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「事故物件、浄化いたします。」第7話

☆7☆

 翌朝7時、裕司はベルセレナマンションにいた。作業着を着て、住人が出入りするごみ庫へ行き、ごみ収集車が横付けできるスペースへ多数のごみ袋を移動させる。8時の収集時間前には一仕事終えていた。
 その後、道路の掃き掃除をしながら、通勤通学で出かける住人たちへ元気よく挨拶をしながら見送る。そんな時に、見慣れない人たちがやって来た。

 ベルセレナマンションは、オートロック付きのマンションだ。住人であれば、外から帰ったときは鍵でエントランスの自動扉を開けることができる。住人以外がエントランスの奥に入るには、インターホンを鳴らして、それに応答した住人にエントランスの扉の鍵を解除してもらわなければならない。
しかし、住人が出入りするタイミングに合わせれば、住人以外でも入ることができてしまう。
 裕司は老若男女の五人のグループが、たまたま開いていたエントランスの自動ドアから奥に入っていくのを見た。
(見かけない顔だ、住人ではなさそうだ。業者か何かか?いや、今日は特にそんな予定があるとは知らされていない)
「おはようございます!」
 裕司は、大きな声で挨拶した。なるべく朗らかに、自然な感じになるよう気を付けて。
 すると、集団の先頭を歩いていた男性が振り返った。男性の髪はほぼ全部が白髪。年齢はよくわからないが、でも60歳は超えて貫禄だ。背筋がしゃんと伸びているから若々しく見えるだけで、もしかしたら、もっと年上かもしれない。
 作業着を着ている裕司を見ると、ニコッと笑顔になり、
「おはようございます。朝からご苦労様です」
 と言って、また先へ進もうとする。
(自然体で振舞っているけど、見たことのない顔だ。住人ではなさそうだな。すんなり通してはまずい)
 なんとなく、裕司はこのまま引き下がってはいけない気がして声をかけた。
「皆さん、こちらにお住いの方ですか?」
 知りたいことは単刀直入にきいた方がいい場合もある。特に、通りすがりの人なんかには。
 白髪の男性が答えた。
「いえ、こちらに住んではませんが、ちょっと気になるお部屋がありまして」
(住人ではないと認めたな。でもこの堂々とした雰囲気は何だろう)
 裕司は白髪の男性と、そばにいる連れの団体を一人ひとり見ながら言った。
「あいにくですが、ここは住人以外の方が自由に入れるマンションではありません。ご用件を伺えますか?」
 白髪の男性以外は、ぱっと見たところ、二、三十代くらいの女性が二人、四、五十代くらいの男性が二人だが、四人とも裕司とは視線が合わない。裕司は白髪の男性の顔を見た。
 男性は、口角を上げたまま、でも目は裕司をじっと見ながら言った。
「あなたは、このマンションの管理人さんかとお見受けしますが、そうでしょうか?」
「はい、そうです。皆さんは、不動産関係のお仕事の方か何かでしょうか?」
 裕司は返答しながら質問した。
「ははっ。そう見えますか?いえ、違います。でも決して怪しいものではございませんよ。少し中で確認させていただきたいことがあるだけなのです。少しだけ入らせていただいてもよろしいでしょうか」
 裕司は眉をひそめた。
(宗教の勧誘か何かだろうか)
 白髪の男性は、裕司の気持ちを読んだかのように続けた。
「我々は宗教とか、勧誘とか、そんなもので来たのでは。一言で説明するのが難しいのですが、まあ、我々は、世の中をよくするための活動をしている仲間でして」
 と言いながら、エントランスの自動ドア付近まで戻り、裕司を手招きする。裕司がドアの近くまで移動すると、男は裕司にさらに近寄り小声で話した。
「こちらのマンション、事件があったお部屋があるでしょう。そのお部屋の様子を、少し確認させていただきたいのです」
 裕司は真顔で男性を見つめた。
「部屋の方の関係者か何かですか?」
 男性は裕司をしっかりと見ながら答えた。
「今はまだそうではありませんが、この部屋の所有者様と連絡を取りたいと思っています。きっとお困りではないですかな?我々なら、きっとお力になれると思うのですが」
 裕司は静かに、細く息を吐いた。
「個人情報を、軽々しくお話することは出来かねます。気を悪くしないでください。事件がニュースで報道されたりするので、仕方のないことかもしれませんが……このような大勢の方が、住人でも関係者でもないのに、マンション内部に入られてしまうのは困ります。お引き取りください」
 裕司は男性を圧力を加えながら見据え、はっきりと言った。
 白髪の男性は、じっと裕司を見つめてくる。そして、何かを言いかけるように口を開いたかと思うと、ふっと息を吐いて閉じた。
「なるほど、管理人さんとしては、それがお仕事ですな。では、出直すことにいたしましょう。またお目にかかることもあるでしょうが、その時はまた、よろしくどうぞ」
 男性はそう言うと、目元は笑わないのに口元だけは笑顔のようにして、裕司に軽く頭を下げると、エントランスから外へ出ていった。連れの男女は無表情なまま裕司の横を通り過ぎ、白髪の男性の後をぞろぞろと追っていった。

(まったく、人の気も知らないで)
裕司は心の中で文句を言う。気を取り直して掃除を再開しようとしたところ、背後から声をかけられた。
「おはようございます」
 裕司は、はっとして振り返りながら、元気よく
「おはようございます!」
 と言うと、そこに立っていたのは、1109号室の真理亜だった。
真理亜は、つい先ほど立ち去って行った一団の後姿を見て言った。
「管理人さんも、大変ですね」
「ああ、いや、これも仕事ですから。それより、今から学校ですか?」
 あの人たちはあなたのお部屋に行こうとしていのですよ、とは言えず、裕司は話を逸らした。
「はい、これから学校へ行くつもりでした。でも……あの方たちと一緒に駅へ歩くのは、ちょっと……。そうだ、私、まだ時間に余裕があるんです。管理人さん、少しお話できませんか?」
 真理亜にそう言われ、裕司は
「はあ」
と間抜けな声で返事をしていた。

 私たちが今住んでいる部屋の件で、と言われたら、立ち話をして他の住民に内容を聞かれるのは良くない。裕司は真理亜を管理人室へと案内した。
住民が行き来するエントランスに小さなカウンター付きの小窓があって、その奥の空間が管理人室となっている。エントランスの小窓から中が見えるが、見え過ぎるほどではない。管理員室の出入り口は通路から少し奥まった場所にあって、そこの扉は少し開けておく。女性と二人きりの空間が、密室でないことを示すマナーだ。その扉が多少開いていても、小窓を閉めていれば会話の内容まではエントランスへは聞こえそうにない。室内にある事務机とセットになっている椅子に真理亜を座らせ、裕司は予備のパイプ椅子を出して腰かけた。
「むさくるしいところですが」
「いえ、こちらこそお忙しいのに失礼します」
 落ち着いた様子で真理亜が話す。裕司は、真理亜と初めて会った時の状況が状況だっただけに、今、目の前にいる凛とした女性が、同一人物とは信じられないような気持ちになった。
 真理亜は先日と同じベージュのコートの上に、白黒のチェック柄のマフラーを巻いていた。父親似なのか、目の色は薄い茶色をしている。軽くお辞儀をして頭を下げると、さらさらの髪が、肩から前へと滑っていった。
「管理人さんは、以前1109号室に住んでいたご夫婦とは親しかったのですか?」
 真理亜が質問した。
 裕司は、前の住人夫妻と賃貸契約を交わしたときの様子を思い出した。「これからは孫にもすぐに会えるな」と言いながら、妻へ向かって幸せそうに微笑む夫の顔。
「親しい、と言えるほどの深いお付き合いではありませんでしたが、このマンションに住むための契約について、少しお手伝いしました。個人情報にかかわることはお話しできないのですが……優しそうな方でしたよ」
「では、どちらかといえば好意をお持ちでしたか?」
「そうですね。嫌う理由なんて、少しもないですから」
「そうでしたか。お話いただいてありがとうございます」
 真理亜はそう言うと、手を口元にあて、下を向いて何やら考え始めたようだ。沈黙が続く。
 なんだろう、話をしたかったんだよね?という気持ちが強まり、沈黙に耐えかねて裕司が声を出そうとしたとき、管理室の小窓がこんこん、とノックされた。1109号室の百合亜がそこにいた。
 百合亜が管理員室のドアのところまで移動してきて、顔をのぞかせて訊いた。
「真理亜、学校はどうしたの?」
「ああ、お母さん。さっき狐さんたちが来たの」
「あらそう、もうそんな時期なのね」
「私の卒業試験、明日でもいいかな。こちらの管理員さんにも来てもらったほうが良い気がする」
「そうねえ」
 百合亜はそう言うと、裕司に視線を動かした。真理亜も裕司をじっと見てくる。
 裕司はこの会話の流れに、自分だけが置いてきぼりなのを自覚した。狐?そんな時期?卒業試験?それが自分に何か関係あるのでしょうか?
 営業スマイルで表情を作りながら、頭の中は疑問符でいっぱいになっている裕司を見て、百合亜は言った。
「真理亜、管理人さんにはどこまでお話できたの?」
「あ、しまった、ごめんなさい。まだ詳しいことは何もお話できてないの」
「もう、そういうところが、まだまだ不安なのよ。きちんとお伝えしないと、管理人さんだってわけがわからないでしょう?誤解されて困るのはあなたよ。この先、仕事としてやっていくつもりなら、人にわかってもらえるように説明できるようにならないと」
 百合亜は自分の娘に小言を言いながら管理人室に入ると、扉を閉めた。
「管理員さん、うちの娘が話下手で申し訳ありません。もう一度最初から、お話させていただけますか?真理亜、できるわね?」
「はい、お母さん。管理員さん、すみません」
 先程まで凛とした空気をまとっていた真理亜が、見るからにしゅんとしている。
「大丈夫ですよ、どうぞお話しください」
 裕司は、そう返事をするしかなかった。

第8話へ続く:https://note.com/brainy_clover264/n/n1ab752b281f5

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