疵にあたる物件をインターネットで検索できるサイトがあることを」
「ああ、そういえば、そういうのがありますね」
裕司も不動産関係の仕事をしていた手前、何度か見たことがあった。
「こちらの小島さんは、そのサイト運営をされている方のご親族です。そして、私たちを伊藤さんにご紹介くださいました」
「え?どういうことですか?」
昨日から新しい情報が多すぎて、裕司の理解が追い付かない。
「小島さんたちの運営するサイトは、不動産の取引時に情報量が少なくて、不利な立場になりがちな一般の方向けに運営されています。主に、入居する人にとって心理的に負担のかかる事件や事故が起きた物件を掲載しておられます」
真理亜が説明すると、小島は困ったような笑顔で、裕司を見ながら言った。
「関さんはきっと、事故物件について、所有者側のデメリットを十分に理解されていますよね。人が死ぬことは自然の摂理であっても、その死の理由が事件や事故など、望ましくない形だった場合、人が亡くなった場所についても、人が近づきがたくなることを」
裕司はごくりと唾を飲んだ。そうだ、今回伊藤オーナーが大層取り乱したのも、今後部屋を借りる人が見つからず、大金を投じた不動産の価値が無くなるのをすぐに予見できたからだ。しかも不動産は、持っているだけでも税金や管理費などの費用がかかる。大切な資産だったものが、手放したくても手放せないしがらみになるのは、ぞっとする未来図だ。
小島が続ける。
「我々は、何も不動産の所有者さんに恨みがあってサイトを運営しているのではありません。例えば、食物アレルギーを例にすると、特定の食べ物で体に不調をきたす人もいれば、影響のない人もいますよね。たまたま私を含めた親族の多くが、人の死に際のエネルギ―について影響を受けやすいアレルギー体質とでも言いましょうか。まあ、そんな感じなのです」
裕司は、はあ、と小さな声で相槌を打った。小島が続ける。
「そこで、同じようなアレルギー体質の方向けに、親切心でアレル源がある場所をデータ化して公開しているのです。アレルギーを持っている人がこの先、事故物件を借りたり購入したりした後で困らなくて済むように」
「そうですか……では、どうしてアレルギーを起こすような部屋に、今日いらしたのですか?」
裕司は小島に尋ねた。小島は、にっこりと笑って答える。
「小沢さんたちなら、アレルギーが出なくて済む部屋に変えてくれると信じているからです」
「アレルギーが出ない部屋って……凄惨な事件が起きたことを、なかったことにできるとでも言うのですか?」
裕司は亡くなった男性のことを思うと、胃と胸の奥が熱くなるのを感じた。小島が言うことが自分勝手過ぎる気がして、だんだん腹が立ってきていた。
「いえ、残念ながら、過去に起きたことを変えることはできません。でも、状態は変えらます」
「小島さんのおっしゃる意味がよくわからないのですが」
裕司は苛立ちを抑えながら、静かに問いただした。小島は話を続ける。
「以前、私は不動産の仲介を仕事にしていました。その際、小沢家の皆さんがお住いの部屋を見せていただく機会があったのです。そこは事故物件でこそありませんでしたが、私のアレルギーが反応する部屋でした。でも、小沢さんが入居された後にその部屋に入ると、普通の部屋以上に清浄な空間に変化しているのを感じました。そこで、小沢さんに私と我々親族のアレルギー体質のことをお話したところ、小沢さんの奥様が色々と工夫された結果、部屋が浄化されていたことがわかったのです」
裕司は、今度は百合亜を見た。
「本当ですか?」
百合亜は裕司の方を見て言った。
「管理人さんが混乱されるお気持ちもわかります。私の方こそ、小島さんのように理解のある方と出会えることの方が少なかったのですから。人は、自分の目で見える世界が普通だと認識しますもの。違うものを見ている方とは、お互いに歩み寄らなくては理解し合うのは難しいですよね」
百合亜はふと寂しそうな笑顔をしてから、真理亜に言った。
「真理亜、管理人さんに、あなたの見たものを伝えられる?」
「えっ」
急に話を振られて驚いた真理亜だったが、
「お姉ちゃんならできるよ」
と弟の夏樹が後押しすると、どうやら納得したようだ。真理亜は裕司に視線を移して言った。
「管理人さんのお気持ちが晴れるように、努力します。イメージを共有させていただいてもよろしいでしょうか?」
裕司は、何が何だかわからないながらも、真理亜が話すと、まるで自分の娘が話しているような気分になってしまう。最近、声もきいていない愛娘、みゆ。彼女が自分に話があるなら否とは言うまい。そんな理由で裕司は真理亜の提案を了承した。
「おじさん、僕もそばにいるから安心して」
まだ小学生なのに、大人を支えようとする言葉を言う夏樹。
「別に不安で怖がるわけじゃないよ。大丈夫だよ」
夏樹の健気さのおかげで、裕司は少し強がることができた。
小島も「私の説明より、体験する方が納得できると思います」などと言ってにこにこしている。
真理亜は、裕司の身体の正面に水晶玉を置いた。
「管理人さん、その水晶を、両手で包んでください」
裕司は言われるがまま水晶に触れた。すると、意識がぐんっと水晶に引き込まれたような、まるでジェットコースターに乗って一番高いところから急降下するような感覚があった。
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ピンポン、とインターホンの音がした。「おーい」と声を出して思い出した。妻は今日から旅行でいない。いつも妻が応対していたから、この機械に触れるのは初めてだ。ぴかぴかとランプが点滅しているボタンを押して、「はい、どちらさま」と言ってみると、インターホンの画面に映る人影が「お届け物です」という。帽子を目深にかぶってマスクをしているのでよく見えないが、たぶん配達員の男性だろう。それなら受け取らなくてはと思い、オートロックの扉を開錠するボタンを押してみた。
家の玄関のドアがノックされた。先ほどの配達の人だろうとドア扉を開けると、そこには段ボール箱を持った男がいた。「お届け物です。中に入れましょうか」と言ってきた。重そうな箱と見受けたので、「ご親切にありがとう、こちらへお願いしようかな」と応じて廊下の奥を指さした。「わかりました」と男が言った。自分が先に廊下を歩くと、突然、背中に衝撃が走った。雷に打たれでもしたかと思うほど、痛い。何だろうと思ったときには、廊下のフローリングが目の前に迫ってきた。体中から悲鳴が上がっている?目の前にフローリングがあるのが理解できない。動けない。そう思った瞬間、自分の目の前を黒い運動靴が横切った。部屋の奥から物が落ちる音がする。しまった、もしかしてこれは、強盗か?
そう思った瞬間に、初めて恐怖が胸を占めた。どうしよう、妻は!彼女を守らなくては!
いや、そうだ、今朝、旅行に行く彼女を見送ったばかりじゃないか。子どもたちと、孫と一緒に楽しそうに笑っていた。自分も一緒に行きたいと思わないでもなかったが、きっと今の体調では足手まといになる。それを想像すると、楽しみよりも申し訳なさが勝った。迷惑をかけたくないという思いから、ハムスターとの留守番を選んだのだった。よかった。ここに彼女たちはいない。危害は加えられない。
ほっとして息を吐こうとしたら、喉の奥から変な音がする。風邪でもひいていたか?急に寒気もするし、一体どうしたんだ、今日は。いや、そうだ、奥に変な男がいる。金目のものはほとんどないのに、ご苦労なこった。「真面目に働いた方が、どれほど儲かるか知らないよ」って言ってやりたいのに声が出ない。ごぼっと何か熱いものが口から出て、床に広がった。何だ、これは。こういう黒っぽい赤ではなくて、ぱっと華やかな、明るい赤い色の方が好きなのに。妻の作るサラダのトマト。ああいう赤なら、見ていると元気がでるからいい。「さあ、ごはんですよ」という妻の笑顔……。
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5分で出てこいって兄貴に言われた。そんな短い時間で獲物を見つけろなんて、無茶言うなよ。引き出し全部ひっくり返すしかない。違う、違う、ここにもない。金目のものなんてない。どうなってるんだ、この家。宝石箱?いや、中身すかすかじゃないか。指輪一つだけって、もっと洒落っ気があってもいいだろう、この家の人間。子どものおもちゃ箱の方がもっとましだろ。あれか、流行りの生前整理とかいうやつか?ちくちょう、入る部屋を間違えたな。
後ろで嫌な音がしたな。まずい。本当に今日はついてない。いつもそうだ。ついてる日なんて、なかった。自分にはなかった。きっと永久に来ない。ろくでもないことばかりで時間だけが過ぎていく。もういやだ。このまま手ぶらで兄貴のところへ戻ったら、きっとまた殴られる。怒鳴られる。どうしていつもこうなんだ。どうして、普通に暮らせないんだよ。もうやってらんねえ。ああ、金目のものがなければ、食い物でもいいか。ビールの一つでもあれば手土産になるか?いや、缶だとそれで殴られるな。とりあえず冷蔵庫を見よう。おかずが多いな。うまそう。でも食ってる時間はないんだよ。くそ。ジュースがある。紙パックだ。これなら殴られないか。二つくらいならポケットに入るな。もう時間だ、戻らなくては……。
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またジェットコースターに乗っているような感覚!後ろに引っ張られる、脳が揺れる、吐きそう、と裕司が思ったとき、
「おじさん、大丈夫?」
夏樹が声をかけながら、裕司の腕をさすっていた。
裕司は、視界がぐらりとして、めまいを感じながらも、自分の手を認識し、首がぐらぐらするのを伊藤と小島に支えられていた。
「えっと、今のはなんだ……夢?それにしても、すごくリアル……」
裕司が独り言のように言うと、
「おじさん、しっかりして!僕のことわかる?」
夏樹が声をかけた。裕司は、夏樹の顔を見ようとして、ぼやけた視界が、徐々に物の色と線が見えてきた。夏樹の顔が見えるようになると、
「小沢さんのところの、ぼく…?」
夏樹が「うん、そうだよ」と言いながら、笑顔を見せた。
真理亜は、スプーンに塩をひとつまみのせると、水と一緒に裕司に差し出した。
「どうぞ召し上がってください」
裕司はスプーンを口に入れると、はっきりした塩のちょっぱさを感じ、それと同時に、自分の身体があるのを認識した。水を飲んで一息つくと、真理亜に向かって言った。
「あの、今の映像というか、思考というか言葉というか……あれが、この部屋で実際に起きたことなのでしょうか?」
真理亜は、頷いて言った。
「ごく一部ですが、この部屋に残っていた思い、です。その思いがエネルギーとなって、この部屋に溜まっていました。でも、そのエネルギーはもう水晶の中に移しました。部屋には、もう残っていないはずです。例えて言うなら、掃除機で掃除して、ごみは掃除機の中にある状態です」
「信じられないな…」
裕司は額に手を当てて言った。
「引っ越してきた当初は、通路のあちこちにも犯人の思念が残っていました。管理員さんと初めてお会いした時は、私が防御態勢を整える前に、犯人の思念が体に流れ込んできてしまって、体が拒絶反応を起こしていたのです。それで、あんなにお恥ずかしいことに」
情けない、と言わんばかりに眉間に皺を寄せて、真理亜は俯いた。
「関さん、今の部屋は、どんなふうに感じますか?」
小島が裕司に声をかけた。
「ええと……今、すごく変な感じを味わった後なので……うまく言えないのですが。でも、今、この場所にいるのは、なんとなく落ち着きますね。自分の家のでもないのに、おかしいですね」
と、裕司が感想を言うと、小島はにっこりと笑った。
「関さんが感じたことの全てを共有できているとは思いませんが、先ほど関さんがご覧になった映像みたいなものを、私は事故物件に入るときなどに体験してしまいます。それはそれは、楽しくない時間ですよね」
裕司は小島を見て、明るそうなこの人にも、人とは共有しづらい苦労があるのかと思った。
「でも、それをどうにかしようにも、自分では方法がわからなくて。せめて、親族のサイトを充実させて、私と同じ体質で困っている人を助けたいと考えていた矢先、小沢さんたちと出会ったんです。詳しくお話してみると、小沢さんの奥様も同じような体験をされていることがわかりました。しかも、小沢さんは部屋そのものを浄化する力をお持ちだ。小沢さんに浄化してもらえたら、事故物件だからといって永久にサイトに掲載し続ける意味はなくなります。小沢さんとならば、すでに事故物件になった不動産でも活用できる、世の中の役に立つ仕事ができると確信しました。そして今、実際に小沢さんたちにご協力いただいて、少しずつ、安心して暮らせる住まいを増やしているところなのです」
小島の話をきくにつれ、裕司は疑問がわいてきた。
「この部屋の雰囲気がよくなったのは、なんとなくはわかりました。でも、事件が起きたことはニュースなどで報道されていますし、警察でも記録されて残りますよね。調べれば、いずれわかってしまうことではないですか?」
「関さんが疑問に思われるのは無理もありません。記録は消せません。私たちのやり方は過去を変えることではありませんから」
「では、どうしてサイトから削除できることになるのですか?」
裕司の質問の回答を引き受けたのは、百合亜だった。
「例えは、管理人さんも近くに怪我人や病気の人が倒れていたら、自分にできる範囲で救護しませんか?うちの娘にしてくださったように」
「まあ、そうですね」
「私たちがしていることも、それに似たようなことです。具合の悪い人や怪我している人がいたら介抱して、病院へ一緒に行くようなものです。そして、その具合の悪い人が立ち去った後、その場所をずっと『ここにいると病気になりますよ』なんて言い続けたりはしませんよね」
「そう、ですね」
はっきりと納得できてはいないが、状況を想像するだけなら、そうだと裕司も思った。
「そこで、記録についてですが、記録そのものを思い出す人が少なくなるように、カーテンを引くような、焦点があわなくなる工夫をします」
「そんなこと、できるんですか?」
裕司は百合亜の言うことが信じられなかった。
「管理人さんが昨日会われた団体が、もう来なくなるくらいのことならできますよ」
「本当に?」
「あの人たちも、お忙しいですから。ここ以外にも気になる場所はたくさんおありでしょうし。気になる気配が消えた場所には、自然と足が遠のきます」
「では、あの人たちはインチキというわけではないですか?事故物件の除霊みたいなことをしているそうですが、事故物件の気配そのものを感じ取る力があるなら……あの人たちが手を施した物件でも、小島さんのサイトから削除するのですか?」
今度は小島が答えた。
「私はあの方々が除霊したというお部屋を見に行ったことがあります。最初は綺麗になっていましたよ。でも、時間が経つにつれて、汚れがたまってくるというか、何というか。その場しのぎの仮補修、みたいな感じだったので……私のような体質の人にも、時間が経っても問題がないとは、確信が持てませんでした。なので、彼らの仕事については消さないことにしています」
小島が心苦しそうに言う。
「そう、ですか……」
納得しきれていないようすの裕司に、真理亜が話しかけた。
「今日、管理人さんをお招きしたのは、管理人さんが亡くなった方のことをずっと心配しておられたからです」
「と言うと?」
裕司が真理亜に問いただす。
「優しいお気持ちがあるのは良いことです。でも、同情も過ぎれば重荷になります。管理人さんの心配を楽にしたくて本日はお招きしましたが、水晶を見ながら浄化しないと効果が弱くなるので、先ほどは念のために、特別に水晶に触っていただいきました。亡くなられた男性は、本当に気の毒です。でも、最後の瞬間は幸せな記憶を思い出していました。なので、管理人さんはもう心配しなくて大丈夫ですよ」
「最後の思いが重要、ということですか?」
「そうです。幸せな思いに包まれている状態と、そうでない状態は違います。前の住人の方は、最後は幸せな思いと、愛する方を思いやる気持ちに溢れていました」
「でも、犯人は?犯人の思いも伝わってきました。あの人はちっとも幸せそうではなかったですよ」
「そうですね、彼は……生きながら地獄にいるようなものです。彼のしたことは、酷すぎて決して賛同できるものではません。でも、彼もまた一つの魂です。彼の絶望感がここに留まれば、他の良くないものを引き寄せかねません。なので、ここに残る彼の思いも一緒に浄化しました。これがきっかけになって、本人の気持ちにも変化があると良いのですが」
切なそうに真理亜が言った。
「そんなことが、できるのですか?」
裕司が真理亜に質問する。
「できるかどうかは、わかりません。こればかりは、本人の気持ち次第なんです。犯人の一部とつながっているものが癒されたので、その影響が良い方向に動き出すことを願うばかりです」
裕司は、もう言葉が出なかった。
「管理人さんの思いも、つながっていますよ」
「え?」
「管理人さんの心配事の一部も、石に移すことができました。お帰りになったら、奥様に連絡してみてはいかがですか?」
はにかむように真理亜が笑った。
うわ、まぶしい、と思いながらも、裕司は自分の悩みを、誰にも話したことはなかった。なのに、なぜ妻のことを?この人はどこまでわかってしまうのか……。裕司は、娘を思い出させる真理亜に親近感を抱き始めていただけに、ほんの少しだけ畏怖した。
