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銀の滴り ~吉継の覚悟~

第九幕 ③
近江、佐和山城の一室。石田三成の前に、白頭巾で顔を覆った大谷吉継が座していた。病に蝕まれたその体からは凄まじい死気が漂っているが、その眼光だけは異様な鋭さを放っている。

​「治部(三成)よ。……お主の覚悟、しかと受け止めた」

​吉継の声は掠れていた。彼の懐には、ねねから届いたばかりの文がある。『殿下のまことの遺志を継ぎ、豊臣の盾となれ』。その一文が、自分自身の出生の秘密をねねに握られているという確信となり、吉継の胸を焼いた。

​「だが、治部。この戦、家康公という化け物を相手にするには、並大抵の備えでは足りぬ。……お主に忠告しておく」

​吉継は身を乗り出し、三成の目をじっと見据えた。

​「国ひとつと代えてもいい。……あの島左近を、何としてでも、どうにかして完全にお主の家臣にしろ。あ奴の首を縦に振らせるためなら、お主の領地の半分、いや全てを投げ出しても惜しくはない」

​三成はその剣幕に圧倒され、言葉を失った。

​「左近ほどの男がお主の盾とならねば、勝利など万に一つもない。……いいか、治部。これは私の、最期の願いだ」

​三成は吉継の執念に突き動かされ、家禄の半分という破格の条件を提示して、ついに「鬼」と恐れられる島左近を屈服させた。

​数日後、伏見城。徳川家康の元に、ねねからの密書が届けられた。

そこには、三成と吉継が固く結ばれたこと、誠に三成が家禄の半分を投げ打って島左近を召し抱えたことが精緻に記されていた。

​家康は書状を読み終えると、低く、愉悦を孕んだ笑い声を漏らした。

​「……ふふ、ふははは! 島の左近か。あの偏屈な名将を、治部少(三成)が……」

​家康は書状を傍らに置き、窓の外に広がる豊臣の城下を見下ろしながら、あざ笑うように呟いた。

​「石田治部に過ぎたるものが二つあり。島の左近に、佐和山の城か」

​家康の細い眼が、さらに冷酷に細まる。

​「分をわきまえぬ男よ。北政所様に唆され、身の丈に合わぬ名将を抱え、分に合わぬ大望を抱く。……それが、己を滅ぼす毒になるとも知らずにな」

​家康は、ねねが三成を焚きつけ、吉継を死地へ誘い、その上で「家康の手で全てを刈り取らせる」という筋書きを書いていることを確信していた。

​一方、奥御殿のねねは、窓から暮れゆく空を眺めていた。

​(三成……。島左近を仲間にしたと、喜んでおるか。吉継……。友のために良き助言をしたと、満足しておるか)

​ねねの唇が、氷のように冷たく弧を描く。

​(おみゃあたちが強くなればなるほど、家康殿は容赦なく叩き潰す。……秀吉。おみゃあが必死で繋いだその『吉』が、精鋭を揃え、華々しく散っていく様を、わたくしが特等席で見てやるがね)

​島左近という名将の存在すら、ねねにとっては、秀吉の愛したものをより無残に、より確実に壊すための飾りに過ぎなかった。

黄金の城の主が遺した唯一の真実が、いま、一人の女の憎悪によって、破滅の関ヶ原へと引きずり込まれようとしていた。

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