冷やし中華食べたい、革命中なのに #20
20話 厳かな棺
まぶたを降ろし眠るあなたの中で夜を過ごすとき、ぼくは療養センターでのリハビリをよく思い出す。
施術前、ホットスチームベルトでぐるぐるに巻かれ、マットへ横たわる。順番になるまでエアカーテン越し、別のベッドから呻き声を聞く。
あなたはこれから待ち受ける痛みに両目を塞ぎ、覚悟をし、『ぱやちゃんいる?』と繰り返し確かめた。
『ぱやちゃんいないと、おれは自分がどこにいるのかわかんないもん』
そう言われたぼくは熱っぽいむず痒さに打たれ、より一層あなたのそばで、有益なパートナーになろうと決意も新た。
ダウングレード後のぼやけた回路には骨が折れるけど、ギューンと気負いこんだ。
延長したっていつかタイムアップであの施設へ戻る。もしくは交配しなかったペナルティーで鳥小屋へ投げ込まれ、焼き鳥チェーン店へ卸されるかも。
その時どんな役に立てるか見当もつかない。
一悶着の翌日は、音の少ない朝が訪れた。
さゆちゃんは白いポッドへ長く入ってる。
あなたはシャクシャク枯葉をかみ砕く音をさせ、ミルクなしの乾燥グリッツを掻きこむ。更生朗読を真剣なまなざしで聴き終え、さすがのダチョウも混乱ひとしおだったのか、排卵衝動はお休み。
言葉少なにカップを回し、さゆちゃんが出てくる合図のピヨリン!て音を待ち耳をそばだててた。
「そこ入ってお腹いっぱいになる?」
出てきたさゆちゃんは間抜けな質問にちょっと肩をすくめ、重たい差圧シール扉を両手でばふんと閉めた。
「そういうのもあるけど、わたしが受けてるのはビタミン照射だけ。あとはトレーサージェルをちゅーちゅーして簡易造影される。こっちは義務」
「ほえー」
1ミリも理解が追い付いてないほえーだ。
サーチ。フードポッドの成り立ち、主な機能と役割。
『ぱやちゃんぱやちゃん』
ハイハイ、いますよ。トレーサージェルは、身体のホルモン状態に反応する微細な追跡インク入りの医療食ですね。
『わかんない』
ぼくもです。
『やりぃ』
得意げにしないでください。要点を調べておきますから。
『最近そうやって、夜中にハイスペちゃんからカンニングしてくるよね』
うふふ。
『笑ってごまかす癖もついたよね?』
えへぇ。じゃあもうさゆちゃんが初彼氏とちゅーした年齢とかもこっそり聞くのやめますよう。
『それは聞いて!微に入り細に入り調査してきて』
フードポッドの前身はピンクボックス。静謐な白い棺を纏い、澄ました風情で鎮座してるけど、もともとは欲望を叶えるデリュージョン製品だ。
生成した好みの異性とのR18行為から、亡きペットとの添い寝モードまで、節操なしに人々の喪失と欠乏を満たしてた。そこへ出生省が健康補助と判定機能を後付けした。
精度は不明。素人は、数値を鵜呑みにするしかない。
「さびおの具合が悪くなったことあってね、わたし以外は入っちゃダメなんだけど、Tシャツの下に隠して中で寝たの」
「さびちゃん病気なったん?」
「そう。病院行ったら経歴スキャンされて終わるしどうしようもなくて。お腹へ抱いて、小一時間ケアライト浴びた」
「治療もしてくれるんだ、偉いねコレ」
「気休め程度だけど、でも効いた。ぐったりしてたのが、フタ開けた途端逃走してペレットもりもり」
「目に浮かびすぎる!」
愛おしげな優しい目をして、さゆちゃんは怖いことを言った。
「そしたら、妊娠判定が出たんだよ。愛情でも測っちゃったかな?」
「ええ!わりとガバガバ判定してる説出てきた」
「ね。その時来てたオカピのひとは、非交配でも交配成功と褒められて、キラッキラのゴールド通知が来た」
「めでたしめでたしだ?」
「うん。おめでとうございますーって」
「それで生まれたのがさびお?」
違うよーとさゆちゃんはテーブル前に腰を下ろし、あなたも隣へ促される。距離がやや近い。自然な接近。
「でもじゃあ誤判定ベビーはどこへ消えたことになるん?」
「翌週くらいに未来子供庁から、反応が継続しませんでしたってお見舞いメール来たよ」
「勝手に祝って、勝手にいなくなったことにしてんの?」
「うん。交配成功とは別管轄だから、そっちの実績は残ったまま。そもそもワセくんて、メロディーの成功率とか知ってる?」
「全然不明!ハーフアンドハーフ位?」
「そんなわけないよースペちゃん情報だと2割行くかどうかだよ。殺処分の噂だってアヤシイ。絶対どっかでインフラ工事させられてるはず」
「いええ…」
「この手の制度今は立案も人間は介入してないしね。まさかド嵌まりするリピーター続出とは知らず、好意的に受け止められていますーとかって得意になってるんじゃん?」
「メンズさんサイドの奪われ方が計算間違えてるよ……最後は海辺で配管掘るんでしょお?」
「あはは!ホントだね、動物植えられて箱詰め輸送の挙句、殺処分か強制労働」
「いくら罪人とはいえあんまりだ……自業自得がずっしり……」
上手くいくことが稀だからこそ、交配制度が生まれたんだろう。
オス側のバフで回数を積ませても、女性側には、ええと……ビタミンシャワーに周期調整程度?成功しなくて当然かもしれない。
成功例だけを誇る出生省と、その直後からの育成を丸投げされてる未来子供庁。ハムスターも見破れないがばがばガバナンス?
見切り発車した羽根つき列車に乗せられ、ワセくんとさゆちゃんはどこへたどり着くんだろ。
嫌だなあ。卵サンドとミルクセーキをお供に次の駅もおぼつかない、イエローバード号だ。
「落ち込まないで。ワセくんもいざとなればわたしがさびおとポッド入るから、任務クリアになるよ」
「……そうなの?そんなチートありぃ?」
「ありあり。見抜けない方が間抜けなんだから。昇格しちゃうかも?」
「えええマジですか、んじゃ今よりもっと可愛がってあげねばさびお…」
ケージまで行きかけてあなたは急停止。
「さびおの家空っぽだよ?おれの昇給ハムスターお留守」
「うそ」
さゆちゃんが弾かれたように体全部でケージを向き、慌てて立ち上がった。
「なんで?なんで上開いてるの?」
「おれが閉めたっけ?昨日掃除して……」
「わたしが遊具も一旦全部出した」
「受け取っておれが……」
顔を見合わせる。ペットは常に飼い主の事情や気まぐれに巻き込まれ迷惑を被る生き物だ。
「ナノナノ!」
ふたりは同時に叫んでリビングをバラバラに駆け巡った。しゃがんで背伸び、ソファー下を這ってサイドテーブル脇へダイブ。
あなたが固めて配置したクッションの山を崩し、ソフトスクエアな窓付きボックスを発掘する。中はさびおでいっぱい。ずっしり重い。
「ごめんねーさびお。なんともない?」
さゆちゃんは謝りながら素早くケースを開け、右手を突っ込んだ。
「出て来て、顔どっち?ワセくん顔さがして」
「タイマーでスイッチ切れてるけど、ホカホカしてる!」
「いいから顔みつけて」
「ゴメン、さーびお、ゆっくり出てこよう。恥ずかしがらないで」
曲がった両肘をぐんと突き上げ、さびおは大あくび。むにゃむにゃ口元をモゴつかせてさゆちゃんに箱から引っこ抜かれる。
「大丈夫?お腹空いたよねごめんね。わたしが忘れてた」
「おれが戻さなきゃいけなかった、おれもごめんなさいさびお」
半寝ぼけでピゥ、と裏返り、そこだけ色の淡いお腹を悠々と剝き出す。さゆちゃんの手のひらが触れると安心したように、更なる背伸びで応えた。
注目を浴び気をよくしたこげ茶の巨体は、凝り固まった毛皮の先まで波打たせ、カーペットへ広がる。よっぽど窮屈だったのか、赤みのさした鼻が解放感で照る。
ざわめき。ざわめき。
「ア、なんか産んでる」
羽ばたき。初恋の卵へは命を充填します。
構え。
撃て! 地球がパリン。
ナノナノドライヤーボックスを持ち上げたあなたが素っ頓狂な声をあげ、さゆちゃんが眉をしかめた。
「さびおが産むわけないじゃんワセくんと一緒にしないで」
「けど見てこれなんか、色っぽいピンク卵」
「え?」
「半分割れそう。黒いの覗いてるもん」
あなたは気付いていない。知る由もない。
生まれて初めてのハグが産み落とした、たった一つの未分類に。
「貸してこっち。怖いこと言わないで」
とさすがのさゆちゃんも声がビブラート。
オブラート状の薄い皮膜を破り殻の向こうに息づくは、ワセくんそっくりな、濡れた真っ黒いくせっ毛だった。
