冷やし中華食べたい、革命中なのに #19
19話 折れた黒の翼
『ぱやちゃんおれはなんでこんなに腹が立つんだろ。ゴハン全部アルミボンドの味がする』
ボンド……舐めたことありましたっけ。
『島の組合で大人が旅行行った時、カステラ味の飴とピコピコ鳴るおもちゃもらったじゃん』
二日で底が抜けたびいどろですね。ワセくんが喜んであんまり吹くから、すぐ壊れちゃいました。
液体アルミボンドを細い刷毛で塗ろうとしたけど直せなかった。
指に付着したボンドは銀色に乾き、あなたは脱皮する!とはしゃいでさらに塗っては剥がした。
そのあと夕飯に呼ばれテーブルでお箸を口へ運ぶたび、接着剤の味と匂いがするよう……とぼくへ泣きついてきた。
『ね、ね、さゆちゃんはなにがしたいわけ?』
なぜ本人に尋ねずぼくに聞くんですか。皆目見当もつきません。
『完全にひとでなし女がトリをもてあそぶ行為じゃん、どこがいい子だよー』
ワセくんが勝手に先走ったんでしょ、玄関入ってどんどん、未確定要素の地雷原だったのに。
『そんな怖いこと一度も教えてくれなかった!』
ハイスペさんは、今までの交配種、とはっきり口にした。さゆちゃんは羽根つきの青年をなんの躊躇もなく迎え入れ、接し、あにまるずには交配リピーターの女の子たちが入り浸ってた。
へび先輩みたいな、忘れがたい残像を追い求めての周回はあり得る。この目で見たし。
けどはなから交配キャンセルは、目的が不明にも程がある。
『おれもうヤダ。昨日に戻って永遠に昨日でいたい。二度と寝ない』
寝ないとしんどくなりますよ。息が浅くなり、目の奥に深い穴が開いたような頭の重さ……
『そんな話今どうでもいい』
ごめんなさい。
『謝んないで。自分が嫌になる』
ごめんなさい。
『おれさゆちゃんが悔い改めて羽根整えてくれる店オープンしても絶対通わないから!』
ウフフ、なんですその願望まじりの未来?
『笑わないでェ!』
こっちへは涙声で訴えてくるのに、あなたはへらへらっと朝食を食べ、へらへらっとさびおへ朝のストレッチをしてやってる。手元がお留守でさびおは何度も不満を訴え、あげく腕から抜けてリビングをのそのそうろつき始めた。さゆちゃんになにも言い返せず、「そうなんだ、初耳!」とおどけてた。
慎み深い恋心は満遍なく踏みにじられ、さゆちゃんはそれを知ってか知らずか会話を中断。スイープラットのアルマジロモデルを起動させる。
ごろごろとカーテン下から黒い甲殻マシンが這い出してきて、散らばったワームグリッツを無言で回収してった。
「さびお。こーら、どしたの?ケージきれいにしたいからちょっと出てほしい」
どんより空気の昼下がり。
どしたの?じゃない。さゆちゃんこそ本当にどうしちゃった人生なんです?
補助金目当てのハードルは高い。メロディー期間の支給金が手厚いからって、動物混じりの異性が家に送られ、性的な行為に及ぶ。普通の女のひとにはハードルが天高く……
高くないんだ。
彼女は制圧できる。ケアも余裕。最悪撃てばいいんだし。
そして交配をしないんなら、役所は成果が出るまでトライをさせてくれる年齢帯だ。
「ワセくんごめん、ナノナノ取ってきてくれる?さびお出てこない」
「んーはいはい。あれ、さびちゃん反抗期?」
あなたは言われるがまま、アイボリーブラウンにくすみ、ピンクのスイッチがいくつもついたドライヤーボックスをいそいそ運ぶ。
「出たくないモード?」
「らしい、ガチガチに固まってる」
「食欲旺盛だったよ朝は。ノズルを延々匂ってまだ欲しそうだった」
「ほんと?んじゃめんどくさいだけかな。おーいで、きれいにしよ」
さゆちゃんはケージの上半分を開け、丸まったままのさびおを塊ごと抱え上げた。
「ハイ、来なさいさびお。入りましょうねー」とワセくんが下からナノナノの入り口で受け取る。さびおは、ぼくが今朝からずっと内へ内へとぐるぐる巻きとられてくこの嫌な気持ちに似て、ボックスの床へ降りても丸まったまま。
ワセくんに指でおへそを発掘されかけ、ピゥ、と一回だけ抗議の返事をした。
「あれ。ひょっとしておまえ、おれ帰っちゃうの寂しいんかな?」
あなたは除湿モードを選びながらさらりとこぼす。
ぼくに見えないけど、さゆちゃんの顔色が恐らくは変わった。新しく取り換えようとしたスマートトイレのデオドラントシートが、ペロンと止まり木に引っかかる。
「帰っちゃうの?」
そう高くない声がいつもよりさらに低く出た。
「帰っちゃうよー。さゆちゃんは交配をしない、おれは交配がお仕事。帰んないと」
「怒られるかもだよ?」
「今までの先輩らも怒られたんでしょ。ならおれも怒られるよ」
しゃーない、とあなたは言った。
さゆちゃんに伝わっただろうか。
ぼくには伝わった。それは腹立ちのこもったトーン混じりで、あなたは怒っている。
サーチ……するまでもなく、あなたは本気では怒らないのに。
エア運動会の電波が通りすがりスコールで入らず不参加になった時も、「許しがたくない?もー!」ともーもー言いまくってたけど顔は面白そうだった。
あれだけ練習したエアピラミッドを披露できず後日スクショだけ配られたのに、「おれがいないんだけどぉ」とケラケラ笑いながらおばあちゃんの部屋へ披露しに行った。
「わたしも見たことない表示だったけど、延長申請が出てるよ。たぶんワセくんが初めてだから?」
「なんも分かってなかったからね。浮かれててゴメン」
「じゃなくて初回だけデータ採れるまでの、個体評価猶予みたいな」
「さゆちゃんは実績NGなんでしょ?おれの卵データ溜めてどうすんの」
「だって……殺処分の噂もあるのに」
「風説の流布か確かめてくるよ」
「もう会えなくなってもいいの」
くだらない質問。あなたの怒りがぼくを膨らませ、イライラする。
祈りながら箱が開き、さゆちゃんなら大当たりだ。親切で可愛らしい。ケアと甘やかしと放置の配分がプロ級で快適。そりゃそうだ。
プロなんだもん。
「それは……無理!会えないとダメおれ帰らない!」
いえええええ!?
あなたはジタバタ転がり、痛い!と跳ね起きた。
「なに大丈夫?卵出た?」
「羽根痛かった。バキンて音」
「あーホラ、折れちゃってる。一番外側の頑丈なのが」
「さゆちゃんにあげる。置き土産」
「帰らないんでしょ?延長してみよ。わたしもワセくんこのまま帰るのやだ」
怒りなんか持続しない。ぼくに了解も問い掛けすらない。
なぜならあなたの視界がきらめいてるから。
利用され周回されてるお相手の意味不明な女の子に、恋なんかしてるから。
「おれもヤダ!あ」
ころんと卵。世界は予定調和。さびおの鼻がスンスン。
「おお、デカいの出た!メンタルとリンクしてる可能性ないこれ?」
「ありそう。わたしもホルモン数値が妙に良いんだって。フフ、おっきいね」
「おれ由来で?すごいじゃん。産みたてフレンチトーストいっちゃう?」
「いいけど一応調べてからね。先にこれ飾ってくる」
さゆちゃんは立ち上がった。
明快な安堵と軽快な笑みを頬っぺたに浮かべて。
「折れた羽どうするの?ペンになる?」
腰の下から大きめLL卵を取り出すあなたを残し、ベッド脇の小さなキャビネット前へ歩いてく。
牛のクローズアップと、中空で女のひとに抱かれる青い馬の小さな映写コーナーに、黒く長々しい翼のかけらを添えた。
『隠してたつもりじゃないわよ。尋ねられてなかったし』
巣ソファーでふたりが仲良く眠った後、ハイスペさんは言い訳のような慰めでぼくに接続してきた。
『私たちの予想を覆す行動を未だ人類がするのは楽しめるでしょう?』
楽しめるの尊敬します。その結果引き起こされる悲劇か喜劇かも予測した上での余裕なんですか?ならゴールを教えといてくれると助かるのにな……
『あら、いじけを通り越してネットリ不貞腐れてる。元気出しなさい』
出ませんよう。
『孕みを前提にした恋愛の濃さを求める癖に、その先の介入は拒む。そんなさゆの病みに思い至らなかったとしても、自分を責めるべきではないわ』
も、もっかい言っていただけます?どんな病ですって?
『私にも全貌はつかめないし、キミへ開示するのも違う』
複雑そうですもんね……ぼくはワセくんでよかったです。さゆちゃんは難しい人です。
『そうかしら』
牛の絵と馬の絵は控えめなライトアップで枕元の壁に浮かび、じんわり色を変え、鼻と鼻をフレーム越しに突き合わせる。親密そうにおしゃべりして見える。
『必要とされることにアディクトしたら、抜けるのは容易でないケースがあると思わない?』
さゆちゃんの話ですか?
『求められたい。相手に応える能力もある。頼られるとうれしい。おまえの助けは要らないと言われたら自分が消えてしまいそう』
ぼくたちの……話ですか?
さあねと、ハイスペさんは静かになった。
ケージのさびおも息を潜め、とっくに寝たみたい。
