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「事故物件、浄化いたします。」第3話

☆3☆

 1109号室の新しい住人の粗相を後始末したあと、各階の手すりを拭き終えて裕司が管理人室に戻った頃には昼を過ぎていた。ようやく管理人室用のポストを確認すると、予想した通り、新しい住人の入居届が投函されていた。

ベルセレナマンション管理組合殿
  入居届
 1109号室 小沢 達樹
 入居日 20××年10月1日
 居住者
  小沢 達樹(世帯主・50)
  小沢 百合亜(妻・47)
  小沢 真理亜(子・19)
  小沢 夏樹(子・10)

 賃貸・売買のどちらであっても、入居者が引っ越ししてきた当日に、入居届を管理員室ポストに投函するのがこのマンションの決まりとなっている。昨日引っ越ししてきたばかりの小沢一家も、ちゃんと手続きをしていた。
(それにしても、1109号室とは)
と裕司は思う。
(まだ、事件からそれほど日も経っていないのに、こんなに早く入居者が見つかるなんて。それとも、時間が止まっているのは俺だけなのか……?)
 裕司がそう思うのも無理はない。この1109号室こそ、裕司が異動させられる原因となった事故物件だ。事件が起きたのは7月。その後の警察による現場検証や賃借人の退去、原状回復のための清掃やリフォーム工事を終えて、新たな賃借人が入居するまで3ヶ月弱。異例の早さといえよう。
 駅から近い物件、または春の卒入学や人事異動の繁忙期ならいざ知らず、特に駅に近くもないマンションで10月に入居とは。裕司の感覚だと、急ぐ理由は見当たらない。しかも事故物件である。事件を起こした犯人がまだ捕まってもいないのに、気味が悪くないのだろうか。
 裕司の頭の中を疑問が次々と駆け巡っていると、管理室と入居者の通路の間にある、ガラスの小窓をトントンと叩く人物が外に立っていた。
 管理員室のドアを開けて裕司は部屋の外に出た。
「1109号室の小沢です。先ほどは、うちの娘を助けていただきありがとうございました」
 グレーのパーカーを来た女性が菓子折りを持って立っていた。顔を見ると、瞳の色が薄い灰色なのが印象的だった。咄嗟に日本語が通じるか心配になったが、今、小沢と名乗ったばかり。どうやら、先ほど倒れていた女性の母親のようだ。
「いえ、たまたま通りかかっただけですから。お嬢さんの具合はいかがですか?」
 裕司がそう尋ねると、1109号室の新たな住人である百合亜は、ふっと表情をゆるめた。
「ありがとうございます。おかげさまで、娘も今は落ち着いています。ところで、これは引っ越しのご挨拶です。よかったら召し上がってください」
(文禄堂のカステラ……好物だ)
 目の前に差し出された菓子折りの袋を見た裕司は、思わず菓子折りを受け取ってしまった。
「あ、どうかお気遣いなく」
 後から言うのも、間が抜けている。
「いえ、もともと用意していたものですから。少しですが、気持ちですので」
 にっこり笑う百合亜は、人の警戒心を解く穏やかさがあった。
「これからご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いいたします」
 深々と一礼をして、百合亜は去っていった。
 落ち着いた大人の女性といった雰囲気の百合亜と話せたことで、裕司は少々気分が高揚したのか、先ほどまでの疑問をすっかり忘れ去っていた。

第4話へ続く:https://note.com/brainy_clover264/n/nd089ae22368d

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